【インタビュー】上杉 昇『SPOILS #3 Dragon Blood Jasper』、名曲揃いのプレイリストを名ボーカリストが唄ったら…
ここ数年、アコースティック編成でカバー曲を演奏するスタイルのライブツアーを続けていた上杉 昇。2022年8月にスタートした<ACOUSTIC TOUR SPOILS 2022-2023 #1>から、2024年3~4月に<SPOILS 2024 EXTRA>と題して開催された東名阪ツアーまでの、足かけ3年に及ぶ本プロジェクトの集大成とも言える2つめのカバー・アルバムが完成した。2023年5月に発売された『SPOILS #2 Azurite in Granite』に続き、この6月5日に全国発売される『SPOILS #3 Dragon Blood Jasper』がそれだ。
ときにツアーと並行し、ライブの合間を縫ってレコーディングされたこの2作は、上杉がそれぞれのアルバム・コンセプトに合わせて曲目を振り分けていったもの。サブタイトルにはパワーストーンの名称が冠されており、“アズライト・イン・グラナイト”という青と白の石には“鎮静化する、冷静になる”という力が、“ドラゴン・ブラッド・ジャスパー”という赤と緑の石には“活性化する、エネルギーを与えてくれる”という力があるとのことで、上杉は「バラードにも、聴くと心が寒くなって泣きたくなるような曲もあれば、聴き終わった後に活力につながるようなものもある」と音楽の力を分析するが、このインタビューではリリース間近となった『SPOILS #3 Dragon Blood Jasper』にスポットを当てる。
──そもそもアルバム『#2』と『#3』は対をなす想定で構想されていたそうですが、選曲の基準を改めて教えていただけますか?
上杉 昇:過去に本当に何度も聴いていて、ちゃんと自分に入っている曲というか。新しく覚えなくても唄える曲で、自分の中では「当たり前に名曲だな」と思える曲ですね。自分の中にずっとある、染みついていた曲を並べていって。
──いつか唄えたらいいなと思っていた曲?
上杉 昇:唄えたらいいなとは思ってなかったかな。ただいい曲だなって、普通に思える曲というか。別に変なこだわりもなく、音楽的にこうじゃないとみたいなのもなくて。「いいメロディでいい歌詞で、それによって自分も救われたりもしてきたし」みたいな曲ですかね。
──“ドラゴン・ブラッド・ジャスパー”は龍の血の石という名前の通り、活性化させるとか気持ちを鼓舞するような効能があるそうですね。
上杉 昇:イメージ的にはそうでしたね。熱くなるというか。気持ちが上がるとか闘志が湧くみたいな感じ。
──今回もアレンジは岡野ハジメさんと平田崇さんのおふたりが手がけたそうですが、曲によってアプローチが様々で、びっくりした曲もあり、ウケた曲もありました。
上杉 昇:ストレートカバーも多いですけど、極端に変えた曲もありますね。だから、アルバム全体のイメージというよりは、曲によってそれぞれです。
──では、各曲についてうかがいます。「おうお」のオリジナルを作ったBAZRAは、上杉さんが主宰していたフェス<Ja-palooza>に出演したことのあるバンドですね。
上杉 昇:<Ja-palooza>の出演が決まる前に資料をいっぱいもらって、その時にこの「おうお」っていう曲を初めて聴いたんですけど、いい曲だなって。今回の選曲の中では、これだけちょっと異質かな。いわゆるヒットソングではないので。でも唄ってみたかったっていうのもあるし、ちょっとおこがましいかもしれないけど、この曲を知ってほしいし残したいみたいな。もっとみんなの記憶に残ってくれたらいいなと思ってセレクトしたものです。
──中島みゆきさんの「命の別名」は、イントロを聴いてひっくり返りました(笑)。
上杉 昇:岡野さんに「命の別名」をメタリカにしてくれって言ったら、すごい曲になっちゃって(笑)。でも面白いものにはなってると思います。この曲って、詞がすごいんですよね。結構残酷なことを唄ってるんですよ。「僕がいることを喜ぶ人が どこかにいてほしい」みたいな。それは逆説的に言うと、いるかどうかはっきりしないっていうことのメタファーじゃないですか。メッセージとしても、性別とかを超越した秀逸な曲というか、惚れたハレたではなく“命”ですからね。時代も世代も超越して、ここまで大きい曲ってなかなか作れないですよ。俺がみゆきさんを敬愛する答えが詰まっている曲であり、理由が凝縮された曲です。
──「街路樹」(尾崎 豊)は、ほぼストレートなカバーですね。
