【コラム】メタリカ、進化や深化を続けてきた暁の『S&M2』

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Photo by Anton Corbijn

メタリカの『S&M2』が作品化され、8月28日に世界同時リリースされるとの情報が公開されたのは、去る7月15日のこと。それから1ヵ月以上が過ぎ、いよいよ同作を実際に手に取ることのできる日が近付いてきた。新型コロナ禍の影響でさまざまなライヴが中止や延期措置となっているのみならず、多くの新譜リリースについても遅れが目立っているなか、あの画期的公演から丸1年を経る直前にこの作品が届けられるという現実は喜ぶべきものだろう。しかも実際、2時間半を超えるライヴ・パフォーマンスがたっぷりと余すところなく収録されたこの作品は、いわゆる記録作品としての歴史的価値のみにとどまらない魅力に溢れている。


まず基本的な事実関係を整理しておくと、『S&M2』というのは『シンフォニー&メタリカ2』の略であり、そもそもそれ自体はメタリカとサンフランシスコ交響楽団とのコラボレイトによる公演のタイトルである。同公演は2019年9月6日、8日の2夜にわたり、このバンドの生誕地でもあるサンフランシスコに新設されたアリーナ、チェイス・センターのこけら落とし公演のひとつとして実施されている。そして公演終了からわずか1ヵ月後の10月9日には、現地会場でその模様を実体験することが叶わなかったファンのために、世界各国の約3,000館、日本でも約40館の映画館での上映会が同時開催されている。


Photo by Brett Murray

この公演が『S&M2』と銘打たれていたのは、当然ながら『S&M』というものが実施された過去があるからだ。その、最初の『S&M』公演が開催されたのは1999年4月、やはりサンフランシスコでのこと。つまり『S&M2』はその20周年を記念するものとして企画されたものでもあり、メンバーたちが実施を決断した理由はそこにもあった。ふたつのディケイドのうちにメタリカは多くの変化を経てきたが、最大の差異はやはり、ベーシストがジェイソン・ニューステッドからロバート・トゥルヒーヨ(彼の姓はこれまで日本ではトゥルージロと記されてきたが、今回から実際の発音に近いこの表記に改められたようだ)に交代していること。ジェイソンのメタリカ脱退が正式に明かされたのは2001年初頭になってからのことだったが、実はこの『S&M』の模様が収録されたライヴ作品こそが、彼のこのバンドでの最後の参加作ということになる。また、1999年12月に発売された同ライヴ・アルバムは当時、全米アルバム・チャートにおいて最高2位を記録し、今日までに米国内のみで300万枚、全世界で800万枚を超える累積セールスをあげている。また、同作収録曲の「ザ・コール・オブ・クトゥルー」(原曲は1984年発表の2ndアルバム『ライド・ザ・ライトニング』に収録)が、権威あるグラミー賞の最優秀ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞を受賞していることも付け加えておきたい。

1999年当時にメタリカと共演していたのも同じサンフランシスコ交響楽団で、なかには20年を隔ててふたたびこの画期的な融合の場に身を置いている団員もいることが、双方の映像を見比べてみると確認できる。ただ、指揮者は前回とは異なっている。かつて『S&M』で指揮棒を握っていたのは、数々の映画音楽の作曲者としても高名なマイケル・ケイメンだった。エアロスミスやデヴィッド・ボウイ、エリック・クラプトン、ブライアン・アダムスらともコラボ歴を持つ彼とメタリカの関係は、1991年発表の怪物アルバム『メタリカ』(通称ブラック・アルバム)にて、彼が「ナッシング・エルス・マターズ」のストリングス・アレンジを手掛けたところから始まっており、実際、オーケストラとの共演ライヴというアイデアも彼の側からの提案によるものだったのだという。


ただ、そのマイケル・ケイメンの姿は『S&M2』にはない。彼は残念ながら2003年11月18日、多発性硬化症との闘病の末、心臓発作により55歳の若さでこの世を去っている。メタリカのラーズ・ウルリッヒは、『S&M2』の公演開催に先駆けてのコメントのなかで、かつての共演について振り返りながら「俺たちは、それ以前には知らずにいたクリエイティヴの領域に足を踏み入れることになった。彼が持っていた人生に対する愛、そして規範に挑戦しようとする姿勢は、これからも自分のなかで大切にしていくつもりだ」と発言し、哀悼の意を表している。


Photo by Brett Murray

ロック・バンドとオーケストラの共演という試み自体は1999年以前にも前例がいくつかあるが、たとえばディープ・パープルがそうした試みをした際には、故ジョン・ロードがオーケストラ演奏を想定した楽曲を作っていたことも前提にあった。それに対して『S&M』の場合は、そもそもそうした意図をまるで伴うことなく作られていたメタリカの音楽に、かのマイケル・ケイメンが大胆にも歩み寄ってきた、ということの意味が大きかったといえる。だからこそ両者の合体には、単なる足し算の次元にはとどまらない有機的な作用が生じることになったのだろう。そして『S&M2』では、そうしたコラボレーションがさらに深い次元へと進んでいることがわかる。20年前のメタリカは、ある意味、ケイメン側からのアプローチに対して受け身なところがあったはずだが、今回は違う。双方がお互いの領域のより深いところまで踏み込んでいることが今作の音源からもうかがえるし、映像がそれをいっそう具体的にわかりやすく伝えてくれる。いわば足し算と掛け算の違いのようなものをそこに感じさせられるわけだが、もちろんそうした深い次元での融合が成立したのは、批判や失敗を恐れることのない実験が20年前に実践されていたからこそだといえるだろう。

