「M-SPOT」Vol.034「シティ・ポップってなんだっけ」

非常に個性的で耳に残る作品を聴き、そのアーティストに心惹かれ興味をそそられることはよくある話だけれど、その楽曲がそのアーティストにとってど真ん中の曲なのか、それともちょっと外れた異端な作品だったのかは、その曲だけでは全くわからない。
そういう意味では、「どういうシーンでどの曲を訴求させるのか」に販売戦略とPRセンスが問われる時代となった。そんな話からアーティストにとって最も大事なポイントが語られたのが前回(「M-SPOT」Vol.033「アーティストにとって最も重要な、ゴール設定とスケジュール管理」)だったけれど、今回は才能豊かな男性シンガーソングライターの作品をもとに、アーティストが心がけるべき活動の骨子を紐解いていこう。
いつもの通り、ナビゲーターはTuneCore Japanの堀巧馬、野邊拓実、そして進行役は烏丸哲也(BARKS)である。
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──私が気になったアーティストをひとり紹介させてください。SYNERGYという「新感覚City Pop × R&B」を標榜する男性アーティストです。
──上質なポップスですよね?私がこのSYNERGYさんに着目したポイントのひとつにYouTubeがありまして、藤井風をはじめ日本の楽曲を英語カバーしているんですが、その中にサザンオールスターズの「TSUNAMI」もあるんです。サザンをカバーするなんて…普通、無理ゲーですよね。
野邊拓実(TuneCore Japan):いやもう、よっぽどバケモンみたいに歌がうまいとかじゃないと、手は出せないですよね。
──誰もが知っている国民的アーティストの名曲をカバーするのは、リスクしかないでしょ? でもね、これがまた秀逸なんです。
野邊拓実(TuneCore Japan):これはすごいな。「TSUNAMI」って英語で歌われるとめちゃくちゃ洋楽ポップスなんですね。どちらかと言えばディズニー作品のような感じで。
堀巧馬(TuneCore Japan):これ歌もAIですか?
──いや、SYNERGYさん御本人ですよ。
堀巧馬(TuneCore Japan):映像とかジャケ写がAIっぽいので、歌もそうなのかなって思われちゃいますね。
野邊拓実(TuneCore Japan):確かにそこはもったいないなって思っちゃいます。アートワークがAI風味なだけで、そう勘ぐられてしまうので。
──確かに。かの「TSUNAMI」をここまで違う作品に仕立て上げられるアレンジ力があるのだから、アートワーク周辺にも気を配ってほしいですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):それにしてもめちゃくちゃ秀逸ですね。1200回しか再生されていないのが納得いかないなぁ。
堀巧馬(TuneCore Japan):藤井風「満ちてゆく」のカバーは36万回再生ですよ。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうなのか。それはYouTubeを観ている層とのマッチングの問題ですね。
──これが「再生数が伸びないものはやめよう」という「活動の足かせ」にならなければいいんですが、これこそ現代のミュージシャンが抱える避けられない性と闇なのでしょうか。
野邊拓実(TuneCore Japan):難しいですよね。そもそもカバー自体が難しくて、それでもシティ・ポップを自認しているのであれば楽曲ってたくさんあると思うんすけど、ジャンルによってはカバーをやることでそもそもアーティストとしてのブランディングが崩れちゃうこともありうると思うんです。TikTokやInstagramのリールを見ても、カバーって引きの強いツールですから、そこをきっかけにファンやフォロワーを獲得するのは、今のアーティストの王道の闘い方なんですけどね。
──ええ。
野邊拓実(TuneCore Japan):やっぱりSNSしか戦場がないというのは、いろんなカルチャーやジャンルを衰退させてしまう要因でもあると思うので、SNS以外でもきちんと戦場がたくさんあるといいなって思います。
──ライブというリアルな場とか、ですかね。
堀巧馬(TuneCore Japan):シティ・ポップって根強いでけど、流行りの要素もあるじゃないですか。音楽って、ジャンルや演奏形態も含めて時代性とか流行りがありますけど、その中でシティ・ポップってちょっと異質だなと思っているんです。
──どういうことですか?
