【ライブレポート】上杉 昇「自分が唄えるうちは、唄い継いでいけたらいい」
2022年8月からスタートしたツアー<SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR SPOILS 2022-2023>が2023年末に一区切りを迎えた上杉 昇。本ツアーは、ギターの平田 崇と鍵盤の森 美夏をバックにアコースティック編成でカバー曲を唄うという主旨のシリーズライブで、2023年12月に開催された第三弾のファイナル公演に至るまで、彼が今唄いたいと思う楽曲を数多くカバーしてきた。
メニューは洋楽邦楽問わず幅広い選曲で、本人曰く「10代の頃に聴いていた、身体に染みついている曲がほとんど」とのこと。とはいえ、これまでのイメージを覆すチャレンジ曲や、自身で日本語の歌詞を書き下ろした洋楽曲など、新たな一面もたくさん見せてくれた充実のツアーだったこともあって反響は大きく、そのリプライズ公演のような形で2024年3~4月に<SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR SPOILS 2024 EXTRA>として東名阪ツアーが開催された。ここでは4月7日(日)に東京・大手町三井ホールで行なわれたライブの模様をレポートする。
1曲目は、シガー・ロスの「The Rains of Castamere」。アイスランド出身のポストロック・バンドで、2023年末のライブでも上杉はヨンシー(シガー・ロスのVo&G)の楽曲をカバーしていたし、以前からファンであることも公言している。ラフなギターのカッティングで始まったかと思うと、いきなり度肝を抜くファルセットハイトーンを響かせる上杉。かと思うと2番ではオクターブ下で感情を奪われたような静かな歌声も。哀愁に満ちたピアノの音色とアコギの爪引きがなんとも物悲しく、ヨーデルを思わせるファルセットとの対比も鮮やかだ。
軽い挨拶の後、上杉が次の曲のタイトルを言った途端、会場にどよめきが起こった。なんと、2曲目は藤井風の「死ぬのがいいわ」。ジャジーなピアノリフとギターのカッティングによる軽やかなグルーヴ。上杉も椅子に座ってはいるが上半身を揺らしてリズムを取りながら唄いはじめる。ピアノのメロディとボーカルが絡み合って、音たちが共に踊っているような印象。ギターソロ後のサビではオクターブ上で強く張った声を聴かせたり、細かくファルセットを挟んだり、広い音域を武器に上杉らしいアプローチで挑んだ。唄い終わると「けっこう難しい曲。俺だったら絶対思いつかないようなメロディラインで、斬新だったので挑戦してみました」と感想を述べた。
3曲目は6月に全国リリースとなるカバーアルバム『SPOILS #3 Dragon Blood Jasper』にも収録されている尾崎豊の「街路樹」。ピアノのシンプルな伴奏は原曲に忠実なアレンジだが、ボーカルもけっこう尾崎に寄せている感じ。ふだん上杉はこんなふうに不器用なというか真っ直ぐな発声はあまりしないが、ここでは新境地を広げた印象。とは言っても上杉ならではの細やかな表現もあちこちに顔を見せるので、彼の声の特長や表情が逆に際立って感じられる。アウトロではハイトーンシャウトでのフェイクを自由自在に操り、絶好調ぶりを見せつけた。
続いて、これも『SPOILS #3』に収録されているKODOMO BAND「DRY YOUR TEARS」。アニメ「北斗の拳」エンディングテーマ曲としても知られる楽曲だが、曲調も歌詞も何もかもが切なすぎるバラードで、上杉はそれをド直球でカバー。叙情的なピアノをバックに、地声とファルセットが繊細に入れ替わるAメロがなんともウェットでピュア。1曲の中に情感の大きな振り幅を持つ楽曲だが、その魅力を優しくも丁寧に伝えてくれた。
「俺が中3か高校1年くらいの時期に周りがよく聴いていました。この人たちも時代をひとつ作った人たちかなと思います」と紹介されたのはプリンセス・プリンセスの「M」。今なおカラオケの定番曲にもなっている名曲だが、男性が唄うことはあまりないだろう。奥居 香も個性が強いシンガーだが、彼女の唄い方に寄せるでもなく引っ張られるでもなく、紛れもない上杉の歌で楽曲のポテンシャルを引き出していた。
続いて女性シンガーの楽曲をもう一曲。「東京というフレーズの曲名なのに沖縄を感じる曲かなと思います」と紹介されたのはCoccoの「東京ドリーム」。童謡のような優しさだったり、ちょっと英語訛りのようなニュアンスだったり、様々に変化していく表現に耳を奪われる。サビ前半の「鳴らせ 鳴らせ」は壊れ物にそっと触れるかのようにソフトに、後半の「鳴らせ 鳴らせ」ではガナりやビブラートも入れて、メリハリと躍動感に満ちた歌を聴かせた。
