【コラム】松本千夏が綴り、昇華する日常のリアル

彼女の声は1本の屈強な芯を打ち立てるように響く。それは無理やり引き抜こうとしてもびくともしないくらい頑丈なものというよりは、細く差し込んだ陽の光のようだ。細くとも、ただただまっすぐ目指す先を照らしていく。道を遮るものがあれば、どこかすり抜けられる穴を見つけて、再度ひたすらに前を見つめていく。

それゆえか彼女の楽曲を聴いたあと、迷路を抜けた時のような爽快感や解放感に包まれた。さめざめと流した涙が止まった後に、ふと生まれる安堵感と形容してもいいかもしれない。彼女が音楽のなかで出した気持ちの結論は、雨上がりの景色のごとく我々の日常の彩度をも上げてくれる。

彼女の名は松本千夏。東京都出身・在住のシンガーソングライターだ。小学4年生の時に観たミュージカルに衝撃を受けて歌やダンスのレッスンを受けるようになり、高校2年生でアコースティックデュオ・みかんサイダーとして活動を開始。2019年にソロ活動もスタートさせ、2020年3月には自主制作で初のデジタルシングル「KEMURI」をリリースする。みかんサイダーが無期限活動休止に入った2021年1月にソロ活動を本格的に開始し、2021年8月にメジャーデビューを果たした。



彼女の楽曲に綴られるのは彼女のリアル。葛藤や恋愛、友情など、日常で直面した出来事とその時に感じた思いを端的な言葉で言い表した歌詞が特徴的だ。

友情から恋愛感情へと心が動いていく描写が胸をちくりと刺す「KEMURI」。同世代アーティストの活躍や夢を笑われてしまう日常と、そこで芽生えた音楽への熱い気持ちをストレートにぶつける「歌って」。10代の頃からの友人が今も変わらずに大切な存在だと歌う「さえたろう」。自分の内側にはびこるネガティブな感情を吐き出しながら“いつまでこうしてるんだろう”と自分を鼓舞する「ふがいない」。恋人との別れを恋人の大事な存在である愛犬を交えながら描いた「あいつの犬」など、歌詞は彼女の私小説を読んでいるようなものばかり。生活のなかで彼女が様々なことを感じ取り、自分の本当の気持ちを見つけ出そうとしていることが伝わってくる。




その詞世界を拡張するのは多彩なアレンジ。楽曲ごとに異なるプロデューサーとタッグを組み、その面々は蔦谷好位置、Shingo.S、カワムラヒロシなど実力派ばかりだ。ムーディーな夜を演出するシティポップ×ディスコサウンド、切なさとあたたかさがない交ぜになったアコースティックアレンジ、ラップ調のヴォーカルとループするトラックがグルーヴを生み出すスタイリッシュなポップナンバー、しなやかなメロディの映えるソフトなバンドサウンドなど、楽曲ごとに異なる魅力を持った、ジャンルにとらわれないアプローチが楽しめる。

では今回リリースされる最新曲「優しすぎる君が嫌い」はどうだろうか。

今作は松本が18才の時に人生で初めて作った楽曲で、aikoやいきものがかりなどのアレンジを手掛けた島田昌典をプロデューサーに招いている。鍵盤楽器を多数用いたゴージャスなバンドサウンド、スケールの大きな王道J-POPは、これまでスマートなトラックやエッジの効いたサウンドアプローチが多かった彼女には非常に新鮮だ。



歌詞に書かれているのは、“君”のことが好きだからこそわがままになってしまう自分と、そんな自分に怒ることもしない“優しすぎる君”に当たってしまうという、不器用な10代の恋心。自分のわがままを自覚しているからこそ、自己嫌悪が膨れ上がって大切な人に意地悪をしてしまった経験をした人は多いのではないだろうか。そんな自分勝手さを一切ごまかさず、シンプルな言葉で記している。

“もっと言い返して欲しいのに”という言葉の理由は、君にもっと本心を語ってほしいからだ。自分の思いをぶつけるだけでなく、君の気持ちを知りたいのにどうしたらいいのかわからない。“ちゃんと叱って欲しいのに”など相手に求めてしまう自分もふがいない。それもこれも“ずっと2人でいたいのに”という切なる願いから来るものだろう。家族以外の人間と密に日常を過ごすことへの戸惑いといった、メンタルの成長痛を見事に昇華した楽曲だ。

メジャーデビューしてからの1年弱で6作目のデジタルシングルをリリースし、そのどれもが松本千夏のリアルな感覚が反映されたうえで、異なる色を持っている。すなわちそれは彼女が成長すれば生まれる曲も変わり、曲を完成させることで彼女はさらに成長するということだ。ひとりの人間としても、ひとりのアーティストとしても伸び盛りの彼女は、この先いったいどんなことを思い、どんな音楽を届けるのだろうか。引き続き注目していきたい。

文◎沖さやこ




◆松本千夏 オフィシャルサイト