【ライブレポート】上杉 昇、自らのルーツをさらけ出す昭和時代の名曲群

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30周年記念ベストアルバム『永劫回帰I』『永劫回帰II』に伴うツアーを2022年5月に終え、8月からはアコースティック編成のツアー<SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR SPOILS 2022-2023 #1>で全国を廻っていた上杉 昇。2021年にも<SPOILS>ツアーを行なっているが、今回も前回同様、ギターと鍵盤の2人をバックに、上杉が聴いて育ってきたという昭和時代の名曲を多くカバーしているものだ。ここでは12月3日に赤羽ReNY alphaで開催されたツアーファイナルの模様をレポートする。

オープニングは、上杉のツアーで選曲されるのは二度目となる「防人の詩」。以前はピアノ一本の、小曽根真バージョンによるダイナミックなアレンジで演奏されていたが、今回は逆にピアニッシモを意識したデリケートな表現へと進化している。つぶやくようなボーカルの入り方、端々のちょっとしたかすれ声すら、すべてが必然と思える歌。一曲目からこの完成度に持っていけるとは、流石のクオリティーである。

続いて、松任谷由実「1920」と、野坂昭如、長谷川きよし、加藤登紀子らが歌い継いできた「黒の舟歌」。2021年のSPOILSツアーで披露された加藤登紀子の「鳳仙花」では、超繊細な表現力に驚かされたが、「黒の舟歌」は昭和らしいアクと逞しさを感じさせる曲。憂いと嘆きの漂う平歌から一転、サビで「生きること」そのすべてを背負う覚悟のように、力強く唄う様が見事だ。


「昭和生まれのシンガーは本当に濃い人ばかり。個性のかたまりみたいな人が大勢いる」とリスペクトを表し、尾崎豊「贖罪」(1992年)と山崎まさよし「水のない水槽」(1998年)と、今回の選曲の中では比較的新しめの2曲を。「水のない水槽」では、平田崇(G)がアコギのボディを叩き、ルーパーを通してリズムを作り、森美夏(Key)がジャジーなコードを叩き出す。上杉も軽く手拍子でそれに応えつつ、ソウルフルな歌で曲のスケールを広げていく。原曲ももちろん良い曲だけれど、ここまで曲の魅力を引き出せるかどうかは歌い手によるところも大きい。良い楽曲と良い演奏・歌との出会いとは、幸せな巡り合わせなのだ。

今ツアーでの見どころのひとつかもしれないのが、朗読コーナー。過去の名曲の歌詞を、上杉が情感を込めて味わい深く朗読するというものだが、この日は高橋真梨子の「桃色吐息」と松田聖子の「小麦色のマーメイド」をセレクト。分厚い歌詞ファイルをめくりながら、大真面目に朗読を続けるが、恋する乙女心を綴った歌詞とのギャップに会場のあちこちからクスクス笑いが。「小麦色のマーメイド」の歌詞に倣って上杉が小指で投げkissをしてみせると、ここで彼自身も笑ってしまって1番のみで終了。「絶対俺には書けない歌詞なんだけど、だからこそ惹かれるし、唄っていて楽しい」と説明したが、彼は女性ボーカル曲も唄うし、朗読という形で名曲に関わるのもアリなのかもしれない。

「次の曲は中二の頃に見ていたアニメ『北斗の拳』のエンディングテーマだったんですけど、すごい好きな曲で」と紹介されたのはKODOMO BANDの「DRY YOUR TEARS」。「北斗の拳」のテーマ曲といえば、クリスタルキングやトム★キャットなどの作品も知られているが、こちらはハードロック・キッズらしいロマンティシズムをストレートに詰め込んだバラード。うじきつよし氏とは一味違う表現で、ファルセットを生かした端正な歌声を聴かせる。


この日の爆発ポイントとも言える中盤の2曲は圧巻だった。まずはThis Mortal Coilの「I Come and Stand at Every Door」の短いアカペラ歌唱から始まった中島みゆきの「エレーン」。ヨーロッパ的な哀愁を誘う鍵盤ハモニカと、ギターの爪弾きに彩られたシャンソン風の曲調。物語が語られていくスタイルの歌詞なので、映画を観ているように脳裏に情景が浮かんでいき、いつのまにか曲の主人公に感情移入してしまう。最後のサビで上杉が、悲しみと怒りと疑問がごっちゃになったような嘆きのシャウトを発すると、聴いている側もこの物語を追体験しているようで、何とも言えない切ない気持ちに囚われるのだ。

続いてはブランキー・ジェット・シティの「感情」。ストーリーで引き込むタイプの「エレーン」とは真逆に、この曲には基本となる歌詞は4行ほどしかない。その短いフレーズを何度も繰り返すうちに、静かな悲しみだったはずの感情が少しずつ増幅していき、言葉の意味合いまでもが変わっていく、表現者の力量に委ねられる部分がほとんどという実験的な楽曲だ。ニヒルな空気感をまとった歌い始めから、徐々に高まっていく熱量。そして最後には本能の叫びとも言うべき激情がほとばしる。

「まさおの夢」も別の意味でシュールだった。この曲は98年に山本精一/Phewとして発表されたアルバム『幸福のすみか』の収録曲で、パンク/ニューウェーブの旗手・Phewの曲を上杉がカバー?と最初はちょっと意外に感じたが、考えてみれば、彼は戸川純の曲もカバーしている。肩の力が抜けたアコギのカッティングに、客席にも自然に手拍子が広がる。ちょっと鼻歌のようなコミカルさも感じさせる歌声だが、歌詞の内容が不条理なぶん、独特な世界観に仕上がっていた。