ギターの不穏なリフから始まったのは、BUCK-TICKの「月世界」。これは2023年のツアーでも演奏され、『SPOILS #3』にも収録されているが、森 美夏とダブルで唄う部分では、上杉の低音と森の少年のような声のトーンとのコントラストが不思議な背徳感というか、退廃感を醸し出す。純粋さと大人の気怠さとが渾然一体に解け合って、何とも言えない味わい深さだ。BUCK-TICK の曲は2021年のライブでも「ドレス」をカバーしたが、上杉は櫻井敦司が紹介していたのをきっかけにThis Motal Coil(イギリスのドリームポップ音楽集団)を知ったなど、かなり影響を受けたのだという。
「自分が多感だった頃に聴いていたり、デビューした頃にライバルとして聴いていたアーティストの死が相次いで。人間いつかそうなるとは知りながら、一シーンを作って来たシンガーがこの世から去っていくのは寂しいですね。でも、彼らが作って来た作品はなくならない。生きている限りは心の中に。自分が唄えるうちは、唄い継いでいけたらいいなと思っています。BUCK-TICKの曲は以前からカバーさせてもらっていて。この曲も櫻井さんが他界される前から決まっていたんですけど、今日は追悼の気持ちを込めて唄いました」
次に演奏された曲も、絶対忘れられないインパクトを与えてくれた。「生まれ変わって歌い手になるなら、こんな歌い手になりたかった」と紹介されたのはthee michelle gun elephantの「眠らなきゃ」だった。ミッシェルのボーカリストだったチバユウスケは、その後The Birthdayでの活動時に映画「THE FIRST SLAM DUNK」のオープニング主題歌も手がけていた。この日のアレンジは力強くかき鳴らされるギターと躍動感あふれるピアノ、そして確信に満ちた揺るぎないボーカルがまばゆいほどのエネルギーを放つ。更にちりめんビブラートといい鼻にかかった発声といい、チバと上杉の共通点に思わずあっと叫びそうになった。唄いながら客席を指差し、両手で頭を抱え、感情の赴くまま手をばたつかせる上杉。彼がこんなに激しいパフォーマンスをする事は滅多にない。聴いているだけで様々な思いが胸にこみ上げてきて、気持ちがヒリヒリと熱くなった。
「ニルヴァーナとかに影響されて育った黒人のラッパーで、銃で撃たれて殺されたんですけど。声がきれいで、好きなシンガーの1人ですね」と紹介されたのはXXXテンタシオンの「What are you so afraid of」。『SPOILS #3』に収録された唯一の洋楽曲だが、爪弾くギターと力の抜けた歌が溶け合って、すべてがフワーッと一体になる感覚が気持ちいい。
「デビュー前、ガソリンスタンドでバイトしていた時にこの曲を聴いた情景を思い出します」というエピソードとともに紹介されたのは小比類巻かほるの「I'm Here」。上杉の言葉通り、マジックアワーの風景が目に浮かぶような楽曲で、端正なピアノとボトルネックを使った郷愁あふれるギターのフレーズが曲の世界観をさらに増幅する。伸びやかなサビの最後で、微妙にほんのちょっとだけ音程が下がるニュアンスには、譜面にも反映できないくらい繊細な切なさが滲んでいた。
“NEW COVER TUNE”という表示とともに演奏されたのはUAの「悲しみジョニー」。「昔、俺が聴いてたらうちのオカンが「場末の飲み屋にいるみたいな感じで、この曲いいね」って。堕落して気だるい感じというか。歌詞は意外とエロな要素も入りつつ」と紹介され、照明も紫と緑を基調に昭和のショーパブを彷彿させるようないかがわしさだ。あまり変化のないコード感といい、半音で動くルーズなメロディといい、流されるまま抗えぬ感じの歌も独特な色気を漂わせていた。
「歌詞に色即是空空即是色という、般若心経の一部分が出てくるんですけど、アン・ルイスさんは外人の訛りなのか、空即ザシキって唄ってるんですよね(笑)。般若心経を唱えられる身としては是色で行こうと思ってます。タイトルはFOUR SEASONS…四季になってます。色じゃなくて。そこも面白い」と紹介されたのはアン・ルイスの「FOUR SEASONS」。1987年のアルバム『JOSHIN』収録曲で、作曲がうじきつよし(KODOMO BAND)/作詞が湯川れい子という、“歌謡ロック”のアダ花的ナンバーだ。アン・ルイスはピッチ的にややストライクゾーンが広く、余白を残すような唄い方をするシンガーだが、上杉はメロの真芯を正確に撃ち抜くような鋭いアプローチで、この曲を唄いこなした。
