【インタビュー】小袋成彬「耳が肥えたし、技術が上がったんですよ」
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小袋成彬の『Strides』がリリースされた時に僕は「小袋成彬ってこんな感じだったっけ?」と思った。これまでの2作『分離派の夏』『Piercing』や彼がプロデュースを手掛けてきたサウンドとは傾向が異なると感じていた。その生っぽいファットな音色が前作『Piercing』とあまりにかけ離れていたのも印象的だった。そして、ヒップホップやハウスのクラシックスを思わせるサウンドもこれまでの彼の音楽からはあまり聴かれないものだと感じていた。
『Strides』のCD化と同時にリミックス盤がリリースされることと、そこで小袋が起用したプロデューサーの並びを見て、僕はようやく腑に落ちた。そもそも今どきリミックス盤を作るポップ・フィールドの日本人アーティストは少ない。今、わざわざリミックス盤を作るということは、よほど意識的にリミックスを欲するような志向があるわけだ。だから、ここではただ単に面白いサウンドを作るためにリミックスを作っているのではなく、DJユースなトラックを作れるHugo LX やHollowayといったプロデューサーを起用していることが重要なのだ。ここには今の小袋成彬の志向が表れていると思った。
更に興味深いのはレコードのみのリイシュー・レーベルとしてDJやレコード・マニアの間では知られているMelodies InternationalのSeiji Onoがリミックスを手掛けていることだ。Seiji Onoの1970年代末から1980年代初頭を思わせるサウンドが小袋の音楽に完璧にフィットしていることも『Strides』というアルバムの本質に繋がっていると僕は感じた。
おそらく『Strides』は『Piercing』がリリースされた2019年から2021年までの小袋の興味関心をかなり反映しているのだろう。そして、その志向はその期間に彼が手掛けた他の作品にも及んでいるのだろうとも思った。この記事は『Strides』を軸に2019年以降の小袋の話を雑談的な対話の中で聞き出した記録だ。
◆ ◆ ◆
──(ZOOMの画面に)今、映ってるのは自宅ですか?
小袋成彬:そうです。
──機材もあるし、自宅スタジオなんですかね。そこで制作もしているんですか?
小袋成彬:プリプロとかは演ってます。
──2019年にロンドンの小袋さんが借りてたスタジオを見学させてもらいましたけど、あれはもう使ってないんですか?
小袋成彬:パンデミックの直前に手放したんですよ。
──なるほど。じゃ、この3年は制作環境が変わったんですね。今日は『Strides』の話を聞かせてほしいんですけど、その前に『Piercing』の話から始めたいんですよ。この2枚は全然違うアルバムですよね。
小袋成彬:変わりましたね。
──『Piercing』ってどういうアルバムだったんですか?
小袋成彬:28歳で初めてピアスを開けたんです。それが人生の中の象徴的な出来事な気がしたんですよね。しかも、そこにダイヤを付けたんですけど、痛みを突き刺して、そこにきれいなものを付けるってメタファーに思えてきて、そのコンセプトができた瞬間一気に走り出しました。
『Piercing』
──音楽的にもそうですし、いろんな面でその前の『分離派の夏』からずいぶん遠いところに来たなって感じがしますよね。
小袋成彬:イギリスに来たんで(笑)。耳が肥えたし、技術が上がったんですよ。やりたい音が作れるようになったんですよね。それはマジで技術の話。『Piercing』は生っぽい音ではなく、デジタルなジリっとした突き刺すような音を意識していたんです。影響を受けたのはトラヴィス・スコット。彼は自分の声に対して適切なエフェクトを与えて、声をジリっとさせて、あの世界観を作っている。だから、自分にとっても最適なセッティングがあるんだろうなと思って、それを技術的に追及していたんです。当時は実際にスタジオを持ってて、デカい音で好きな時間に音をいじれたので、それで技術が上がったんですよ。
