【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話023「掲載をコミットするということ」

ポスト


BARKSは2024年4月を持って25年目に突入したが、これだけ長い間音楽メディアに従事していると、想い出深い出来事もたくさん生まれる。以下の出来事も、私にとって忘れられないもののひとつだ。

あれは2007年。私は、口約束だけど某ライターさんと契りを結んでいた。「私にメールで投げ込んでくれれば、その原稿を即座に記事化してBARKSに掲載します」というものだ。

もちろんメディアが最も重要視する点は、掲載の可否は「編集部の意思によるもの」ということ。つまりは「内容を確認することなく、掲載を約束する」なんて決してあってはならない原理原則であり、それは今も昔も今後も変わらない。

でも、私はそのライターに「必ず掲載します」と約束をした。その礎はひとえに「信頼関係」だ。原稿自体の品質は当然のこととして、その内容や目的…あらゆる点において、我々BARKS編集部の判断基準とメディアポリシーを完全に理解してくれているという全幅の信頼をもって、その約束をした。覚書を交わしたわけでもないし金銭が発生するわけでもないけれど、当時の「BARKSに掲載できるという特権」は、そのライターの活躍の場を広げる強い武器になると信じていたし、それによって新たに生まれるコンテンツもまた、BARKSにとってかけがえのない記事になるはずと確信していたからだ。誰も損をしない、みんながハッピーになる取り組みだ。

そして、2007年の10月。来日公演のためにスコーピオンズが来日した。その公演の前日、スコーピオンズの取材をしていたそのライターは、クラウス・マイネからこっそり相談を受けたという。

「ミスター○○○、実は明日のコンサートのチケットの売れ行きが芳しくないんだ。もう明日のことだけど、どこか影響力のあるメディアで、僕らのことを扱ってくれないだろうか」

本来ならば、いちライターがそんなことを相談されても困惑するだけで、色よい返事が即答できるはずもない。が、彼は笑顔で応えた。

「分かりました。すぐに記事を掲載します」

彼はそのまま原稿を速攻で書き上げ、「これ、掲載してください」とスコーピオンズの原稿を私に送ってきた。インタビューしてきたばかりの話を抜粋しながら、翌日のライブへの期待感を煽る内容を執筆したもので、私は即時にBARKSに掲載し、トップページに一番大きく編成した。

翌日、コンサート当日はチケットは完売し、素晴らしいライブが繰り広げられた。チケットが売れたのがBARKSに掲載された記事のよるものなのかどうかは、わからない。そもそもそんな記事がなくても当日には売れ切れるものだったのかもしれない。

でも、ライブが無事終了後、クラウス・マイネはそのライターに、最大限の感謝を表してくれた。「ミスター○○○、昨日は私の願いを聞いて、最も影響力が強い音楽メディアに、即座に我々の記事を載せてくれた。おかげでこんなに素晴らしいコンサートになった。本当に感謝しているよ」と。

チケットが売れたこともハッピーな出来事だけど、私にとって大事なのはそこじゃなかった。ミスター○○○とクラウス・マイネの間に、さらなる信頼が積み重なったことだ。絶対的な信頼関係があればこそ、次の来日があっても、必ずや彼らはミスター○○○を呼ぶことだろうし、ミスター○○○を頼りにするだろう。そんな関係性が生まれていくことがたまらなく嬉しかった。そしてもちろん、ミスター○○○とBARKSも全幅の信頼関係にある。そんな繋がりこそが、僕らメディアが持ち得る最大の財産だ。この財産はお金では買えない。誰にも奪えない。

こういう間柄をひとりでも増やしながら、BARKSを自由に使って音楽の魅力を世に伝えていく強力なエンジンを、ひとつづつ積み上げていきたいとも願い続けてきているけど、ま、そこはそんなに簡単でもない。かけがえのない財産なんて、そんな簡単に作れるものでもないから…ね。

今更ながら、伏せ字にする意味もないので記するけど、ミスター○○○は増田勇一氏である。

◆コンサート前日に投げ込んできたスコーピオンズのインタビュー記事「蠍団襲来!スコーピオンズ東京公演を見逃すな」(2007.10.30 17:16)


Jakub Janecki, CC BY-SA 4.0 , ウィキメディア・コモンズ経由で

文◎BARKS 烏丸哲也

◆【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話まとめ
この記事をポスト

この記事の関連情報