上杉 昇:最初はギターアレンジで上がってきたんですけど、これはピアノと一緒に自分の中に入ってる曲なので、ピアノの音色がないとしっくりこないなっていうのがあって。
──歌い方は、尾崎 豊さんにけっこう寄せてるなと感じましたが。
上杉 昇:これは寄せてます。最近は、喉の調子が良くないとなかなかこれを唄い切るのは難しくなってきて。だから、録っておけて良かったなっていう気持ちもあります。
──こういう一本気な歌って、あまり上杉さんのイメージにはなかったです。
上杉 昇:ああ、そうですね。尾崎さんに影響されてる、世代って俺よりちょっと上なんです。デビュー当時のマネージャーが車でよくかけていて、そこから聴き始めて。音楽とか歌詞とかに対して愚直というか猪突猛進というか、まっすぐ向き合う人なんだなと思って。そこは影響を受けましたね。それがあったから「世界が終るまでは…」とかもできたんだと思います。
──西田佐知子さんの「アカシアの雨がやむとき」も、なかなかの問題作ですね。
上杉 昇:原曲を好きな人が聴いたら怒られそうですけど(笑)。戸川純さんが『昭和享年』(1989)っていうアルバムでカバーしてたんですよね。戸川さんの「アカシアの雨がやむとき」はイントロに、学生運動の頃の拡声器で喋ってる音声みたいなのが入ってる。西田さんのバージョンはYouTubeで聴きました。
──それを何故パンクアレンジに。
上杉 昇:パンクにしたら面白そうだなって、思いついちゃったんですよ。いわゆる青春パンク系のバンドが、昔の曲をパンクアレンジにしてやったりするじゃないですか。そういうのが好きで。ハイスタンダードも「はじめてのチュウ」を英語バージョンでカバーしてますよね。
──結果、「アカシアの雨がやむとき」は見事にハマってます。
上杉 昇:これは3テイクぐらいしか唄ってないんです。声が途中で潰れたりしてるんですけど、この曲は粗さやナマ感が出てないと。ちょっとぐらいヨレようがなんだろうが、そのまま。最近はテクノロジーが進歩しすぎてて、レコーディングのたびに「すげえ……」と思いながらも、同時に絶望的な気持ちになるんですよ。ほとんど唄わなくてもピッチ(音程)は直せちゃうっていう世界だから。何の鍛錬もいらないっていうか、一回唄えば後処理で形になっちゃう。ラクはラクなんですけど、唄い甲斐も作り甲斐もない。スタッフに、基本的にピッチはいじらないでくださいって言ってあるんですけど、これは曲のアタマから1本通して唄って、その3本のテイクから良いところを繋ぐくらいの感じ。繋ぐとか切り貼りは許せるんですよ、その声は本当に出したものだから。でも、ピッチチェンジャーって自分が出した声じゃないから、他人の音源を聴いてるみたいな感じがするんですよね。そんなの自分じゃない。唄った覚えがないっていう。だから何がイヤって、マスターベーションできないんですよ。
──マスターベーション?
上杉 昇:自分で聴いて「ああここがいいんだよ、この歌のここのニュアンスが気に入ってんだよね」とか。そういう心地よさに浸れなくなっちゃう。
──XXXテンタシオンの「WHAT ARE YOU SO AFRAID OF」は、浮遊感のある音作りが素晴らしいです。
上杉 昇:これは歌詞の英語が簡単だったので。単語数も少ないし、結構分かりやすくて。唄いあげる曲が続く中で、聴いてる側もここでちょっと息を抜けるんじゃないかな。彼はギャングに殺害されたんですけど、YouTubeで殺されたあとの映像を観ちゃったんですよ。それで、この歌詞って「何をそんなに恐れてるの?」って自分自身に問いかけてるようにも聴こえて。命が途切れるかもしれないっていうのを、なんとなく感じてたのかなと思ったりしちゃったんですよね。きれいな曲だし、ヒップホッパーの歌とは思えないくらい美しいメロディだし、しかもキャッチーで。
──KODOMO BANDの「DRY YOUR TEARS」は、スタジオに自分のマイクスタンドを持ち込んでレコーディングしたそうですね。
上杉 昇:ライブで何度も唄ってたから、姿勢とか角度に慣れちゃってるんで。それも含めてなんですよね。この曲はアニメ「北斗の拳」エンディングテーマで、実はKODOMO BANDって最初名前が気になって、“子供って何?”と思って中学の時にアルバムを買いました。ジャケ買いならぬ、名前買い(笑)。最初はアルファベットじゃなかったんですよね、“子供ばんど”で。ボーカルのうじきつよしさんは司会者としても活躍したり多才な方ですけど、何かの音楽番組に出た時に司会がうじきさんで、WANDSを「かっこいいですね」って言ってくれたのを覚えてます。