──あのスタジオで音源を聴かせてもらいましたけど、すごい音量が出せたし、音質もすごく良かったですよね。
小袋成彬:池尻ではあの音は出せなかったんですよ(笑)。デカい音で聴いたら音楽も変わってきますしね。
──音のディテールを追求できるようになったと。
小袋成彬:解像度が上がったって感じですね。それに対して適切なアプローチがとれるようになってきました。『Piercing』ってアイデアが出てきたことで、自分の技術とテーマがハマって、アルバムができたと思います。でも、その方向はやり切ったので、次は全く違う質感でやりたいと思って作ったのが『Strides』ですね。
──では、『Strides』ではどんなことがやりたかったんですか?スタジオを手放して制作環境も変わった状況だったわけですが。
小袋成彬:スタジオを手放して、2年くらいひどい世の中が続いたじゃないですか。今も戦争でひどい状況のままですけど。今まではフィクションみたいなところでやっていたんですけど、『Strides』では自分の言いたいことをそのまま出した音楽を作りました。友達がこの部屋に来て「どんな音楽をやってんの?」って言った時に、自分の音を流して歌いきったら言葉で言う以上に伝わるくらいかっこいいものを作りたかったんです。誰が聞いても言葉を超えて「君ってこういう人間なんだね」ってなるものを作りたかったとも言えます。
──なるほど。
小袋成彬:スーパー・パワーみたいな感じでもありますね。「Work」や「Butter」をかけると、俺が世界で一番輝くことができて、その場を支配しちゃう感じ。ラッパーは勢いとか大きな声でその場を支配すると思うけど、俺はそういうキャラじゃないから、知性とかセクシネス(Sexiness)でその場を圧倒したいと思ったので、ああいう曲を作りました。
──これまでの2作は内に向いていた感じがあるけど、『Strides』は外に向いてますよね。
小袋成彬:ロンドンにいたら日本語で歌っても伝わらないじゃないですか。でも、日本語のままで伝えたいって思ったんですよ。言語を超えたところでひとつかましてやれる何かを作りたかった。「Butter」では口ずさみたくなるような言葉選びをベースにしてます。意味は後付けです。でも、意味を考えた時に、自分は何を伝えたいのか、なぜ小説じゃなくて、音楽で伝えたいのかってところまで考えて作りました。
──たしかにロザリアだってスペイン語だから何を言ってるんだかさっぱりわからないけど、何かしら伝わってきます。それと同じことを日本語でやるってことですよね。
小袋成彬:そうです。俺もマルコス・ヴァーリが何言ってるかわからないけど、2曲くらい歌えますからね。
──そうなると、言葉の響きやリズムをかなり意識しながら作ったってことですよね。
小袋成彬:ほぼ体言止めでストーリーを作っていったり、1行だけじゃ意味がなくても、それがずっと重なっていくことで意味ができていく作りになっていたりします。その辺はヒップホップの影響がデカいですね。
──サウンド面はどうですか?
小袋成彬:ラッパーと同じくらいのエネルギーは込めたかったんですよ。でも、俺は声が優しい系なので、その分、ビートをめちゃくちゃ強くしたいと思いました。声は他のJ-POPよりも1デシベルくらい小さくて、相対的にビートとグルーヴが聴こえるバランスになっています。こっちの昔からあるハウス・ミュージックは基本にビートがあって、そこにウワモノっぽく歌がいるみたいな感じなんです。クラブで踊ってて気持ちいいあの感じが欲しかったんですよ。その上で、アナログ過ぎず、『Piercing』ほどデジタルではなく、ドラム・マシーンをサンプリングしてアナログのミキサーにかけたようなあたたかくて強い音を目指しました。
──その「あたたかい音」ってこのアルバムの特徴ですよね。更に言えば「あたたかくて太い音」だと思うんですよ。そこに至るきっかけはありますか?
