【インタビュー】逹瑯(MUCC)が語る、『奇怒哀落』という尽くしがたい感情「濃く歪な感じにしたかった」

■昔だったら激しく絶望や哀しさを表現していた
■でも、今回はそうじゃない。新しい感覚だった
──そして、3曲目の「剥哀」は、切ない別れを描いたバラード。
逹瑯:この曲も、聴きながらどこがくすぐられるだろうって考えていったんですけど。“哀”の中でも、すごく深い失恋の痛みや辛さみたいなものじゃなく、少し時間が経って、癒えかけてるんだけど治りきっていない状態? ちょっと客観的に見ることができるようになった時期の歌詞がいいなと思ったんです。こういう叙情的なメロディは特に景色が浮かびやすいので、あえて限定された一瞬の景色を書きたくて。歌詞を読んで目に浮かびそう、声がしそうな歌詞にしたかった。
──“コピペ”や“コンビニ袋”のような日常的な言葉からも、具体的な情景が浮かびますね。
逹瑯:これもJ-POP的というか、“MUCCだったらこの歌詞は絶対つけないな”という書き方になったかな。サビの言葉の当て方も、たぶんMUCCだったらそうはしないですね。「St.Anger」で言ったとおり、足立のメロディの付け方のクセが、ミヤさんやYUKKEさんの付けてくるメロディと全然違うんですよ。日本語を当てるのが難しいというか…メロディだけ聴くといいんだけど、俺の中のボキャブラリーだと言葉を乗せにくいことが多くて。メロディの良さを俺の言葉で潰しちゃうわけにはいかないから、MUCCとは全然違う脳味噌を使うんです。どんな言葉が乗るかを考えていって、うまくハマるとJ-POP的な遊び方ができるメロディが多くて、面白いんですけどね。
──30年やっていると、MUCCでのメロディのクセが体に馴染んでいるところは当然ありますよね。
逹瑯:そう。特にミヤさんのメロディなんかは、一節歌ったら次にどう動いていくかが読めるんですよ。足立の曲は、何回も聴かないと次にどこへ行くかわからない(笑)。俺には難しく聴こえちゃってるからこそ、初めて聴く人には難しく聴こえないように、キャッチーになる言葉を乗せるというパズルが面白かったりするんです。
──逆に自分の歌いやすいように変えることはないんですか?
逹瑯:たとえば、自分でメロディを変えて仮歌を入れてみたりすると、結果、良くなくなること多くて。やっぱり変えちゃだめなんだなってなるんですよね。
──そういう意味では、4曲目の「落下の終着点」は、ソロならでは化学反応を感じました。MUCC節でやると、もっとフォークな曲になりそうだなと。
逹瑯:だぶんそうでしょうね。そもそもフォークな曲…たとえば森田童子さんの「僕たちの失敗」みたいな、暗くてほこり臭い、落ちきっているような曲を作りたいというところから始まったんです。だから、最初はアコギのフレーズメインで作っていったんですけど。一回“できた!”と思って帰り道の車の中で聴き直してたら、“やっぱり違うな?”となって。鍵盤をメインにしてアコギは添える程度にしようという方向にしたらバシッとハマりました。作りながら、俺も足立も「どうしたらいいんだろう?」とかなり迷って。他の曲はリモートのやり取りも多かったですけど、この曲は対面で話しながらオケを作っていきましたね。
──メロディを生かすアレンジを考えていったんですね。
逹瑯:そうですね。すごくいいメロディなのに、フォークにしていけばしていくほど演歌か?ってくらいの古臭い曲になってきちゃって(笑)。あと、メロディから受けるイメージも明確にあったんですよ。具体的なんだけど、なんとも言えない映像が浮かんでいたので、それに合うものにしたかった。
──たったひとりで静かに落ちていくような孤独感が伝わってきますが、見えていたものとしては?
逹瑯:もともとEPの核になる曲を作りたいと思っていたんですけど、歌詞を書くタイミングで、昔からの仲間がひとり亡くなってしまって。しかも自死だったから……この年齢でのそういう知らせって、めっちゃ堪えるんですよね。20代30代とはまた違う重みがあるじゃないですか。別にそいつのために曲を書いてあげようというわけではないけど、最後の選択をする時はどんな感情なんだろう、何を想っていたんだろう、と想像していくと、だんだん自分と重なって、俺じゃないんだけど俺が考えているような感覚になってきて。想像する部分と、自分とリンクする部分を行ったり来たりしながら書いていきました。
──そうだったんですね。歌い方も独白のような雰囲気で、グッと惹き込まれました。
逹瑯:淡々と歌う感じになりましたね。こういうテーマで曲を書く場合、昔だったらもっと激しくなっていたと思うんですよ。わかりやすく激しく、絶望や哀しさをデコラティヴに表現して、こうなっちまったという感情をぶつける表現になっていた気がする。でも、今回はそうじゃない。本当に真っ暗という一歩先に踏み込んだ表現で。自分もそういう表現をするようになってきたのかって気づきもあったから、結構新しい感覚でした。
──苛立ちすらもないような、年齢を重ねたからこその絶望もありますよね。
逹瑯:絶望というか諦め。絶望の先の感情なんじゃないかな。虚無というくらいめちゃくちゃ静かで、救いもない。真っ暗でどこまでも落ちていく曲にしたかった。

──レコーディングはどういう気持ちで臨んだんですか。
逹瑯:自分としては特にエモな感じでもなく、スッと潜っていく感じで歌いました。ただ、頭からまるっと歌い終わった時、足立は号泣してましたね。そいつとは足立も仲が良かったので。
──一歩踏み込んだここまでの孤独感を表現できるのは、バンドではなくソロだからこそなのかなという印象もあります。
逹瑯:そうかもしれない。メロディからのインスピレーションで明確な映像が浮かんで、曲ができて歌詞を書く時のイメージまで完全に一致していたのは自分でもすごいなと思いました。







