「M-SPOT」Vol.019「無限の可能性を秘めた奇跡のツールAI…そこに隠されたどでかい落とし穴」

音楽に限らず、AIはとてつもなく便利で無限とも言えそうな可能性を持ったツールだ。であるがゆえに、使いこなすのか、使われるのか、その違いは大きい。
何をしたいのか。何を作りたいのか。何を主張したいのか。そういった思いを具現化させるための手段として利用するツールがAIだけれども、特に目的やポリシーを持たずとも、ポチッとするだけで、驚くほどの高品質な音楽が苦せずとも手に入る…これもまた現実だ。
AIがもたらす影響は、もしかしたらAIを使っていないアーティストにも及ぶかもしれない。今回はそんなお話だ。知見を繰り広げるナビゲーターは、TuneCore Japanの堀巧馬と野邊拓実、そしてDJ DRAGON(BARKS)に進行役の烏丸哲也(BARKS)である。
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──今回、私からぜひご紹介したいアーティストがいまして、Darkonics(ダーコニクス)です。コンセプトがはっきりしていまして、ダークな世界観を追求するAI音楽クリエイターとして「神秘的で不気味な空気が漂う音楽」を幅広く制作するとしているアーティストです。
野邊拓実(TuneCore Japan):その言葉だけでもう、なんかイメージできますね。
──「They Walk AgAIn」という曲ですが、ビリー・アイリッシュとt.A.T.u.を足してみたような怪しさで。
堀巧馬(TuneCore Japan):いやー、ビリー・アイリッシュか、めっちゃわかる。普通にかっこいい。
野邊拓実(TuneCore Japan):AI音楽クリエイターなんですね。
──そう、そこなんです。どういうところでAIを活用しているのかはわかりませんが、少なくともやりたいことが明確にあって、AIツールをコントロール下に置かないとできない音楽だなと思ったので、ちょっと注目すべきかなと。
野邊拓実(TuneCore Japan):「AIを使う人」なのか「AIを使っているアーティスト」なのか「ただAIを使っているだけの人」なのか、その差ってどこなのかを考える時に、まず「要求があるかどうか」という点がありますよね。IT業界でもよく言われることに「AIは要件定義はできるけど要求定義ができない」というものがありますけど、「こういうことがしたい」っていう意思は人間からしか生まれなくて、それを実現するためにどうするかをAIが考えてくれる。AIと人間との間にはそういう線引きがあるよねという話があって、ここがAIと音楽を考える時の重要な基準点のひとつと思います。
──まさに。
野邊拓実(TuneCore Japan):「ダークな世界観、自分の領域はここです」というのをちゃんと示して、手段としてAIを使う。表現したいものがあるかないかっていうのは、アーティストであるか否かのひとつの線引きとしてありますよね。
──何のこだわりがない人でもポチッとするだけで、高品質な音楽が簡単に生成されますからね。
▲以前こちらの記事で紹介した、烏丸による1ポチ生成曲。
野邊拓実(TuneCore Japan):難しい話ですけどね。その要求というものも「あるか、ないか」の二択ではなく本当はグラデーションなので、本当の線引きなんていうのは多分できないとは思うんですけど。
堀巧馬(TuneCore Japan):タイミングもありますよね。今のAI関連ってセンシティブなところがあって、生成AIサービスとレーベルが争ったり、権利の問題もふくめて完全な市民権を得ていない状況ですから、「AIクリエイターです」と宣言することで得することってないような気がするんです。まして、ここまでコンセプトをはっきりさせて世界観を作っているのに「なんでわざわざAIって言ったんだろう」みたいな。言う必要がない気がするんですけど。
野邊拓実(TuneCore Japan):リスクの方が大きくないか? みたいなところがありますもんね。
堀巧馬(TuneCore Japan):クリエイティブな作業をしていたとしても「AIです」と言った途端に、みんなから1ポチの印象をつけられちゃう。もったいなくないですか?