小袋成彬:クラブ・ミュージックですね。僕が好きなのはシカゴ・ハウスやデトロイトのハウス。ムーディーマン、カール・クレイグ、セオ・パリッシュ。他にはフローティング・ポインツやグレン・アンダーグラウンド。ファンクやソウルの要素のあるおしゃれなコード感でビートは温かい感じがすごい好きで、めっちゃ聴いてるんです。実際にクラブでデカい音で体感すると、(耳が)痛くないのにめっちゃドンと来る。ロンドンのクラブで体感しちゃったので、それをどうにか自分の方法でやりたくなりました。
──さっき名前を出してくれた人たちってアメリカ人が多いんですけど、イギリスのクラブシーンですごく愛されているリストって感じがしますね。
小袋成彬:そうですね。日本もそうですよ。
──たしかに。僕は『Strides』を聴いて、アフリカン・アメリカンの音楽の要素が強いと感じたんです。ソウルやファンクや、それらをサンプリングして作ったブーンバップ系のヒップホップの要素がそう感じさせていると思います。でも、それはアメリカ的というよりは、アメリカの音楽に対してかなりディープな志向を持ったイギリス人っぽいセンスを感じたんですよね。
小袋成彬:俺はロンドンに住んでいるので。
──ですよね。だから、ロンドンっぽいアルバムだなって思ったんです。
小袋成彬:ロンドンでかけても恥ずかしくないようにって思ってるんです。それが実際に響いている感じもあるんですよ。この前、マーケットで「いいシャツないかな」って歩いてたんですよ。そこでおじさんと女の子に声かけられて「お前何やってんの?」「俺音楽やってるんだ」「いいじゃん、曲聴かせてよ」「いいよ」みたいな流れで「Butter」を聴かせたんですよね。その1週間後にまた同じマーケットに行ったら、そこで俺の曲が流れてて、たぶんプレイリストに入れてくれてて「めっちゃいいね」って言ってくれて。やっぱ響くんだなって思って、自信になったんですよね。
『Strides』
──小袋さんってレコード屋には行くんですか?
小袋成彬:めっちゃ行きますよ。
──『Strides』はロンドンのレコード屋のカルチャーっぽいなって思ったんですよ。
小袋成彬:今、周りにレコード・カルチャーの人しか友達いないんですよ。ロンドンに3年住んで、やっと友達ができてきたんですけど、蓋開けてみたらレコード屋のまわりの人たちばっかり。今度、日本でツアーをやるんですよ。その時にMelodies International ってレーベルの人を連れていくんです。Melodies Internationalはフローティング・ポインツがはじめたリイシュー・レーベル。もともと500枚くらいしか作ってなくて原盤がどこに行ったか分からないような昔のレコードをライセンス取って、マスタリングし直して、今っぽい音にして売るってことをやってる人たちなんです。
──ひたすらマニアックなソウルやファンク、ブラジル音楽を7インチや12インチでリイシューしているレーベルですよね。僕が2010年ごろに働いていたディスクユニオンの渋谷レアグルーヴ館的にはど真ん中なレーベルです。
小袋成彬:Melodies Internationalにはロンドンの伝説的なクラブのプラスティック・ピープルのヴァイブスも詰まってます。彼らとよく遊んでいたら「お前もMelodies Internationalの一員だ」みたいになって、コルシカ・スタジオってクラブで定期的に行われている彼らのパーティーで僕は照明やってます(笑)。来週ある彼らのイベントでは自分の曲をかけながら歌おうと思ってます。USBとマイクを持って行って、1時間セットで3~4曲くらい自分で歌うDJを目指してるんですよね。
──完全にクルーじゃないですか。でも、そういう実験ができる場所ができたのも、コミュニティの中にいるって感じがしますね。
小袋成彬:Melodies Internationalの人たちは今の音楽は全く知らないんですよ。知らなさ過ぎてビビるくらい。声がはっきり聴こえてキックとスネアがちゃんと分離してる今っぽいR&Bのサウンドを流すと嫌な顔をされます(笑)。このシステムでこれ聴いてもなぁって感じで。逆にちょっとごちゃっとしてて、いわゆるレコードっぽいあったかいサウンドだといい感じなんですよね。自分が作った音でもパキパキしたポップスを流すとそこにいたくなくなるんですよ(笑)。だから、『Strides』はそのシステムに耐えうる音像とヴァイブスとエネルギーがあるサウンドを目指してるんですよ。
──ずいぶんオーガニックでレコードっぽい音だなと思ったと同時に「小袋さんってこんな人だったっけ?」とも思ったんですね。でも、リミックス盤の顔ぶれを見たら、Melodies Internationalの人が入ってて、それで納得しました。今、ロンドンのレコードのコミュニティに関心があるんだろうなと。
小袋成彬:最近は僕もコミュニティに貢献している感じがあるんですよ。シカゴのDJのグレン・アンダーグラウンドがロンドンに来て100人くらいの箱でやるっていうから、Melodies Internationalのメンバーを誘って10人くらいで遊びに行ったんですよ。その中にNTSで毎朝3時間生放送(番組名は「THE DO!! YOU!!! BREAKFAST SHOW」)していたチャーリー(Charlie Bones)って伝説の男がいるんですけど、翌日にグレン・アンダーグラウンドがチャーリーの番組に出てましたから。今はコミュニティのひとりとして自分がいるって感覚があるんですよね。
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──その話を聞いてから改めてアルバムを聴くと印象変わりそうですよ。
小袋成彬:友達に「えぇ…」って思われないようにしようと思ってますから。でも、レコードっぽい音作りだと今の自分じゃないから、ちゃんとデジタルとアナログの間の、俺だけのサウンドは追求しています。友達もそれを理解してて「アナログ過ぎず、デジタル過ぎず、君だけの音だね」って、認めてくれてる。自分でも確立できたと思います。ちゃんと技術が上がっているのも感じてますしね。
──「Work」はドラムとベースのコンビネーションのグルーヴが素晴らしいんですけど、これって演奏を編集してるんですか?それともサンプルパックとかですか?