堀巧馬(TuneCore Japan):流行りがあると、そこに乗っかることでファンやリスナーが増えるという構図があるわけですけど、シティ・ポップってものすごいレッドオーシャン(ライバル過多の過酷な市場)だと思うんです。なぜなら、シティ・ポップが好きなファンって「アーティストが好きじゃなくて、シティ・ポップが好き」というリスナーが非常に多い傾向があるから。「ノスタルジックな音と絵が好き」だったりもして、だから固定ファンがめちゃめちゃ付きづらいジャンルなんですね。
──なるほど。
堀巧馬(TuneCore Japan):だから音がシティ・ポップだとしても、ジャケットとかミュージックビデオがちょっとでも違うと流されちゃうんです。
野邊拓実(TuneCore Japan):音楽というより体験を求めているわけですよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):そうそう。シティ・ポップってマジで異質なジャンルだから、全てのトンマナを合わせに行くくらいの覚悟がないと、下手に乗っかったことで逆に凄くもったいない結果になるんです。最近はそれをすごく感じるんですよね。
──リスナーは「シティ・ポップという世界観と文化」が好きという嗜好性なのか。
堀巧馬(TuneCore Japan):だと思うんです。
野邊拓実(TuneCore Japan):一定以上の体験ができる作品であれば、誰でもOKなのかもしれない。
──逆に、生成AIが最も得意とするエリアのひとつかも。
堀巧馬(TuneCore Japan):そう、極論を言えばそうなんです。先駆者とモーブメントを作ったアーティスト以外は、BGMとかプレイリストには乗ってくるけど、例えばライブの集客や動員はとても厳しい…みたいな課題を抱えてしまう。少なくとも僕の周りはそういうアーティストが結構いて、「ヘタにシティ・ポップとか言わないほうがいいよ」みたいな会話もあります。
野邊拓実(TuneCore Japan):Suchmosの「STAY TUNE」がすごい盛り上がってきた前後あたりで、いろんなシティ・ポップ系のバンドが「ポストSuchmos」みたいな言われ方をして、「ポストSuchmos、どんだけおんねん」みたいな状況から、Suchmosがいるから他のアーティストは売れないみたいな状態になっちゃったところがあったんです。そういうキャップが生まれちゃったことは悲しいですいよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):良くも悪くもこのジャンルって、クリエイティブに対してすごくシビアなんですよ。ジャケ写からミュージックビデオからアー写に至るまで、リスナーからの目線に応えなくちゃいけない世界で。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。いろんな目線で選別されちゃう。
──先ほど話に出た「全てのトンマナを合わせない」という話ですね。
堀巧馬(TuneCore Japan):だからこそ、SYNERGYさんに対しては、シティ・ポップ切り口じゃない方が、逆にいいんじゃないかなってすごく思います。

──そういうプロデュースって大事ですね。自分をどういうレイヤーに押し上げるのか、マネージメントとのチームプレイの重要さですね。
堀巧馬(TuneCore Japan):言語化とかね。どうやって売るかというブランディングの話で、ミュージシャンとはまたちょっと違う能力が必要ですからね。もちろん「アーティストがやりたいことをやる」っていうのが大前提にあることで、「そんなことどうでもええわ」「俺は曲作るのが楽しいんじゃ」「好きなようにやるわ」って言われりゃ、もう「そりゃそうです」ってことなんですけど(笑)。
──先のSYNERGYさんの「GLOWLINE」という楽曲ですが、「TSUNAMI」のアレンジの秀逸さに比べると、打ち込みのサウンドがチープで、もっと生っぽくてグルーブのあるトラックならいいのにと思ったんですが、その辺はいかがですか?
野邊拓実(TuneCore Japan):ちょっとプリセットの音っぽいところがありますいよね。後ろで鳴ってるパッドの音も音が薄いですし。ただ、そのチープさが良さにつながるケースもあったりするので、シンセのペラペラなペラいサウンドも一概に悪いことではないですし、そこは使いようなのかな。
──そこはサウンドキャラ、ということか。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうです。こういうのがやりたいのであればいいんです。ただ僕の妄想を元に考えると、もうちょっといろんなアプローチもありそうで、ウーリッツァーとかローズとかのエレピのポロロンとした音を出したいんじゃないのかなとか思っちゃいますよね。音作りって超細かいハードルが無限にあるものだから、トライアンドエラーの繰り返しですけど。
──SYNERGYさんは活動開始が2025年なので、まだキャリアはほとんどない状況なのかもしれないです。
野邊拓実(TuneCore Japan):シティ・ポップというのはわかりやすいアイコンなので、シティ・ポップと名乗ることの楽さみたいなものはあるんですけど、本当はもっと的確な音楽ジャンルの表し方はあるんじゃないかなって感じますよ。
堀巧馬(TuneCore Japan):シティ・ポップというものも、大事にされてきたところの文脈が変わっていきましたよね。もともと持っていた「文化的な意味合いでのグループ感」みたいなものより、「車で夜の街を走っていたら流れてそうなBGM」みたいな文化になってきた。グルーブよりも「4つ打ちの打ち込みでも全然乗れるじゃん」みたいな、いい感じのシンセありきでそういう語感を乗せた作品も全部一緒くたに「シティ・ポップ」って言われてきちゃうから、シティ・ポップってなんだっけ…「あれ、グループとかってどこ行ったっけ」みたいなことになる。
──この人にはスティーリー・ダン/ドナルド・フェイゲンみたいな音世界に行って欲しいと思ったんだけどな。
野邊拓実(TuneCore Japan):わかんないですけどね。音楽を突き詰めると原理主義みたいな方向に行きがちなんで、もしかしたらそういうことじゃないところから新しいものが生まれたり、このまま突き進んだ果てに、シティ・ポップでもない今までなかったところに行き着く可能性も全然あったりするので。
堀巧馬(TuneCore Japan):DJみたいなクラブで盛り上げようみたいな方向性に行くかもしれないし。
野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。結局それも、前回でお話した「ゴール設定」の話ですよね。最終的にどういう姿になっていたいのか。そこに向けて、楽曲をどうするかっていう話。「作りたい音楽を作りたい」のであればそれがゴールなので、そのままやっていこうぜって話ですし、「将来こういうステージに立ちたい」とか「こういうファンがいっぱいいてほしい」みたいなイメージなのであれば、それに向けて音楽をチューニングしていくか、作曲・編曲をチューニングしていくっていうことが必要になる。やっぱり自分は何を目指しているのかをしっかり深く考えるべきだなって思います。
──いい意味でもいろんな方向性や可能性が広がっているからこそ、スコープのピントをきっちりと合わせることが大事ですし、それが定まれば自ずと音に表れてくるということだ。
野邊拓実(TuneCore Japan):YouTubeに上がっているカバーのアレンジなどは普通に上手さを感じるので、1年後とかの作品には「なるほど、こっちに行きたかったんだ」みたいなのが見えるかもしれないですね。
──これからの活動が楽しみですね。注目しておきましょう。ありがとうございました。
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.
SYNERGY
SYNERGY |シナジー 新感覚City Pop × R&Bで魅せる、新進気鋭アーティスト 心を揺さぶるシルキーなメロディーと、都会の夜を思わせるグルーヴ。 SYNERGYが奏でるのは、City PopのノスタルジーにR&Bのエッセンスを溶け込ませた、唯一無二のサウンド。
https://www.tunecore.co.jp/artists/synergy







