【インタビュー】世武裕子、「上手く生きられない人の“気持ちの足し”になりたい」
世武裕子が11月9日に、ピアノ弾き語りシリーズ『あなたの生きている世界1』を発売した。
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フジファブリック「若者のすべて」、サカナクションの「グッドバイ」など自身がセレクトした、セルフカバーも含む5曲を収録した本作だが、これは世武によると“カバーアルバム”という定義ではないとのこと。そしてそれぞれの曲には、それぞれ違った思い入れがある。また、『あなたの生きている世界』というタイトルにも、昨今自身が感じていることが反映されているそうだ。
そう、この作品は読み解けば読み解くほど面白い。ここで世武が語ってくれた言葉とともに、ぜひ『あなたの生きている世界1』を聴いてみて欲しい。
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■届けたいものを届けるためだけに立つ人がいてもいい
──2020年以降に公開された映画だけでも8本のサウンドトラックを手掛けている世武さんですが、ソロ作品となると意外にも、前作『Raw Scaramanga』から4年ぶりになりますね。
世武:はい、そうですね。この4年間でオリジナル作品を何も出さなかったのは、ソロ活動を辞めようと思ったからですね。
──えっ、そうだったんですか!?
世武:そもそも「CDを作って売る」って何だろうと思ってしまったんです。必死に作ってもあまり売れないし。カッコいいと思う音楽をやっていても、これを続けていくのはどうなんだろう、と。かたや映画音楽は、それなりに需要があって、コツコツとやってきたことが認められてきたり、いい制作チームに出会えると仕事自体も楽しくて。小学校に入った頃には、もう映画音楽の作曲家になりたいと思っていたから、じゃあソロ活動は辞めて、映画音楽だけをやっていけばいいかなって考えるようになったんです。コロナ禍で東京を離れてフランスに滞在したときも、向こうでの活動に手応えを感じていたし。それなら最後に、日本で何かひとつ作って、「日本、ありがとうございました。楽しかったです!」っていう感じで渡航していたんですよ。じゃあ何を作ろうかとなったときに、今までピアノや歌にとことん向き合ってきただろうかと考えて。日本語も音楽を好きなのに、それをきちんとやってこなかったことを最後に全部、ちゃんとやろうと思ったんです。
──それでピアノの弾き語りになった、と。
世武:ソロ活動をやらなくなるちょっと前から、自分がピアノの椅子に座っているときに感じるようなピアノの音を、そのまま録れないことに結構もう諦めに近い気持ちになっていて、それならもう録音物にはしない方がマシだと思って。でもそれって、挫折というか諦めだったから、ただただ悔しさだけが残るし、未練もあって。だから最後に「やり切りました!」と思える形で終わりにしたくて、どのピアノをどのスタジオで録るか、エンジニアさんを誰にするかというところから始めて、これが自分の中での区切り、日本で生きた自分への置き土産みたいなつもりでレコーディングしたんです。ところが、録音を終えてミックスをしている途中でふと、急に「終わりじゃなくて、ここから始まるのか!」ということに気が付いたんです。
──じゃあアルバムの最後に収録されているサカナクション「グッドバイ」なんて、録音した時点では、まさに日本へのお別れのような気持ちだったんですか?
世武:そんな感じだったかも。
──前作『Raw Scaramanga』ではシンセやエレクトリックなサウンドがフィーチャーされていて、その次のソロ作品である本作が、日本語の歌詞を歌うピアノの弾き語り集だったので、その変わり様に「4年間に何があったんだろう」と思っていたんです。でもまさか、そんな経緯があったとは……驚きました。
世武:私にとっては当たり前の生き方でも、周りからは、「またすごく違うことを始めたな。どうしたんだろう?」って見えるらしくて。友達からも連絡が来る度に「で、今どこに住んでるの?」って毎回質問されるくらいで(笑)。
──じゃあ、「置き土産」というのも、それほど重い決断ではなかった?
世武:そんな重くはなかったかな。重い、シリアスな決断をしたことは今までの人生で一度もないですね。普段からすごいスピードと量で考え事をしているんですけど、具体的なものが出てきたら、そこからは逆にあまり考えないです。まず行動して、そのアクションによって出会った人、起きた結果で、次にどうするか決めればいいじゃんっていうタイプなんですよ。自分のリズムでじっくり考えることは大切。でも世界は日々動いていて、明日に何が起きるかわからない世の中で、「そんなに先々のことまで考えるのって意味があるの?」って思っちゃうんですよね。
──なるほど。そのうえで、「ピアノの音を、思うように録れなかった」という話が気になりました。そのあたり、もう少し詳しく聞かせていただけますか。
世武:ピアノを弾いていると、身体で受けるピアノ・サウンドの感動というものがあるんです。でも録った音を聴くと、それとはまったく違う音だったんですね。「実音以外に、もっとたくさんの音が鳴っていましたよね? その音はどこにいったんですか?」っていう。そういうガッカリが積み重なっていって。生ピアノを録るのって、すごく大変だし時間がかかる分、録り音がイマイチだったときのガッカリ感ってすごく大きい。だから最近は、劇伴制作でもピアノはパソコンであらかじめ作り込んだ音色を使っていて、生ピアノはほとんど弾いていません。映画『Arc アーク』だけは生ピアノを弾きましたけど。
──だから今回は、ピアノの音に徹底的にこだわってレコーディングしたわけですね。もうひとつ、資料に世武さんのコメントが載っていて、その中で「音楽活動では……(中略)……達成感と共に『自分が』『自分が』の世界に疲れていました。この数年で『自分が』から解き放たれた今、歌うってこんな素晴らしい世界なのか!と驚いています」とありました。この部分についても、話しを聞かせていただけますか?
