【インタビュー】世武裕子、「上手く生きられない人の“気持ちの足し”になりたい」
■近しい人に“無色透明”って言われて嬉しかったし 公私関係なく自然体でそう立っていられたら
──では1曲ごとお話を聞かせてください。まずはフジファブリックの名曲、「若者のすべて」。以前からライブでも披露されていましたよね。
世武:そうですね。この曲は、みんなが好きなように私も大好きで。志村(正彦)くんがご存命だったときの、フジファブリックの周りにいたミュージシャンや音楽シーンって、自分が若いときの記憶としてはっきりと覚えていて。その時代から私も歳をとりましたし、周りのみんなもバンドを辞めて違う活動をしたり結婚出産したりと、それぞれの人生を歩んでいます。だけど志村くんは、ずっとあの頃の若いままで。しかも私は、富士吉田市に住んでいたこともあるので、街のチャイムとしてこの曲が流れているのも聴いていて、こんなにみんなから愛されているんだと思ったんです。私たちはどんどん年老いていくけれど、それを志村くんはどう思っているのかな、って。私たちが彼に置いていかれているのか、続きを進んでいるのか、あるいは一緒に歩んでいるのか。その正解を探るという意味ではなくて、「亡くなった人と生きている人との関係性は、それもひとつの人生という道なのではないか」という気持ちでアレンジしました。
──個人的な話ですが、僕もここ最近は、生と死について考えることが多くて。その境界線って何なんだろうとか、そもそも境界線ってあるんだろうかとか。そんなときに世武さんのカバー曲を聴いて、自分なりの答えが少しだけ見えてきたように感じました。そして2曲目「君のほんの少しの愛で」は、2015年に当時“sébuhiroko”名義でリリースされたアルバム『WONDERLAND』の収録曲。これをセルフカバーしようと思った理由は?
世武:歌詞ですね。私は昔から文章を書くのは好きなんですけど、作詞はあまり得意ではなくて。ずっと音だけで音楽を作ってきたので、そこへ歌詞を乗せることに苦手意識があったし、曲と歌詞をあまりセットで考えられないんです。でもこの曲は、自分がずっと強く言いたかった気持ちに近い歌詞が書けて。私の座右の銘と言ってもいいような歌詞なんです。
──その「ずっと強く言いたかったこと」を、少し説明してもらえますか?
世武:多くの人がしんどい気持ちになったり、優しくなれないのって、「このままの自分じゃダメだ」とか、「いい人にならなきゃ」って、自分を理想に近づけようとするから無理が生じているからだと思うんです。でも私は性善説を信じているから、無理をして理想に近づこうとしなくても、全員がほんの少しだけ愛を持つことで結果はまったく違ってきて、光輝ける社会になると思っているんです。
例えば、「今ここで余計なことを言わなければ」とか、「あとひと言添えておけば」とか。すごくささやかな話ですけど、例えば高速道路を車で走っているとき、「自分は急いでいるから、一台たりとも絶対に割り込ませません」っていう人がいるじゃないですか。喜んで待ちたい人はいないでしょうけど、でも一台車を入れてあげることで全体がスムーズに動いて、結果、自分も早く目的地に着ける。そういう「ほんの少し」が足りないから、今、とんでもない世の中になってしまっている気がしていて。そのメッセージが、自分の中ではこの曲の一番大きなテーマです。だから今一度、多くのみなさんに聴いてもらいたいという気持ちで歌いました。何だったら、死ぬまで歌い続けたい、そんな曲です。
──そんな曲に続くのが、世武さんの広島東洋カープ愛が詰った「それ行けカープ(若き鯉たち)」。それこそカープが好きすぎて広島に移住されたそうですが、ファンになったきっかけは?
