「M-SPOT」Vol.033「アーティストにとって最も重要な、ゴール設定とスケジュール管理」

今回取り上げる作品は、ランニングベースが特徴的な楽曲だ。キャリアを重ね、いろいろな楽曲をレパートリーに持つ女性シンガーソングライターなのだけれど、当作品は一聴しただけで強い個性を感じさせるような推しの強い作品となっている。
「M-SPOT」企画にエントリーするにあたり、この楽曲を選択した意図はどこにあるのか。自らのアイデンティティをどのように知らしめるのか。ひとつの応募楽曲の裏に秘められたアーティストの思いに対して、根拠なき妄想の翼を広げるナビゲーターは、いつもの通りTuneCore Japanの堀巧馬、野邊拓実、そして進行役は烏丸哲也(BARKS)である。
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──今回ご紹介したい作品は阿部桃子の「This is 嫉妬!」という楽曲です。すでにたくさんのレパートリーを持っている中で、この曲を「M-SPOT」に応募してきたという女性シンガーソングライターなんですが。
──2025年の今、この感じって珍しくないですか?
野邊拓実(TuneCore Japan):ウォーキングベースって久しぶりに聴いた気がします。
──いろんなタイプの作品がある中で、この曲を選んで「M-SPOT」に投稿してきたところにポイントがありそうだなと思ったんです。「This is 嫉妬!」は3年以上も前にライブでも披露している曲なので、決して最新楽曲ではないんですよ。
野邊拓実(TuneCore Japan):シングルって難しいなって思います。オーディションや審査にはシングル1曲をエントリーするスタイルも多いんですが、この曲がそのアーティストにとってど真ん中な「名刺です」みたいな曲なのか、それともちょっと外れているエッジの利いた曲なのか、判断がつかなかったりするんです。ただ、新曲があるにも関わらず違う曲を出すということは、要は「名刺」なのか、もしくはこういうアーティストとして見られたいと自認する自己認識が表れている楽曲だったりするのかなと思いますね。
──そのコンテストやオーディションのカラーにもよりますよね。
野邊拓実(TuneCore Japan):そう、アーティストと話をすると、オーディションによって提出する楽曲は変えていると聞きます。それこそ自分たちの名刺を出す場合もあれば、本当は結構ニッチな音楽をやっているんだけど、ライトリスナーが集まるようなイベントの場合は割とポップな方向の曲を出すとか。今回の「M-SPOT」に対してちょっと前の曲を出してきているとことは、割と明示的に自分のアイデンティティを示しているのかなって思いますね。
──数多の女性シンガーソングライターと一線を画す、という点では成功していると思いますが。
野邊拓実(TuneCore Japan):確かに、単に「女性シンガーソングライター」って言われたらポップスというかJ-POPライクなものを想起するし、アーティスト写真を見ても明るくて爽やかなイメージなので、いきなりのウォーキングベースに「おおお」って思いましたね。
──プロフィールには「自称「無愛想シンガーソングライター」(言い換えれば極度の人見知り)」とあるんですけど、そういう印象はないですよね(笑)。自嘲なのか謙遜なのか戯言なのか、あるいは真理なのか。少なくとも無愛想には見えないけれど。
堀巧馬(TuneCore Japan):僕も全く同じ印象でした。プロフィール見た後に写真を見たらびっくりするぐらい笑顔なので、無愛想?って思いました。

──いずれにしろ、「This is 嫉妬!」という曲が出来上がる裏には、たくさんの音楽を聴いてきたというインプットの豊富さがあると思うんですが、そのあたりはいかがですか?
野邊拓実(TuneCore Japan):1960~1970年代の香りが感じられるという。ゴリゴリなブルース出身の弾き語りの人とかをライブハウスで観ると、今どきは珍しすぎて「おっ」って思っちゃいますよね。
──確かに「M-SPOT」に応募された数千曲の中で、「This is 嫉妬!」を聴いた時に「おっ」って思っちゃったからなぁ。
野邊拓実(TuneCore Japan):これも個性というか、他とどう違うのかを伝える差別化という作業はすごく重要だなと思います。音楽市場で闘っていくということは、死ぬほどレッドオーシャンな中で頭角を表す=他に対して自分が認知されなきゃいけないという非常にシビアな闘いですから、できるだけわかりやすい差別化要素って必要だと思うんです。そういう意味では、この曲を持って来たことは、少なくとも今我々に対しては成功していますよね。「うわ、渋いね」みたいな。
──YouTubeではたくさんの演奏動画も公開されていまして、バックには大量のCDやレコードが写っているんですけど、サブスク世代にはそのマニアックさすら伝わらないのかな…と思い、アイデンティティを伝えることの難しさを感じました。
野邊拓実(TuneCore Japan):難しいですよね。アー写とかジャケ写のような視覚情報を用いて、例えば奇抜なことをするのは簡単ですけど、それが楽曲と合っているのかどうかとか、その奇抜さによって見てくれなくなるお客さんのこととか、いろんなことを考えなきゃいけない時代だなと思います。この阿部桃子さんはすごい渋いところからも影響を受けていて、それこそ上の世代の音楽好きから注目されながらも、一方で声の感じとか発声や歌は非常にポップで、むしろそのポップさが軸になっているなと感じるので、どんなブランディングを作っていかなきゃいけないのか、めちゃくちゃ難しいなって思いますよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):楽曲の流行り廃りはありますけど、昔よりは多様化している感じはするんです。メインストリームみたいなものはやっぱり存在はしているものの、今の闘いって「そのメインストリームにどうやって近付けて乗っかるか」じゃなくて、「自分のこの曲を好きな人にどうやって届けてリーチするのか」だと思うんですけど、そのパイ(市場の総量)が実際どれぐらいあるのかって、昔よりわからなくなってきてるんですよね。