小袋成彬:ドラムはLogicとサンプルパックです。Logicにドラマー機能ってのがあって、簡単にドラマーっぽくしてくれるんですよ。それをMIDIに変換してたものを抜き差しして作りました。MIDIでパターンを作って、それをドラムマシーンの音に差し替えたりしてます。
──ベースは?
小袋成彬:SuchmosのHSU君です。歌も録ったところに後からベースを入れてもらった感じですね。
──ひとりで作った感じじゃないと思ったんですよ。素晴らしいベースの演奏が加わるだけで、バンドっぽさが出るんですね。
小袋成彬:それが活きるくらいの隙間がないとダメですからね。全てが複雑に絡み合ってると思います。
──「Work」は正にレベルアップしたからできた曲って感じがしますね。
小袋成彬:マジでそうですね。パンデミック中にいろんな音楽を聴いたのがデカいと思います。聴くのに飽きてきたら、そろそろ自分で聴きたい音を作ろうってなるんですよね。
──特によく聴いてたのは何ですか?
小袋成彬:ビル・ウィザーズをめっちゃ聴いてました。シンプルの極みみたいな音楽なんですよ。ジャコ・パストリアス、ジェイZ、ムーディーマン。ソランジュ「Cranes in The Sky」。アンソニー・ハミルトン。元々は映像作家でクリエイターのディーン・ブラント。彼が作ってる音はマジでチープで味があるんですよ。Logicでその日に作った感じの音なんですけどね。エイサップロッキーとやってる「19」がかっこいいですよ。あと、クレオ・ソル。フローティング・ポインツもクレオ・ソルの『Rose in the dark』のレコードを持ってて、意外と最近のも聴くんだなと思いました(笑)。あと、Jハス。ブーンバップっぽい曲もあるし、アフロビーツとUKっぽいところの間をいっている。彼はリリックが深いんですよね。リリックの中でも特に言葉の展開にはかなり影響を受けてますね。『Big Conspiracy』に関してはほぼソラで歌えますよ。
──では、次は「Rally」なんですけど、最初に名前を出していたようなシカゴやデトロイトのハウスからの影響を感じますよね。パーカッションとギターとシンセベースとドラムの抜き差しで気持ちいいグルーヴを作っている。
小袋成彬:まさにそうですね。
──となると12インチや7インチのレコードを作りたい気持ちもあります?
小袋成彬:ありますよ。
──「Rally」みたいな曲を作るなら、レコードの片面1曲のシングルを作ったり、なんなら曲を引き延ばしたDJ向けのリエディットも作りたいんじゃないかなと。
小袋成彬:正にそれをやりたいんですよ。その前にライブでも試したいんですよね。ポップスの枠で収まった作品なので、キックを何小節か伸ばしたりするとなると他も調整しなきゃいけなくなる。だから、ちゃんと編集をして、クラブ仕様にしてツアーに持って行きたいなと思ってます。
──「Formula」は王道のソウル、R&Bって感じがします。
小袋成彬:俺的にはジャズ・バンドのイメージ。ドラムがドラムマシーンのジャズ・バンドのイメージですね。こういうのもライブでやりたんですよね。
──「Formula」を聴いて思ったんですけど、小袋さんってサックス好きですか?
小袋成彬:サックスはずっと苦手だったんですよ。個性が強すぎて入れどころが難しいから。ここでは一歩引いて弾いてもらったって感じです。
──小袋さんがサックス好きかもって感じたのは、「Formula」だけじゃなくて、宇多田ヒカル「誰にも言わない」も聴いたからなんです。あれを手掛けたのは小袋さんですよね?