世武:もともとは野球に興味なかったんですけど、めっちゃカープ好きな人に神宮球場に連れて行ってもらったんです。そこで見た、横山(竜士)投手の牽制球がめちゃくちゃカッコよくて。
──興味がなかったと言いつつ、めちゃくちゃ玄人っぽい目線じゃないですか(笑)。
世武:それで横山さんのファンになり、横山さんを応援しているうちに箱推しになって(笑)。試合を見ているうちに、チームごとに野球の仕方が違うんだということが素人ながら分かってきたんです。私は投手やカープの守備を見るのが好きで、相手チームの守備がボールを取れなかったりすると「ウチの守備陣だったら今の取れてたわ」みたいな誇らしい気持ちで試合を見ちゃっています。ファンあるある(笑)。
──今回のカバーには、そういった球場の歓声も入ってますね。
世武:(カープ本拠地の)マツダスタジアムで、ちゃんと勝った試合の歓声を録音しました! ちなみに横浜DeNAベイスターズ戦だったので、ベイファンには申し訳ないですけど、でも今シーズンのベイスターズはいい感じで勝ってましたから、許してください(笑)。この曲は、正直なところ、下手くそでいいからみんなで思いっ切り歌うのが一番いいんですけどね。
──実際に球場では、音程よりも大きな声で歌うことが一番ですもんね(笑)。
世武:そうそう。抑えられない、この魂の叫びを聴いてくださいっていう。私も球場で歌うときは、ゆくゆく、せチャンネル(YouTubeチャンネル)で公開したいくらい、ミュージシャンとは思えないほどの下手さで歌っているので(笑)。そういう感じで歌うのがいいんです。でも、森山直太朗や永積崇さんとかが歌ったら、きっと球場でもべらぼうに上手いんでしょうね(笑)。
──あははは(笑)。さて、その次は椎名林檎さんの「ギブス」。この曲には、どのような想い入れがあるのですか?
世武:世代的に、彼女のデビューが私の高校時代とかで、そのときの椎名林檎さんの存在感、インパクトの強さがものすごく印象深くて。しかも、1曲ヒットさせるだけでもすごいのに、各時代にこれだけ何かを残して、これほど息の長い活動をすることって、本当にすごいことだと思っているんです。スタンスというかプロ意識もすごく徹底していて、しかも、自分が好きなスタイルを持ちながら、それとはまた別の独特なプロデューサー感もお持ちなのかなと思っています。とても尊敬もしていますし、彼女がどういう風に音楽人生を歩んでいるか、見ていて学ぶことがとても多いです。だから、フジファブリック「若者のすべて」やサカナクション「グッドバイ」は曲自体にフォーカスして選んだんですけど、この曲は、まず椎名さんの曲をやりたいと考えて、その中で探っていきました。
──結果、「ギブス」を選んだポイントは?
世武:「椎名さんっていったい何者なんだろう?」って考えながら、いろいろと聴き直したりしている中で、ある日雨が降っていた日の午後に、今回収録した「ギブス」のピアノのパッセージ・アレンジを思いついたんです。パブリックイメージの“椎名林檎”ではなく、ひとりの人間として、椎名さんってどんな人なんだろうと急に気になったタイミングがあって、それに導かれたアレンジです。歌詞から炙り出された人物は、とても繊細で不器用で、でも強さを秘めた女の子でした。
──志村さんやサカナクションの山口一郎さんは、パーソナルな部分も音楽に表れているように感じますが、確かに椎名林檎さんって、誰もが知っているのに、どういうパーソナルなのか誰も知らないというような、とても不思議な存在感がありますよね。
世武:Mr.Childrenの桜井(和寿)さんも同じタイプだと思うんですけど、音楽の本質的なところで、実は自分もそっちのタイプだと思っているんです。以前、サカナクションの江島(啓一)くんに、「世武さんはほぼ無色透明」と言われたことがあって。表層的なイメージで私を見ている人だと、無色透明って「えっ!?嘘でしょ!」と思われそうですが、江島くんとはよく話をするし、彼は観察眼の鋭い人だから、私の本質をすごく分かってくれていて。桜井さんからも同じようなことを言われたことがあって。そういう近しい人に無色透明って言われて、「そっか」って嬉しかったし、なんだか公私関係なく自然体でそう立っていられたらなぁって、すごく気持ちがラクになった出来事でした。
──今、話の出た江島さんをはじめ、メンバーとの交流も深いサカナクション「グッドバイ」がラストを飾ります。