──この曲って本当に切ないというか、とてもピュアなラブソングですよね。
上杉 昇:自分の感覚としてはこっぱずかしいとか、みっともしょっぱくせぇラブソングじゃあないなと思っていて。普通に染みるというか、聴き入って、その世界に入れるラブソングかなと。昔の歌謡曲って、そういうの多いじゃないですか。文学性の高い比喩表現や、ありきたりじゃない言葉、しかも美しい言葉を選んで使っていたり。
──ファルセットがすごく素敵ですが、男性で唄いこなせる人はあまりいない気がします。
上杉 昇:これも声が出るうちに唄っておけてよかった曲ですね。
──そして、平沢 進さんの「庭師KING」です。
上杉 昇:これはめっちゃ好きな曲だから、絶対やりたいと思ったんですけど、出来としては今ひとつ納得いってない感じ。もっとできたんじゃないかなとか。
──最初のヨーデルっぽい歌唱で一気に持って行かれるので、完成度は高いと思いますが。
上杉 昇:結構オリジナルに忠実に唄ってるんですけど、途中でファルセットに切り替わるじゃないですか。そこの感じは自分がやってきてない唄い方だから、唄い慣れていない感じです。もうちょっと練習したかったなって思いますね。
──「ズッコケ道中」は、シングル「1945~」のカップリングです。
上杉 昇:イースタンユースは大好きで。al.ni.coがデビューした頃にCDをいただいて、そのアルバムに入っていたのが「ズッコケ道中」ですね。曲名だけ見るとコミカルなのかなと思いつつ、歌詞とか深いし、曲も微妙な色合いというか、明るいのか暗いのかちょっとわからない。個人的にはボーカルの吉野さんに“武士”を感じるんですよ。この人の前世はおそらく武士なんだろうなって。孤高なんだけど幸せでもあるというか。それは自分の道を貫いているから、自分のことを好きでいられる感じ。そこはちょっと羨ましかったり、共感したり。曲は素晴らしいし、歌詞もちゃんと意味があって、言葉選びにすごく卓越したものがある。文学的ですよね。意味も通じるし、芸術性もあるし、いろんなかっこよさがある曲だと思います。
──2021年のライブではBUCK-TICKの「ドレス」をカバーしていましたが、SPOILSのツアーでは彼らの「月世界」をカバーしていました。
上杉 昇:「月世界」はレコーディングの前にツアーで演奏してて、そのあとアルバムに収録する事が決まったんです。その時点ではまさか櫻井さんが他界されるとは思ってなくて。
──櫻井敦司さんは、昔から好きだったんですか?
上杉 昇:もう存在そのものが、ひとつの世界観を持ってるというか。世界観が服着て歩いてるみたいな人だなと思うんですよね。ずっと昔にどこかで櫻井さんがディス・モータル・コイルを勧めていて『Blood』(1991)っていうアルバムを買って聴いたんですけど、未だに聴いてるし。もう、30年くらい聴いてます。
──BUCK-TICKも活動歴が長いから曲はたくさんありますけど、この曲を選んだのは?
上杉 昇:何だろうな、絵が浮かぶからかな。頭の中はそういう世界になってますね。「波に漂う 月の光」。麦畑とかお花畑、植物が一面に広がってるところを、月夜の光を浴びながらずっと彷徨うというか、歩き続けて倒れそうになっているような。唄っている時はそんな絵が浮かんでいます。
──なんと幻想的な。続いてはCocco…以前から彼女の曲はよくライブでカバーされてますが、今回は「東京ドリーム」です。
上杉 昇:「窓を開けて 候う」っていう詞が印象深いです。なんていうか、彼女の独特な感じがありますよね。この曲を唄ってた頃のCoccoっていうアーティストが好きだったんですよ。引退しちゃうのかどうなのか?みたいな、消えちゃいそうな感じがずっとしてて。ちょうどジュゴンが沖縄沖に帰ってきて、MCでその話をしながら泣いてたり。そういう純真さというか、真っ直ぐな部分を持っている人なんだなと思ったり。表現者としてやっぱりすごいなって思いますね。最近のアルバムを聴いても、俺が言いたくても書けなかった内容を歌詞にしてるって思った曲もあったし。「叶わないと 知りながら 歌うこと」っていうフレーズが出てくる曲とか(2023年2月配信「クジラのステージ」)、すごいなって思いましたね。言葉にしてくれてるって感じ。でも、俺が書けなかったのは、「叶わないとは思ってないから」っていう理由もあったからなんですよね。現実って、引き寄せられると思ってるから。
──叶わないかもしれない、現実にならないかもしれないということを唄うとしたら、上杉さんは「叶わない」とは断言しない?