小袋成彬:僕ですね。
──あのサックスの使い方がすごく面白かったんですよ。
小袋成彬:サックスの人にも言われました。
──だから、サックス好きなんだろうなって。
小袋成彬:いやいや、ほんとに避けてたんですよ。あの時もすごい吹かれちゃって、それだとお腹いっぱいになっちゃうから、セクシーな感じで大人しい感じでお願いしますって指示を出したんです。
──「誰にも言わない」ではUKのサックス奏者のソウェト・キンチに前半と後半で全く違う吹き方をさせてますよね?
小袋成彬:あれは4回、違う吹き方をやってもらって、その中からいいのを選んで、面白くなるように配置しました。
──後半は普通の奏法ですけど、前半はかなり音量も小さくて、かなりエアリーでソフトな吹き方です。普通はしないタイプの演奏ですよね。
小袋成彬:同じことを「Formula」のレコーディングでMelrawさんからも言われました。普段は「とにかく行け行け!」って感じの演奏していて、レコーディングでこんなに抑えて吹くのは初めてだって言ってました。俺はそれが一番いいと思うんですけどね。
──サックスの奏法的にはビリー・ホリデイの伴奏をやってたレスター・ヤングの系譜ではあると思うので、小袋さんの志向にはぴったりだとは思います。ただ、今のジャズ・ミュージシャンの多くがその技術を身に付けてはいても、なかなか録音する機会はない演奏ですよね。
小袋成彬:「薄く吹いてもいい」ってなるには価値観を共有してないとできないことだと思いますしね。
──「誰にも言わない」はその前半部がサックスの奏法的に特殊で、後半はサックスが普通にエッジがある音色で演奏をしています。面白いのは後半でそのサックスと近い質感のギターを組み合わせているところですよね。
小袋成彬:右でサックス・ソロ、左でギター・ソロをやってもらってます。ロンドンでプロデューサーをしている友達に「耳に残る音楽は右と左で違う要素が鳴っている。アシンメトリーが大事なんだ」って言われたんですよ。それもあって、ああいう感じにしてみたんだと思います。「Formula」でも同じことをやってますね。
──なるほど。「Formula」ではピアノとギターを似た質感で並べてて、どっちがどっちかわからなくなるように混ぜてますが、それも同じアイデアってことなんですね。しかも、「誰にも言わない」では一本のサックスをいろんなところに配置していますよね。サックスが左右だけじゃなくて、奥行きも含めていろんな位置で鳴ってる。実は変なこといっぱいやってる。だから、「誰にも言わない」「Formula」を聴いて、小袋さんは実験をやっていた時期なんだけど、それがポップスとしても高い完成度で仕上がってしまってるんだなと。
小袋成彬:そうですね。マジで技術が上がってきたんだと思います。
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──やってほしいことをミュージシャンに伝えられるスキルも上がったんじゃないですか?作りたい音源のヴィジョンを的確に伝えられるプロデューサーになったんだろうなって思いました。
小袋成彬:そうかもしれないです。単純に英語が話せるようになったのもあると思います。ところで、「Formula」のリミックスをやってくれたピアニスト知ってました?