世武:この歌詞を書いた(山口)一郎さんって、掴みどころのない人だと思っていて。私とはタイプが全然違う。だけど、戦友というか、仲間のような人。彼らには、自分たちが納得のいく形で音楽を生み出し続けて欲しいという気持ちがすごく強くて、そのうえでサカナクションへの最大のリスペクトと愛情を込めて、一郎さんが出しているようで実は出していない、いろんなものを私が引きずり出してやりたい(笑)って気持ち。一郎さんって、まだ内に秘めている部分が一億倍くらいあるんじゃないかと感じていて。それを出すことを彼は望んでないかもしれないけれど、誰かに炙り出して欲しいと思っている気もするんです。音楽がそういうふうに聴こえる。もちろん人間関係の作法として、そう望まない人のパーソナルな部分に踏み込んではいけないし、礼儀ある立ち居振る舞いをするべきですが、作品の中だったら、いいかなっていうジャブ(笑)。音楽の最高なところって、そこにあると思うんです。そういう意味でもこのカバーを本人がどう受け止めて、どう思ってくれるのかなっていうワクワク感が、今回カバーした曲の中で一番ありました。
──一郎さんが魚だとすると、釣り糸を垂らしても、餌を見ながらいろんなことを考えていて、浅瀬でもまったく釣れないような気もするし、反対に深海にいてもすぐに食いついてくるようにも思えるし、まさしく掴みどころがないですよね。そんな一郎さんをぜひ釣り上げて欲しいです(笑)。
世武:彼って、ものすごく複雑な側面を持ってそうだけど、シンプルな部分は、ものすごくシンプルな気もするんですよね。自分とは複雑さの所在がまったく違うんだけど、でも基本的な構造は似ている気がしていて。だから意外にアホな部分も持っていたりするんじゃないかとも思っていて(笑)。一郎さんのそこを見てみたくて、今回は音楽面でそこにおじゃましたっていう感じです。
──一郎さんの反応が楽しみですね。そんな5曲が収録された本作は、冒頭で世武さんがおっしゃっていたように、新たなスタートになりそうですね。
世武:実は今回、リリース直前まで「カバーアルバム」でした。でも、「カバーアルバム」と謳ってしまうと、自分の音楽とは区別することになってしまって、自分がどういうふうに音楽を届けたいかという想いと矛盾することに気が付いて。今回はたまたま全曲カバーになりましたけど、オリジナル曲が入っていてもいいし、番外編的に弦楽器が入っていてもいい。でも基本は左右の手、10本の指と声だけで、多重録音せずに一発勝負の緊張感を持って、できたらシリーズ的に、これからも続けていけたらいいなと思っています。
──ポップスや映画音楽、劇伴、さらにはアコースティックとエレクトリックなど、いろんなアプローチで多彩な音楽を作ってきた世武さんが、本作で音楽としてもっともシンプルなピアノ弾き語りにたどりついた点は、今回のお話を聞いてすごく納得いくし、そしてとても興味深く感じています。
世武:シンプルなだけに、楽器と音楽に真摯に向き合い、サボらずに音楽をやる。そうでないと、すぐにリスナーに“全バレ”しますから。音楽をやっている人ならみんな分かると思い思いますが、音を重ねて、ピアノに何かをダビングして音を埋めていくのは、ある意味でラクです。録って切って貼って直せるし、音も大きくなって、迫力がつく。その世界の先にあるのは、音の渦で誤魔化したり、細かい部分をいい加減に作ってしまうということだったりするわけで。そうやってアレンジ力や演奏力が低下してしまったとき、気が付けば表現者として大切なことを失ってしまうと思うんです。リスナーさんには直接関係のないことですが、表現者の生き方の問題として、そこはきちんと自分を監視しながら、これからも音楽を届け続けていきたいなと強く思っています。要するに、果てしない自分との戦いですね。
取材・文:布施雄一郎
『あなたの生きている世界1』
https://lnk.to/anatano_ikiteiru_sekai
■収録曲:
「若者のすべて」フジファブリック カバー
「ギブス」椎名林檎 カバー
「グッドバイ」サカナクション カバー
「君のほんの少しの愛で」世武裕子 セルフカバー
「それ行けカープ(若き鯉たち)」塩見大治郎 カバー
◆世武裕子オフィシャルサイト
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