世武:私は夢見がちなタイプではなくて、現実的なので、「音楽家なんだから売れなくたって、好きにやろう!」みたいなタイプではなくて。会社員経験もありますし、生きていくためには働いて稼がないとダメだし、作った音楽が売れなきゃいけないということもわかっています。その上で「音楽が売れるって何なの?」という話になったときに、アーティストの良さを100%引き出すことが、「売れる」ということに対してのファースト・ステップだと私は考えています。でも音楽業界には、まず「売りたい」という気持ちがベースにあって、その次にアーティストがいるという考え方の人がとても多いと感じていて、私はいつも「逆、逆!」って思うんですよ。
──とてもよくわかります。
世武:それに加えて、自分のパブリックイメージって「我が強い」とか「怖い」みたいに言われることも多くて。でも、イメージと本質が違うことって、世の中にはたくさんあるじゃないですか? 例えば、はっきりと意見を言う人が、必ずしも神経が図太いわけではない。はっきり言う人の中にも繊細な人はいるし、優しい人もいるし、他人のことなんか考えていないっていう人もいる。人の本質って、よく観察しないと分からないじゃないですか。でも、表面的なイメージだけが先行してしまって、すごく苦しめられていた時期もありました。「世武さんはこういう人だから」というイメージと、自分の本質のギャップや、世間のイメージ通りに演じてしまう自分自身にも疲れてしまって。
──確かに、「あなたはこうだ」と言われ続けると、周囲のイメージに自分が寄っていってしまうこともありますよね。
世武:もともと私なんか、ステージの真ん中に立って「私を見てください」っていうタイプじゃないんですよ。でも、そういうことを言うと、「じゃあミュージシャンなんか辞めて、裏方になればいいじゃん」って思う人もいる。でも本来は、そういう話ではないんです。私って、派手な服を着るのが好きだし、声大きいし、気持ちがよく表情に出ます。でも、派手な生活は好まないし、友達と騒ぐワイワイやってるのと同じくらい、家で一人“無”になるのも好きなんです。だからよく自分のことを「めちゃくちゃポジティブで明るい陰キャ」って言っているんですけど、でもそれって多くの人が抱いている私のアーティスト像と違うから、いろいろと勘違いされたり、表面的な物事の捉え方というものに、ずっと居心地悪くて。それが最近になって、「いろんなアーティストがいるんだから、脚光を浴びることは好まなくても、その場所に、届けたいものを届けるためだけに立つ人がいてもいいじゃん。」って、急に腑に落ちたんです。そうなると不思議なもので、「もっと多くの人に聴いてもらいたい、もっと売りたい」って自然と言えるようになったんです。そこに虚栄心や下心といったものはなく、こういう気持ちなのか!みたいな晴れやかな気分です。まあ、世の中には自己利益や虚栄心のためだけに「売れたい」という人もたくさんいますから、切り取られた言葉だと、また勘違いされたりもするんですけど。
──以前は「売れたい」という気持ちはなかったんですか?
世武:「私、売れたいとか別にいいっす。カッコいい音楽をやれたらいいんで」みたいな感じでした。だから、売れるとか「F*CK!」くらいな感じで(笑)。先輩ミュージシャンに「世武ちゃんは売れたいっていう気持ちが足りないから、もったいない」って言われたことがあって。そのときは、意味が分からなかったんですよ。人間的にあまりに未熟で。だけど、いろんな人との関わりの中で些細なきっかけがたくさん重なって、急にパズルのピースがすべてはまった瞬間があって。それがこの作品のミックスをしている最中でした。そして一度腑に落ちると、「売れるって、そういうことを言っていたのか」って、めちゃくちゃ意味が分かったというか。そりゃあの人は、多くの人に長く愛され続けているわけだわ、みたいな(笑)。
──他人からも、そして自分自身からも、いろんな呪縛や悩みから解き放たれたんですね。
世武:そうなんです。だから私は、これまで上手く生きられなかったり、ちょっと声が小さくて声の大きな人に負けちゃったり、ブラックな会社で鬱になっちゃったり、そういう人の気持ちの足しになりたい。そういう気持ちに埋もれてしまいそうな人に、この音源を聴いてほしい。私はあの人よりも学歴がいいとか、見た目がいいとか、稼ぎがあるとか、そういうことで人と自分とを比べて優越感という虚無に何とか支えられているような人もいます。そしてそういう人に圧倒されて、社会的な立場が低い人は発言の権利がないみたいな世の中って絶対におかしくて、人の尊さって、本来は誰しもが同じ。社会的に優良そうな人だけが勝ってく風の構造を変えないと、もう本当にお先真っ暗の社会になって、今、もう現実に戦争が起こっているけど、もっとそういう世の中になっていってしまうと強く危惧しているんです。
──だからタイトルが『“私”の生きている世界』ではなく、『“あなた”の生きている世界』なんですね。では、その作品に収録する5曲はどのように選んだのですか?
世武:自分の中で絶対条件が2つあって。まず、原曲にリスペクトを持っていること。理由はさまざまですが、それぞれとても好きで、自分の人生に色濃く印象を残している作品。そういう曲以外は、少なくとも自分の作品としてはカバーしないと決めています。そしてもうひとつは、「この歌詞の世界って、こんなにすごかったんだよ」ということが、キッチリと伝えられる形で残せること。この2つのルールを絶対的な軸として、あとはその曲の有名無名やジャンルなどは気にせず選んでいきました。
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