──グレン・ザレツキですよね。僕はジャズ評論家だから知ってますけど、ジャズ好きな人でも知らない人が多いと思うので、マニアックな人選だなと思いました。同姓同名のプロデューサーなんだろなと思ったくらい(笑)。
小袋成彬:BIGYUKIさんがロンドンに来た時にちょうど<ロンドン・ジャズフェスティバル>をやってたから、セシル・マクロリン・サルヴァントのライブに行こうって話になったんですよ。その時のバンドのパーカッションが小川慶太さんで、ベースが中村恭士さんで、ピアノがグレン・ザレツキさんだったんです。グレンさんのタッチがマジで好きで、優しいタッチですごく小さなヴェロシティで弾いてるのがすごく良かったんです。BIGYUKIさん経由の中村恭士さんに繋いでもらって、「Formula」って曲があるからリミックスをしてほしいってお願いしたんですよ。そしたら、グレンさんの奥さんがヴァイオリンをやっていた日本人の方で、僕の曲の歌詞を翻訳して、伝えてくれたので、すごく深いところで繋がり合えたんですよ。すげーな世界は狭いな、って思いました。
──グレン・ザレツキってオーセンティックなジャズがすごい上手い人で、歌の伴奏もやりそうな人だから歌詞は知りたい人なんだろうなって思うから納得です。
小袋成彬:最初はバーッていっぱい弾いてくれたんですけど「もうちょっとコンピングっぽくやってほしい」ってリクエストしたり「ここは弾いて、ここはソロで」ってヴィジョンも伝えて、指示をしたんですよ。グレンさんはこういうコラボをポップスの分野ではやったことがなくて、すごく刺激的だったみたいで、今度、NYでまた遊ぼうみたいになってます。BIGYUKIさんありがとうですよ。
──いい話ですねぇ。セシル・マクロリン・サルヴァントの今年の新作『Ghost Song』は年間ベスト級だと思うし、現在最もすごいヴォーカリストなので、それをチェックして、観に行ってるのも興味深いなと思います。
小袋成彬:彼女のショーはミュージカルみたいでしたね。
──ここ数年はそういう表現に向かってます。もうオーセンティックなジャズ・ヴォーカルは極めたのかもしれないですね。
小袋成彬:ネクスト・レベルだなって思いました。台詞っぽいところや歌の強弱はコンサートホールじゃないと旨味が出ないっていうか、がやがやしたところだとあの感じは難しいですよね。彼女もインスピレーションになっているんですよ。セシルくらいのダイナミクスが歌として聴こえるんだけど、盛り上がるような雰囲気を目指してるんですよね。
──いろんなインスピレーションがあるんですね。
小袋成彬:ロンドン最高ですよ。東京にいたらこんなにたくさんのインスピレーションをもらうことはなかったと思うので。音楽に関してはロンドンはすごいですね。常に音楽の博覧会ですよ。
──次の「Strides」はシンバルとベースだけなのがすごく良くて、歌の情感が動くのに合わせてベースが動いてて、理想的な伴奏だと思いました。
小袋成彬:3拍子の曲を毎回入れてるんですよ。セシル・マクロリン・サルヴァンとかを聴くようになって、セクシーに小さく歌う感じを入れたくなったので、それを追求したのがこの曲ですね。ベースは小林修己さん。もともとはピアノで書いた曲なんですよ。ずっとコルトレーンとジョニー・ハートマンの「They Say It’s Wonderful」をピアノで練習していて、そこにアレンジを加えたらあのコード感ができました。
──ムーディーなジャズのバラードがこんな形で出力されるのは面白いですね。
小袋成彬:ジャズギターとジャズピアノはずっと練習してるんですよね。ピアノが弾けるとこっちで強いですし。ピアノが弾けて、その上で歌えると最高じゃないですか。藤井風を見てると俺もやりたいなって(笑)。でも、藤井風みたいなバッキングはできないし、俺は「They Say It’s Wonderful」みたいにセクシーに歌うのがいいかなって感じですね。
──小袋さんは歌もサウンドもトータルのパッケージで考えていて、根っからのプロデューサーなんですね。
小袋成彬:そうですね。そうなってきましたし、自分の得意分野がわかってきました。
──最初からそうじゃなかったんですか?
小袋成彬:自覚的ではなかったですね。探ってました。だから、遠回りしながら色んな事をやってきて、今は大人しい系に辿り着きましたね。
──最後の「Parallax」なんですけど、この曲はアルバムの中でも変わった曲ですよね。
小袋成彬:最初、UKG(UKガラージ)を作ろうと思ったんですよ。でも、UKGってコテコテで俺には無理だったんです。チージーっていうか、ショッピングモールの音楽って感じなので、抜き差ししたりしながら、自分なりにセクシーになるように試行錯誤した曲です。
──この曲だけかなり色んな事を詰め込んでますよね。他の曲はイギリス人が好きそうなアメリカの音楽って感じもあるけど、この曲は直接的にUKっぽい気がします。
小袋成彬:直接的に影響を受けているのはHessle Audio周りのRamadanmanやJoeです。テクノとハウスの間のちょっとエクスペリメンタルな感じですね。あとはBen UFO。この前、Ben UFOのパーティーに行ったんですけど、楽しくて朝まで踊っちゃいました。最高ですよ。
──そういう生活になったらこういう音楽になりますよね。