野邊拓実(TuneCore Japan):Darkonicsに関して言えば、すごくたくさんの曲を出されているんで、もし1ポチで作っていたとするならば、「AIで作ってます」と言わない状態で「これAIなんじゃないの?」って言われるよりも、初めから「AIです」って言った方が印象悪くない気もする…みたいな(笑)。

Darkonics
堀巧馬(TuneCore Japan):以前烏丸さんが「いいと思ったアーティストが生成AIだとわかった途端に、なんか悔しい気持ちになる」と言っていましたよね。要するにそういうことだと思うんですよ。そういう心情が働く時点で、普通に損している気がする。
──単に生成AIで作られた1ポチ曲を大量に聴きまくっていると、なんかね、AIが作った曲だってわかるような気がしてくるんですよ。一定の基準を満たしたクオリティレベルで、変な乱れがない。頭をかしげるような不整合もない。その上で突然変異のような斬新さもない。すごく良くできた優等生。理屈じゃないエネルギーを感じるとか、クソ下手だけど何故か惹きつけられるとか、そういう香りがないんですよね。
野邊拓実(TuneCore Japan):なるほど。
──でね、それ以上もそれ以下もないという80点の生成AI音楽村を知ると、その平均点エリアに近い音楽が逆にAI村の作品に聴こえてしまうという謎現象が起こるんです。SSWなのに、そんな感じで歌が入ってきたらAIと勘違いされちゃうよ、危険だよと老婆心ながら思っちゃう。
野邊拓実(TuneCore Japan):今の時代、変な損の仕方をする可能性がありそうですね。令和のリスクだ。こんなことがこれから起こってくのか。
DJ DRAGON(BARKS):だね。進化していくとその問題がもっと出るよね。いや、すごく出ると思うな。
──ついでに言えば、ミュージシャンって音楽のことで頭が一杯で、アートワークやデザインには無頓着な人も一定数いますよね。「ジャケ写とか特にこだわらない」「なんでもいいや」ということで、そこで画像生成AIをポチっている人が結構いるんですよ。素晴らしいシンガーソングライターなのに、ジャケ写を見ると全部生成AIで吐き出したもので、それを見ると「音楽までAIなんだろうな」という印象を与えかねないんです。これもやめた方がいいよって思います。「あなたの個性を潰します」って伝えたい。
野邊拓実(TuneCore Japan):なんなら日常のスマホで撮った画像でもいいから、血の通った自分を表してほしい、みたいな。
──そうそう。自分のアイデンティティを大事にしなさいよ、手抜いちゃダメよ、ということです。
野邊拓実(TuneCore Japan):AIを使うのなら、そこでも手を抜かずに自分を表現すべきなんですよね。
──そうなんだと思います。自分の満足レベルを高いところに持っていくことで、作品のパワーも生まれるわけですから。
堀巧馬(TuneCore Japan):めっちゃわかります。ジャケ買いなんて概念としてなくなりましたけど、それでもアートワークがありがちなAIだったら、ちょっと聴き気をなくしますもん。不思議ですけど。
野邊拓実(TuneCore Japan):手抜きを感じちゃうんじゃないですか。
堀巧馬(TuneCore Japan):「AIなんてただのツールだよ」「OKOK」とか言っているのに、いざ自分がリスナーとして聴くときには拒絶反応がちょっとあるっていう(笑)。でも確かに、ジャケ写はAIで、歌は本人が作ってきちんと歌っている作品ってすごくたくさんあるんですよ。めちゃくちゃもったいないですね。
DJ DRAGON(BARKS):ライブを演っていなければAIだろって思われる流れもあるね。
堀巧馬(TuneCore Japan):そうですね。本人がちゃんと顔出ししていないとかね。
──プロの世界でも「デモ音源のAIによる仮歌のほうが、本人により歌がうまい」というギャグのような話もありますが(笑)。
野邊拓実(TuneCore Japan):高品質な仮歌も手軽に作れる時代ですから、本人にはめちゃくちゃ高いレベルのものが求められることになっていくのかな。
──きっと上手いとかじゃなくて、求められるのは個性とか人間性でしょうね。
DJ DRAGON(BARKS):存在意義ですよ。
野邊拓実(TuneCore Japan):技術的にどう歌うかとか、音程が取れてるとかリズムが正確かとかじゃなくて、例えば息の使い方ひとつにしても、本人の歌に対する要求の部分で人間らしさみたいなところが試されるんでしょうね。
