【インタビュー】大柴広己、デビュー20年目に刻む新たな始まりの『JUNK HOPE』完成「これは未来に繋がっていく希望」

今こそガラクタの希望を高々と掲げよう。独立独歩のDIY系シンガーソングライター大柴広己のデビュー20周年を飾るニューアルバムは『JUNK HOPE』。弾き語りやバンドのライブ活動、ボカロP、楽曲提供、アーティストプロデュース、音楽ゼミ主宰、フェス主催など八面六臂の活動を続ける彼が、20年目に刻む新たな始まりの1枚だ。
“よりパーソナルに、ミニマルに”をテーマに作り上げた自伝的内容を多く含む楽曲について、思いの丈をたっぷりと語ってもらおう。
なお、今回の取材には大柴広己のデビュー20周年を語るに欠かせぬ4本のギターをご用意いただいた。いずれも1960年代のヴィンテージやカスタムギターなど貴重なモデルだらけだが、その希少性や価値を遥かに超える大柴ならではのドラマティックなストーリーが刻み込まれた逸品のオンパレードとなった。

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■今回のアルバム『JUNK HOPE』によって
■人生で最後に出すアルバムの名前も決まった
大柴:何から喋ろうかな。めちゃめちゃ喋りたいことがあるんだけど。
──ゆっくりやりましょう。とりあえず、3年前の前アルバム『LOOP 8』で、8年間続いた“Lシリーズ”は一旦完結したと考えていいですか。
大柴:そうですね。“人間関係において必要な「L」”という、“LOVE、LIFE、LIVE…”というような、生きるために必要な“L”をテーマに6枚のアルバムを作って、自分の中ではスッキリしたんですけど、世の中がどんどん変わっていく中で、忌野清志郎さんが昔、「世の中が悪くなっていく」(1998年発表)と歌ってたのを思い出したりしていて。清志郎さんが亡くなって10数年経って、俺は未だに“世の中はもっと良くなるはずだ”という一抹の希望を持っていますけど、なかなかそれを実感できないなというのがすごくあって。
──よくわかります。
大柴:今回のアルバムの中のコンセプトとして、“ミニマルなもの”にしたかったというのがひとつあるんです。AIが発達して、誰でもすごいものが簡単に作れるようになって、人間の仕事と“見分けられるか? 見分けられないか?”という論争すらも、たぶんなくなっていくと思うんですけど。そこで“自分の中の喜びはどういうものか?”と考えた時に、よりパーソナルなものになっていく気がするんですね。

──なるほど。
大柴:たとえば、“何のためにライブをやってるのか?”というと、世の中に認知されるための方法ではなくて、自分を喜ばせるための手段に変わっていってる気がするし。それは僕だけじゃなくて、いろんな人がそうだと思うので、まず自分にフォーカスしていくことをもう一回きちんとやりたいなと思ったんです。“Lシリーズ”はもっと広い視野で、生きるために必要なことを探していく時期だったんですけど、それを踏まえて自分の本当の喜びはどこにあるのか?を考えて、その旅を今から始めようと思っています。もう先に言ってしまいますけど、ここから“Hシリーズ”が始まります。
──おおー。そうなんですね。
大柴:今回の『JUNK HOPE』を出すことによって、自分が人生で最後に出すアルバムの名前も決まったし、そこに至るまでのストーリーが見えたんですね。自分の中では、最終章の第1歩目です。
──『JUNK HOPE』は、直訳すると“ガラクタの希望”になりますか。
大柴:最初は『HOPE』にしようと思っていたんですけど、それだとただの希望になってしまうので、『JUNK HOPE』にしました。自虐的かもしれないですけど、自分にとっての希望はそういうふうに思えるんですね。たとえば、アイスの当たり棒をたくさん集めてる人とか、いるじゃないですか。たまの石川浩司さんが、自分が飲んだ空き缶を全部集めていて、家に空き缶ギャラリーがあるらしいとか。「なんでそんなの集めてんの?」って言われたら、たぶん答えられないと思うんですけど、自分にもそういうものがやっぱりあって。

──JUNK=ガラクタで無意味、だけど愛おしい。
大柴:今回のアルバムには、自分が主宰している音楽ゼミ(「歌詞研究会」)の生徒が参加している「希望の鐘」という曲があるんですけど、10年前にその音楽ゼミを始めた時に、「なんでそんなことやってんの?」ってさんざん言われたんですよ。「そんなの時間の無駄だ」みたいなことを言われて、その時に「お前にとってはガラクタみたいな何の意味もないことかもしれないけど、これは未来に繋がっていく希望なんだ」と思っていたんです。それが10年経って、気がついたら「大柴さんのようにシンガーソングライターになりたい」と言ってくれたり、楽器をやってなかった人間が楽器を始めてくれたり、そういう生徒がどんどん増えていて、それが自分の中ですごく大きなものなんですよ。そう考えた時に、『JUNK HOPE』というワードが出てきたんですね。
──はい。なるほど。
大柴:もうひとつ、僕が大好きな玉置浩二さんの『JUNK LAND』というアルバムがあって、自分のルーツのひとつになっているので、そのイメージも入っています。そしてCDジャケットの写真は、実家の親父の書斎なんですね。そこにあるのはまさにガラクタの寄せ集めで、親父は昔「スプーン曲げができる」みたいなこと言ってて、曲げたスプーンとかが置いてある(笑)。俺の中でジャンクの象徴が、実家のこの部屋なんですよね。しかもそこは自分が前に住んでいて、宅録をしていた部屋なので、昔の自分と今の自分を繋ぐタイムマシンみたいな空間なんですよ。ちょうどデビュー20周年ということもありますし、どうしてもこの部屋をジャケットにしたかったんです。
──20年で、何かが一回りしたんですかね。
大柴:そうだと思います。ただ、確かに一回りしたんですけど、20年間何も考えなかったら絶対ここには行けてないな、というところに戻ってきたなと思いますね。20代前半は自分のことばかり考えていたんですけど、ここ数年は人のプロデュースもたくさんやってますし、音楽ゼミから若いミュージシャンがたくさん出ていることもありますし、自分のことしか考えない人間が20年後にこうなってるか?と言われたら、絶対そうはならないと思うので。いろんなことをやった上でもう一回自分に向き合おうとしているので、ある意味で同じ方向を向いてるんですよね。自分のことしか見てなかった20年前と、自分と向き合う20年後と。同じベクトルを向いてるけど、全然違うものになっているなと思いますね。

──制作スタイルは、すべての楽器を一人でこなすセルフレコーディングが半分、ゲストミュージシャンを迎えた曲が半分くらいですか。
大柴:最初は一人で全部やろうと思ったんです。ミニマルなものを作りたかったので、自分のスタジオで完結させるぞと思っていたんですけど、途中でエンジニアの倉本淳二に聴かせたら、興奮して電話してきて「めっちゃいいね。でも絶対もっと良くなるよ」みたいな話になって。最初はミックスも全部自分でやろうとしていたんですけど、彼が「本気でやりたい」ということになって。それから事務所の社長でマネージャーの大中智史がドラムをやることになって。プロモーションもミニマルにしようと思っていたのに、アルバムができたらプロモーターの長瀬江美子さんが「私がやりたい」と言ってくれて、最初は自分一人で完結させるつもりだった“ガラクタみたいな希望”を、同じようなベクトルでシェアしてくれた人がいたことは、想定外の喜びでした。自分は今まで、一人で音楽をやってきたという感覚を持っていたんですけど、そんなことはなくて、自分の周りに素敵な人間がたくさんいてくれたということを改めて実感できただけで、このアルバムを作って本当に良かったなと思ってます。