小袋成彬:その日は本当に最高で、サウナ行ってから、中華行って麻婆豆腐を食って、ホカホカの身体のまま新しくできたホールドってクラブに行ったら、エスプレッソ・マティーニをサーブしてて、「こんなの見たことないな」って思って飲んだからキマっちゃって、朝まで踊っちゃいましたね。
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──なんか、ロンドンのアーティストになりましたよね、このアルバムから。
小袋成彬:ロンドン・ヴァイブスが出てきましたよね。
──ロンドンならではの音楽もあるし、ロンドンのDJってオーガニックなブーンバップのサウンドとかをずっと大事にしているようなところもあるじゃないですか。アメリカのトレンドと関係なく、ずっと聴き続けてるし、かけ続けてるし、作り続けているインディペンデントの人たちがいるのがロンドンというか。
小袋成彬:ヴェニューの感じもあると思います。そんなに大きくなくて、地下でレンガ造りで、みたいになると、そこで鳴らしたい音楽になりますよね。ド派手で電飾ギラギラっていうよりは、アンダーグラウンドの息遣いがある。生音のアンビエンスをうまく利用した生バンドのサウンドが合う感じなので、クラブミュージックもそこに合う音楽になりますよね。
──それがその街の音楽になると。
小袋成彬:そして、それがカルチャーの一部になるので。
──小袋さんのロンドンっぽさはこのアルバムを聴いて、今日話を聞いていたら、バチッと伝わりました。
小袋成彬:実際にアメリカとイギリスのリスナーが増えているんですよ。Spotifyだと日本、アメリカ、台湾、イギリスって順番だと思います。
──実際に数字に表れているんですね。ところで今まではレコードを出したことありましたっけ?
小袋成彬:『Piercing』を『Strides』のタイミングでようやく出したって感じですね。『Strides』も出したいんですけどね。
──特にUKではレコードを出さないとスタート地点に立てないシーンもあるので、ぜひ出してみてほしいです。新譜を扱ってるイギリスのレコード屋って普通に日本盤のレコードも置いてあるし、アクションがあると思いますしね。
小袋成彬:ちなみにこっちのレコード界隈の人はみんな日本が好きですよ。日本はレコード・ヘブンだと思ってる。こっちでは手に入らないものが2,000円とか3,000円で売られてるじゃないですか。その価値に気付いてないのは日本人だけって感じがしますよ。
──そもそもの物価も安いし、パンデミックが終わったら世界中からレコード好きが一気に日本に買いに来ますよね。
小袋成彬:6月にほぼ初のツアーを日本でやるんですよ。そのうち数か所でアフター・パーティーやって、そこではMelodies InternationalのクルーがDJやります。僕の公演が終わったら、Melodies Internationalがテイク・オーヴァー、朝までって感じです。僕はコーラス2人とベースでグルーヴを作ってもらって、がっつり歌います。Melodies Internationalのみんなはスーツケースをいっぱい持ってくるみたいですから、日本のレコードを買い占めると思います(笑)。
取材・文◎柳樂光隆
小袋成彬3rd Album『Strides』
2021年10月13日配信
初回盤 ESCL-5358~5359 3,500 円(税込)
初回仕様限定ケース、Nariaki Obukuro with Melodies International Japan Tour チケット先行申込用URL封入
購入特典
・小袋成彬応援店:オリジナルロゴステッカー
・Amazon.co.jp:メガジャケ
CD予約:https://erj.lnk.to/5BRF5q
1.Work
2.Rally
3.Formula
4.Butter
5.Strides
6.Route
7.Parallax
Disc2
1.Formula feat. Glenn Zaleski
2.Parallax (Holloway Remix)
3.Work feat. KOHEI JAPAN (Hugo LX Remix)
4.Butter feat. dreamcastmoe
5. Route feat. Kiano Jones & MUD
6.Rally (Jitwam Remix)
7.Strides (Seiji Ono Remix)
<Nariaki Obukuro with Melodies International Japan Tour>
7月5日(火)【大阪】心斎橋 BIGCAT
7月6日(水)【大阪】心斎橋 BIGCAT
7月9日(土)【岡山】YEBISU YA PRO
7月12日(火)【愛知】名古屋 CLUB QUATTRO
7月13日(水)【愛知】名古屋 CLUB QUATTRO
7月15日(金)【東京】恵比寿 LIQUIDROOM
7月22日(金)【京都】CLUB METRO (Melodies のパーティーのみ)
7月23日(土)【福岡】GRANDMIRAGE evoL
※公演・チケット詳細後日発表
◆小袋成彬オフィシャルサイト
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