【BARKS編集部レビュー】GRADO GR10の孤高サウンドと続くヘッドホンアスリート道
「なんだこいつ、こんな小さいのに凄いぞ」が、グラドGR10への第一印象だった。「何だその稚拙な感想はバカか」と叱責されそうだが、スペックと作りから想定される音傾向とは別次元のサウンドを出してくる不思議ちゃんなので、畏敬の念と多少の混乱をともなった吐露だ。シングル・ドライバーとは思えぬレンジがあり、しかも全帯域の鳴り方が妙に濃い。ヘッドルームが広いとでもいうのか、音にずいぶん余裕があるように聴こえる。
◆GRADO GR10&GR8画像
素晴らしい分離感と高い透明感を確保した上で、このようなダイナミクスを感じさせてくれるシングルBA型といえば…今まで出会った中ではファイナルオーディオデザインのFI-BA-SSくらいしか思い当たらない。SONY MDR-EX1000の音を聴いてぶったまげたのと同じくらい、GR10の音は新しい。安価なシングルBAモデルの場合、過剰な音数をぶち込むと、音のレイヤーが増えるたびに悲鳴をあげ分離感を失うものだが、GR10の場合、いくらぶち込まれても余裕で高い解像度のまま、広大なサウンドキャンバスを流暢に描ききってしまう。この子、なんなの?
そもそも、バランスド・アーマチュア型(BA型)のフルレンジドライバーを1発搭載したモデルは市場にたくさん出回っているが、メーカーにとってBAドライバー1発で得られる最大のメリットは何より超小型化だと思う。この小ささこそ違和感のない良好な装着感と確実な遮音性を獲得する基本形だ。
どれだけ音が良かろうと、装着感が悪かったり遮音性が低いとその魅力と評価がガクッと落ちてしまうのがカナル型の宿命。逆に言えば、その2点をクリアすることは、市場で大きな支持を得るための必要条件でもありそうだ。ZERO AUDIO、Super.fi4、Aurvana In-Ear2、heaven s/a、IMAGE X5/X10、ER-4P…、これら人気モデルに共通しているのは、イヤーチップといわず本体もろとも耳穴にしっぽりと収まってしまうようなコンパクトさだ。イヤーチップの選択さえ間違わなければ、いずれも装着感は高レベルで、ドライバーが鼓膜に近づくことで高域ロスの回避というメリットも享受できる。
そしてその一方で、これらは一様にBAドライバー1発という特性を背負うことになる。音声信号に対するレスポンスが機敏でメリハリのある気持ちよさは共通した特性だし、一般的に言われる低域の弱さもその特性のひとつであろう。キレ良くしかも伸びのよい音はシングルドライバーの真骨頂ではあるが、艶かしさと肉感的な響きというのはなかなか期待できないというのが、これまでの私の理解だった。
そんな中で、グラドGR10は、自分の知識の範囲において既存のシングルドライバーとは一線を画している。物凄い表現力の高さと、琴線をくすぐるなまめかしい鳴らし方を持っており、全帯域において濃厚なのである。先にSONY MDR-EX1000の名を上げたが、理想的なリファレンス・サウンドであるEX1000よりむしろGR10の方が鮮やかでヌケが良い。EX1000の方がサウンドに重たさがあり、その迫力と滑らかさは大きな魅力だが、その「迫力と滑らかさ」を「抜けと爽やかさ」に差し替えたような絶妙なトーンがGR10といえるだろうか。
GR10のサウンドバランスは華麗にまとまっており、余韻の響き方が非常に美しい。どの帯域も活き活きとエネルギッシュだが、過度に刺激的なものでもないので、MDE-EX1000に聴き疲れを感じる人であれば、GR10がその空席を担う最高のパートナーになってくれるかもしれない。
過去の試聴レビューにて、私はファイナルオーディオデザインのheaven s/aに大きな感銘を受けたことを記したが、heaven s/aもシングルドライバーながら、リアルな空気感と高域の艶と伸びに他の追従を許さない特性を有していた。このGR10は、heavenだけが持つ輝くような高域特性の魅力を吸出し、1kHzあたりの中域を中心にゆったりと全帯域にまぶし直した感じで、それがヘッドルームの余裕とサウンドのリッチさを演出しているイメージがある。
グラドにはGR10の発表前にGR8が発売されており現在も併売されているが、GR8の更なる品質向上バージョンとしてGR10が登場している背景もあり、音の緻密性から音像のクリアさまで、あらゆる点においてGR10が上位にある。とはいえGR8の素性も非常に高く、一般的なシングルBA型では太刀打ちできない魅力に満ちていることに間違いはない。その方向性はGR10と全く共通なので、予算に応じて選択すればいいと思う。GR10と比較するとGR8は曇って聴こえてしまうが、それはGR10の能力が高すぎるから(※GR8のインピーダンスはスペック上120Ωとなっているが、体感上は32Ω程度で音量は十分に確保できる)。なお、両者のデザインは共通で、GR8がブルーブラック系カラー、GR10がシャーウッドグリーンのボディーカラーを配している。
使用に当たっては、耳掛けを推奨したい。ケーブルの根元が耳介と干渉せずに耳穴手前の突起(耳珠)の裏に本体ごとすっぽりと隠れるように収まってくれるので、見た目もスマートで、遮音性も完璧。フィット感もばっちりだからだ。そもそも装着にコツすら要らないのは嬉しい。単に耳にブッ挿すだけだもの。ケーブルのタッチノイズも全く問題なく、使用上のストレスはゼロ。最大の欠点は、思わず腰が引けるその販売価格である。
極めて真面目な設計が施されたヘッドホンで、シングルBAが到達するひとつの理想の姿を具現化したGR10を、是非あなたにも。BA型で言えば、多分これ以上のサウンドは、綿密に練りこまれたマルチドライバーの最高級機にしか残されていないのではないか。そしてきっとその先は、カスタムIEMという桃源郷へ向かうヘッドホンアスリート道に続くのである。合掌。
text by BARKS編集長 烏丸
GRADO GR10
¥37,590(税込)
・形式:カナル型
・ドライバ:ムービングアーマチュア
・周波数特性:20~20,000Hz
・チャンネルバランス:0.05dB
・インピータンス:32Ω
・感度:116dB S.P.L at 1mW
・接続コード:OFC銅線
・接続コード長:1.3m
・総質量:9g
・入力端子:金メッキ・ミニプラグ
・付属品:S,M,Lサイズ交換用カナル
GRADO GR8
¥31,395(税込)
・形式:カナル型
・ドライバ:ムービングアーマチュア
・周波数特性:20~20,000Hz
・インピーダンス:120Ω
・最大入力:20mW
・感度:118dB
・接続コード:OFC銅線
・接続コード長:1.3m
・総質量:9g
・入力端子:金メッキ・ミニプラグ
・付属品:S,M,Lサイズ交換用カナル
◆グラド・オフィシャルサイト
◆BARKS ヘッドホンチャンネル
BARKS編集長 烏丸レビュー
◆SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
◆フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
◆ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)
◆フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
◆アトミック フロイド(2011-05-26)
◆モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
◆SHURE SE215(2011-05-13)
◆ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
◆ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
◆ローランドRH-PM5(2011-04-23)
◆フィリップスSHE9900(2011-04-15)
◆JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◆フォステクスHP-P1(2011-03-29)
◆Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
◆ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
◆Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
◆Westone4(2011-02-24)
◆Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
◆KOTORI 101(2011-02-04)
◆ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
◆ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
◆SHURE SE535(2011-01-13)
◆ビクターHA-FXC51(2011-01-12)
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