──結局は生身の人間には生身の強さがある。そういう意味で、AIによるとは対極にいるアーティストを紹介して終わりましょう。おさむらいさんです。知る人はめちゃめちゃ知っているアコギのインスト・プレイヤーで、素晴らしい音楽を聴かせてくれます。
野邊拓実(TuneCore Japan):AIによって、生の価値が上がってくると思いますね。今のところはさほど感じませんけど、これから先は生だったり人間がやっているってことの価値がどんどん上がってこないかな。
──逆におさむらいさんのような生身のアーティストがAIを駆使するとしたらどんな発想を持つのか。AIとどんなコラボレーションを仕掛けるのか、みたいな期待をするところでもあります。
野邊拓実(TuneCore Japan):やっぱりAIにしかできないことを追求してほしいなと思いますし、そういうのが出てくると面白いなと思います。
──突き抜けたパフォーマンスをリアルで行える人ですから、AIとタッグを組んだら見たことのない景色が生まれるのではないか、という期待ですね。

おさむらいさん
DJ DRAGON(BARKS):見たことのない映像みたいなものが、フェイクも含めて見れちゃう時代になっちゃってさ、だから何が大事かっていうと、本当に見たものは大事になる時代になるね。映像も音楽もネット上にあるものって半信半疑みたいなものじゃないですか。何が大事かって、やっぱライブなんですよ。だからさ、このM-SPOTで紹介していたアーティストたちともリアルで会いたいよね。オフラインが重要だっていう。
堀巧馬(TuneCore Japan):会いたいです、顔を見させてください、僕ら信用できないんです、って(笑)。
──やっぱり人の中に介在しているアーティスト性を僕らは望むわけで。
堀巧馬(TuneCore Japan):だから深読みしちゃうし、深読みゆえの疑心暗鬼になってくるっていう(笑)。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね、手を抜いてほしくない気持ちというか、生みの苦しみを持っててほしいみたいな(笑)。勝手なんですけどね。
堀巧馬(TuneCore Japan):勝手だけど、でもそもそもそんなにクリエイティブが簡単だったら面白くないでしょ。
──クリエイティブって楽じゃないものね。当たり前だけど。
堀巧馬(TuneCore Japan):誰でもできるものになっちゃったら、それはクリエイティブじゃないもの。「誰でもミュージシャンになるきっかけがある時代」なんですよ。あくまでもきっかけで、みんなにちゃんと入口が用意された。それだけのことですよ。
──数年後には、また随分と状況も変わって僕らの価値観も変わり理解も進み、また違う会話をしているんでしょうね。
DJ DRAGON(BARKS):うん、何かしらの答えは出てるんでしょうね。答え合わせは出そうですね。それを越えたら、何かが生まれるんだろうなと思うね。
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.
Darkonics
Darkonicsは、ダークな世界観を追求するAI音楽クリエイター。神秘的で不気味な空気が漂う音楽を幅広く制作。多彩なスタイルを取り入れながら、幻想的なリズムを生み出します。
◆Darkonicsページ(TuneCore Japan)
おさむらいさん
「ギターを歌わせる」ソロアコースティックギタリスト。 2007年よりインターネット上に演奏作品を投稿。 「アコギでロックしてみた」と題したソロギターアレンジから人気に火が付き、 演奏動画の総再生数は2億回を超える。 YouTube登録者数35万人、Bilibili登録者数50万人。 投票・ライブ審査を経てSUMMER SONIC 2011出演。 HEADWAYと各種シグネチャーモデルギターを共同開発。 幅広い音楽・楽器経験を背景とし、特殊奏法を取り入れて創られた楽曲は、 ソロギターの枠を超え幅広い視聴者層に受け入れられている。 時に激しく吠え、感情豊かな音を紡ぐギターは”歌っている”ようだと例えられる。 オリジナル・カバーを問わずギターで音を創造する。 手タレになれとよく薦められる。 珈琲を好む。 時々仲間に珈琲を振舞う。 好きな食べ物は焼きたてのパン。 東京大学工学部卒。