──対象もグローバルになりましたし。
堀巧馬(TuneCore Japan):そうなんです。例えばソウル/ファンクとかブルースみたいな領域が好きな人って一定数存在していますから、その人たちにきちんと届けられているのであれば、それはある種の成功事例なはずなんです。
──私は特にソウルやブルース好きでもないんですけど、阿部桃子さんが「古いのギルドのアコギが壊れて悲しい」という話をしている動画をたまたま観て、私は「うら若き女子がヴィンテージのギルド?」とツボりまして(笑)、そういう嗜好性がリスナーに刺さるという現象もありますよね。
野邊拓実(TuneCore Japan):機材の話ってすごく面白いけど、同時に超難しいなとも思います。よくギタリストが足元のエフェクターボードの写真とかを上げていたりしますけど、世間一般には分からない世界で興味を持たないどころか「なんかわかんない話してる」ってなっちゃう恐れもある。そういうのを好きな人に向けてやっているのであれば全然問題ないけど、諸刃の剣ですよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):割り切りも大事なんだって思うところもあります。みんな頑張って自分が演っている曲をメインストリームに持って行きたいと思うんですけど、その努力って空回りに終わる可能性も高いわけです。それこそ、多くの人に注目してもらいたいと思って奇抜なジャケットにしちゃったりすると、せっかくのアイデンティティっていうものがぐちゃる可能性もはらんでいますよね。
──そこに手を出したくなるんだけど(笑)。
堀巧馬(TuneCore Japan):そうそう、めっちゃわかるんですよ。それこそ「再生数が1万なので、これをどうやって5万にしようか」みたいな話って、結構は資本主義なテーマなので、どんどんメインストリームに寄っていく話だと思うんです。それよりも、自ら持っている色をよりシャープにしていくこととか、それこそ機材の話しかり、演出しかり、アートワークに関してもそういう人が好きそうなトンマナにしっかり寄せていくことが、アーティストにとってもリスナーにとっても幸せなことなんじゃないかと思うんですよね。
──確かにそれが真理かもしれない。
堀巧馬(TuneCore Japan):それが超難しいと思うんですけどね(笑)。
野邊拓実(TuneCore Japan):どこまで自分の趣味を出すべきかって、バンドマン全員が悩むところなんです(笑)。というか悩むべきだとも思うんですけどね。「完全に自分の趣味です」「こういうのが好きな人だけ聴いてください」みたいな感じだったら何も考えなくていいんですけど、やっぱりどこかに「売れたい」とか「なるべく多くの人に聴いてほしい」という思いがあれば、そことのバランスは取っていかなきゃいけないものだから。
──どうやったらうまくバランスが取れますか?
野邊拓実(TuneCore Japan):目標決めの話だと思います。最終的にゴールをどこに置くかによって、どれぐらいのバランスを取るべきかって変わってくる。周りのバンドを見ていると、「本当は売れ線に乗りたいはずなのに、自分の趣味を出しすぎちゃっててもったいないな」とか「どうしてもニッチな趣味が出ちゃってて、どっちつかずになって、結局どっちのファンもつかない」みたいなパターンも結構見るんです。その辺の折り合いです。捨てきれないものとかあって、これが難しいんですけど。
──エンターテイメントを紡ぐ人として自分をどうプロデュースするかですね。個人のマスターベーションでいいのか?って話。「自分という人間を使ってどうエンターテイメント・ビジネスをしたいのか」と捉えたら、野邊さんの指摘通り、目標をどこに置くかを考えることが最も重要ですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):僕はそれが1番大事だと思ってます。アーティストさんから「何が大事ですか?」と訊かれた時、最終的には「ゴール設定とスケジュール管理」って答えます。ライブハウスとかに出てるアーティストさんと「将来、最終的にどうなりたいの?」みたいな話をすると、「なんですかね…」って答えられない方って結構多いんです。ないわけじゃなくて、「こうなりたい」みたいなイメージが言語化できていないだけなので、「脳内でイメージしているのはどんなもの?」「なんか、お客さんがいっぱいいて、自分たちのバンドをみんなが見に来てくれてるみたいな」「それじゃ、渋谷WWWワンマンを目指したらどう?」みたいな話をしたりするんですよ。
──ふわっとしていたものが、具体的な目標に変わりますね。
野邊拓実(TuneCore Japan):自分の判断基準として、自分の脳内に映像としてある「こうなりたい」みたいなものを言語化していくことは、音楽をどうこうするってことも含めアーティスト活動をする上で1番重要なことかなと思ってます。
──それは。バンドだろうとソロだろうと全く同じですね。
野邊拓実(TuneCore Japan):はい、完全にそうだと思います。
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.
阿部桃子
宮城県出身。 エッジの効いたボーカルとグルーヴィーなギターテクニックを併せ持つ 自称「無愛想シンガーソングライター」(言い換えれば極度の人見知り) 60’s & 70’s SOUL、AOR、CITY POPの影響を受けたメロディーと 日常をリアルに切り取った歌詩。それらを操る表現力に注目。 躍動感あふれる“弾き語りパフォーマンス”は必見!!
https://www.tunecore.co.jp/artists?id=614514