上杉 昇:しないです。歌にしろ、願いにしろ、祈りにしろ。100%叶わないと思ってたら、音楽やってないですもん。
──なるほど。実現すると信じてるから活動しているわけですもんね。そしてラストの小比類巻かほるさんの「I'm Here」は、ツアーでもやってましたね。
上杉 昇:中学を卒業してガソリンスタンドでバイトしてた頃に、よく聴いてました。レベッカ、BO∅WYとかも。
──とても伸びやかで。これもまた情景が見えるような曲だなと思いました。
上杉 昇:情景見えますよね。そういう曲が好きで。唄い上げるタイプの大きいバラードをやりたいっていうのがあるんです。だからレディオヘッドにしてもシガー・ロスにしても、そのタイプの曲ばっかり聴く感じですね。マニアックなカチャカチャしてるのよりは、“ザ・歌もの”っていう曲を選んで聴いてます。
──「I'm Here」がアルバムの最後を飾るというのも、ポジティブな印象です。
上杉 昇:最後、「想い出は消えない」という歌詞で終わりますからね。
──「ここにいるよ」ってすごく力強い言葉なので。ドラゴン・ブラッド・ジャスパーの力とも通じるかなと思ったり。聴き終わった後に、気持ちが上がるというか。
上杉 昇:大きいスケール感の曲ですけど、その大きさの方向というのがそっちですよね。熱い方というか。悲しみで流れる涙と感動で流れる涙は違うじゃないですか。これはどっちかというと、感動で流れる方かなという感じがします。
──アルバムが完成して、今はどんな気持ちでしょうか?
上杉 昇:人に配りたいですね(笑)。歌はさておき、曲がいいから。特に「おうお」は1曲目にしただけのことはあって、聴いてほしいという思いが強いです。
「歌はさておき」などと本人は謙遜しているが、とんでもない。音域の広さといい声音の多彩さといい、今作のボーカリゼーションは驚異的。収録曲をざっと見ただけでも、この11曲をすべて唄いこなせるボーカリストなど、そういないはずだと誰もが気づくだろう。上杉の元々の声の良さは今さら言うまでもないが、表現力やスキルについても今なお上がり続けていることをこのアルバムは証明している。名曲揃いのプレイリストを名ボーカリストが唄ったらこうなる…そんな耳福のひと時を味わってほしい。
取材・文◎舟見佳子
撮影◎加藤正憲
『SPOILS #3 Dragon Blood Jasper』
pojjo récord/OPCD-2241/定価3,300円
1.おうお(オリジナル:BAZRA)
作詞・作曲:井上鉄平
2.命の別名(オリジナル:中島みゆき)
作詞・作曲:中島みゆき
3.街路樹(オリジナル:尾崎 豊)
作詞・作曲:尾崎 豊
4.アカシアの雨がやむとき(オリジナル:西田佐知子)
作詞:水木かおる・作曲:藤原秀行
5.WHAT ARE YOU SO AFRAID OF(オリジナル:XXXTentacion)
作詞・作曲:Jonathan Cunningham, Jahseh Onfroy, Robert Soukiasyan
6.DRY YOUR TEARS(オリジナル:KODOMO BAND)
作詞:うじきつよし・作曲:うじきつよし、勝 誠二
7.庭師KING(オリジナル:平沢 進)
作詞・作曲:平沢 進
8.ズッコケ道中(オリジナル:eastern youth)
作詞・作曲:吉野 寿
9.月世界(オリジナル:BUCK-TICK)
作詞:櫻井敦司・作曲:今井 寿
10.東京ドリーム(オリジナル:Cocco)
作詞・作曲:Cocco
11.I'm Here(オリジナル:小比類巻かほる)
作詞:麻生圭子・作曲:鈴木雅之
全編曲・平田 崇、岡野ハジメ
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