「これから曲を作ったり詞を書いたり、いろいろしなきゃいけない。まだやり残した事はあると思ってるので。別にロックだろうがなんだろうがどうでもいいから、俺は自分の歌を唄いたい。生きた爪痕というか足跡を残して…、評価されなくてもいつか気付いてくれる人もいるんじゃないかという希望と、聴いてくれるみんなのために。自分のためみんなのためにアルバムを作って頑張ろうと思います。その気持ちにふさわしい、俺が敬愛してやまない中島みゆきさんの曲を」とアーティストとしての矜持を語り、本編ラストは中島みゆき「ヘッドライト・テールライト」。紆余曲折さまざまな事があったけど旅はまだ終わらないと唄うこの曲に、上杉も気持ちをそのまま重ねられるのかもしれない。多少オリジナルとは違うこぶしを回したり、ニュアンスを加味したりしているものの、基本とても素直に唄っている印象で、この曲を特別大事にしているんだなというリスペクトが伝わってくる。最後のフレーズを超超ロングトーンで伸ばして唄い終わると、きちんとした一礼で本編を締めくくった。
アンコール前の恒例・平田と森によるグッズ紹介コーナーでは『SPOILS #2』と『SPOILS #3』のアレンジなどを岡野ハジメと共に担当した平田が作品について「集大成+何か新しいもの、を目指して楽しくやらせてもらっています。いろんな要素の入ったアルバムになっているのでお楽しみに」とコメント。そしてアンコール1曲目は“SELF COVER TUNE”としてWANDSの「DON’T TRY SO HARD」を。原曲もアコースティックギターをメインにしたミディアムバラードだが、本ツアーのような編成ではまさにそのままで本領を発揮するこの曲。ストーリーや情景が映像で再現されるような歌詞の世界も、一瞬で10代の頃の気持ちに引き戻される無垢なボーカルも、今なおかけがえのない輝きを放つ名曲だ。
「WANDSを脱退してal.ni.coというユニットを作って活動していた時期、夜中2~3時くらいにDATを持って路上で録音した音源をそのままCDにして出したんですけど、それはワンコーラスしかなかったんですね。それから何十年も経って、書き足して完成させてみました。知ってる人は唄ったり手拍子したりして参加してください」と曲の生い立ちを説明し、al.ni.coの「明日」を。上杉はマイクを手にステージを左右に歩き、観客に手拍子を促しながら唄いかける。曲後半ではマイクスタンドを立て、ロックシンガーらしいアクションも交えてエネルギッシュなボーカルを披露。最後は観客に向かって両手をいっぱいに広げ、ファンからの大きな歓声を受けとめた。
上杉昇が初のカバー・アルバム『SPOILS』をリリースしたのは2006年。それから17年の時を経て2023年に『SPOILS #2』、2024年には『SPOILS #3』がリリースされるのだが、青春期に彼が影響を受けた楽曲をカバーするという点では3作とも一致している。しかし、選曲的にロック色が強かった『SPOILS』と比較すると、『SPOILS #2』と『SPOILS #3』はほぼ全曲が邦楽で、より歌唱や表現を突き詰めた作品だ。そんな一連のカバーアルバム制作とライブを足掛け3年で完遂し、彼の中ではオリジナル楽曲制作に向けてのモチベーションが高まっているのではないだろうか。オリジナルアルバムとしては『Diginty』から丸3年以上が過ぎたが、この日MCでも語られた「俺は自分の歌を唄いたい。生きた爪痕、足跡を残して」という言葉からも、今後は彼にしか作れない楽曲にフォーカスしていく気がする。そんな未来のベクトルをも感じさせる、手応えのあるライブだった。
文◎舟見佳子
撮影◎朝岡英輔
『SPOILS #3 Dragon Blood Jasper』
pojjo récord OPCD-2241 ¥3,300
1「おうお」BAZRA
2「命の別名」中島みゆき
3「街路樹」尾崎 豊
4「アカシアの雨がやむとき」西田佐知子
5「WHAT ARE YOU SO AFRAID OF」XXXTentacion
6「DRY YOUR TEARS」KODOMO BAND
7「庭師KING」平沢 進
8「ズッコケ道中」eastern youth
9「月世界」BUCK-TICK
10「東京ドリーム」Cocco
11「I'm Here」小比類巻かほる
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