「次の曲は、歌詞が好きで。共感したので唄いたいと思った」と、オフコースの「愛の唄」。続けて松山千春の「初恋」。愛や恋の曲を唄うことを以前は徹底的に避けていた感のある上杉だが、最近では“良いものは良い”と受け入れられるようになったようだ。この2曲はどちらも過去の心情を振り返る内容で、現在進行系のラブソングではないこともあり、穏やかな気持ちで唄えるのかもしれない。

「トム・ヨークはデビューが1991年で同期なんですよ。同期のミュージシャンって良い所は吸収したいと思うけど、尊敬するっていう感じではないんですよね。でも彼は在り方とか、シンガーとして良い形で歳を重ねてるなって思える唯一の人」とリスペクトを語り、トム・ヨーク率いるレディオヘッドの「Life in a Glasshouse」を。前半はフラフラと地に足がつかない印象のメロディーが不安感をあおるが、後半の展開部では上杉ならではの硬派な歌い回しでトム・ヨークとはまったく違う美しい歌を聴かせた。こういうロックボーカリストらしい抜け感のある表現は本当に見事。


本編ラストは、かねてより上杉が影響を受けたと公言しているボーカリスト、どんとが在籍したBO GUMBOSの「夢の中」と、江戸アケミが在籍したJAGATARAの「都市生活者の夜」を2曲続けて。どちらも平田によるストンプ(足で踏んでバスドラの音を出す機材)をフィーチャーしたグルーヴィーなアレンジで、上杉のボーカルに寄り添うようにハモる平田&森美夏のコーラスも楽しい。「夢の中」では上杉が「タカシ!」と叫んでギターソロに入るなど、息もぴったりだ。開放感のある自由な歌を聴かせた「夢の中」から、さらに「都市生活者の夜」ではグルーヴが加速。ラップ的な要素もあるシンプルな歌詞を繰り返すこの曲は、ループ的なトリップ感も誘う。暑い国に迷い込んでしまったような不思議な熱気と非日常感に包まれながら、本編は終了した。

メンバーふたりによる恒例グッズ紹介のあとは、この日が誕生日だった森美夏に上杉がバースデーケーキとプレゼントを持って登場。森美夏は感激(緊張?)の面持ちでロウソクを吹き消していた。そうしてアンコールで演奏されたのが、12月14日に全国発売となるシングル「世界が終るまでは…」のカップリング曲としてリレコーディングされた「PIECE OF MY SOUL」。

「昔、WANDSで『PIECE OF MY SOUL』というアルバムを出したんですよね。本当は今回新しくレコーディングし直したやつみたいに、当時も唄いたかったわけです。でも、会社のチームで作ってるので、俺の一存では変えられない。今、自由に唄えるようになったから、これを聴いてみんなにも何かを感じて欲しい」と語り、そのアルバムの表題曲でもあった「PIECE OF MY SOUL」を演奏した。ほぼ全編ガナりor 唸りで唄われ、1995年のバージョンと比べると噛みつかんばかりに強いボーカル。鎖につながれ自由を制限されていた猛獣が解き放たれ、咆哮しているようなイメージの歌だ。間奏後の「少しずつ消えるくらいなら ひと思いに散ればいい?」の部分では、手でピストルを真似て自分の頭に突きつける。今でこそライブMCやインタビューなどで当時の思いを語れる上杉だが、あの頃はそんなジレンマを抱えていたとは知るよしもなかった。オリジナル版では自分が消費されていく現実から逃避したいという思いが唄われていると感じたが、この日のライブや2022年バージョンの「PIECE OF MY SOUL」では、「そんなまやかしはこっちからお断り!」と牙を剥くタフネスの歌に聞こえるから不思議だ。ちなみに新レコーディングされたこの曲の歌詞は一部書き直されているが、27年の時を経て少し大人の観点にアップデートしている感じも興味深かった。

アンコールを含め、全15曲。子供時代~10代・20代の多感な時期に彼はこんな音楽を通ってきたんだなというルーツを垣間見られると同時に、それは単なるノスタルジーにとどまらず、今の上杉 昇らしさを形作っている重要なパーツなのだと実感した。一見、オリジナルアーティストの音楽ジャンルも、彼らが活躍した世相や社会背景も様々なのだが、共通しているのはその時代において誰も替えが利かない、鮮烈な爪痕を残したシンガーばかりということ。作曲・作詞の世界観、歌唱力・表現力、生き方や存在感など、何かしらが突出した唯一無二の独自性を放つ、いわゆるアーティスト色の強い人たちだ。精神性も含め、今後上杉 昇が目指すボーカリスト像の行く先、そのヒントを感じられた気がしたライブだった。

Photo◎Eisuke Asaoka
Text◎Yoshiko Funami



シングルCD「世界が終るまでは…」

2022年12月14日(水)発売
pojjo record 1300円(税込)
1.世界が終るまでは…※デジタル配信中
2.PIECE OF MY SOUL

<上杉 昇 2022 NEW DISC 爆音試聴トークライブ[Xmas Special]生配信>
12月18日(日)
18時半開場(配信開始)
19時開演(イベントスタート)
TICKET ¥1,000
https://jellyfish-hts.bitfan.id/events/2993

◆上杉昇オフィシャルサイト
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