たとえばシンフォニー要素とのより有機的な融合の度合いを示すものとしては、プロコフィエフの「スキタイ組曲」をはじめとするクラシック曲が中盤に挿入されている事実、また、オーケストラ側のベース奏者をフィーチュアするかたちで故クリフ・バートンに敬意を捧げながら披露された「(アネシージア)プリング・ティース」の独特の空気感などがまさしくそれを象徴しているし、お馴染みの曲たちの「化け具合」も当時とはかなり違う。しかも20年前には生まれていなかった楽曲たちのなかにも、80年代、90年代に勝るとも劣らない輝きを伴うものが多々ある事実を痛感させられる。加えて、メタリカ加入前から凄腕ぶりについて語られることの多かったロバートはともかく、あまり個々の技術面での水準の高さを取り沙汰されることの多くなかったメタリカが、実はとても優れた演奏家たちであることも改めて実感させられる。


また、メタリカは、大掛かりな仕掛けやオリジナルな形状のステージ・セットを伴ったショウのあり方でも知られ、自分たちなりのエンターテインメント追求という部分でも常に挑戦的であり続けてきた。20年前の『S&M』公演でも、ドラッグ映像的なものを効果的に導入しながら、それまでの彼らのライヴともクラシックのコンサートとも異なった空気感を演出していたことが当時の映像からもわかるが、この『S&M2』ではステージ・ショウとしてのスケール感もいっそう大きなものになっている。それは当然ながら公演会場自体がシアター規模から巨大アリーナへと拡大されているからでもある。アリーナのフロア中央に円形ステージを据え、オーケストラに囲まれた状態でメタリカの4人が演奏するという今回の公演では、ステージの上空に浮かぶ円形の帯状のLEDスクリーンも含め、サークル、つまり「輪」というか「環」が演出上のモチーフになっていることがうかがえる。それは、20年という長い年月を経ながら、確実に成熟度を増したメタリカが同じ地点に「帰還」を果たしたことを印象付けているように思う。


Photo by Brett Murray

さて、この『S&M2』は、かつての『S&M』がそうだったのと同様に、ライヴ・アルバムであると同時にその模様が収められた映像作品でもあるわけだが、一度でもその映像を目にしたならば、誰もがそれ以降は日常的な風景のなかでCDを聴いていても脳内におのずとライヴ映像が再生されるかのような感覚を味わうことになるに違いない。今回、筆者の手元にはまず音源のみが届けられたのだが、それを初めて聴いた際には、昨年映画館で目にした映像が勝手に浮かんでくるかのような生々しさを感じさせられたものだし、それから数日を経て改めて映像を目にした際には、記憶がより立体的に再現されていくような興奮をおぼえることになった。映像監督に起用されているのは、『S&M』と同様、ウェイン・アイシャムだ。メタリカとはあの「エンター・サンドマン」のビデオ・クリップ制作当時からの付き合いということになる彼は、メタリカ以外にもボン・ジョヴィやモトリー・クルーからブリトニー・スピアーズ、ミューズに至るまでのクリップを手掛けてきた人物である。バンド側が厚い信頼を寄せる彼の手腕によりまとめられた映像は、今回も彼らの演奏ぶりをリアルに捉えているのみならず、その人間性にまで迫るような深みと説得力を伴ったものになっている。

そして『S&M』当時のメタリカと『S&M2』での彼らの一番の違いは、やはりこのバンド自体が持ち合わせている他とは比べようのないたたずまいや説得力、立ち位置といったものにあるのではないだろうか。1999年当時、彼らがオーケストラと共演するとの情報が伝わってきた時には、素直な驚嘆や感激ばかりではなく、やや複雑な感情もファンの間には渦巻いていたはずだ。そこには当然、具体的な理由がある。当時のメタリカは『ロード』(1996年)、『リロード』(1997年)という2枚の問題作を経て、さらに1998年には『ガレージ・インク』というカヴァー集もリリースしていた。このバンドの当初からのスタイルに並々ならぬ愛着を抱いてきたファンのなかには、『メタリカ』での飛躍、『ロード』と『リロード』での「メタル離れ」とも解釈可能なアプローチや当時の彼らの言動に、疑問、あるいは失望に似たもの感じていた向きも少なくなかったはずだ。そうした流れを経て『S&M』に至ったことで、「これは自分たちの知っているメタリカとは違う」という感覚が決定的になった人たちも確実にいたことだろう。


Photo by Jeff Yeager

しかし今となっては、迷走状態にも近いところがあった当時のメタリカが、実はある種の過渡期というか、成熟のために不可欠な時期にあったのだということが理解できる。それ以降に発表されてきた『セイント・アンガー』(2003年)や『デス・マグネティック』(2008年)、『ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト』(2016年)といった作品たちがその証拠だ。そうした通常のオリジナル・アルバムの狭間には、ルー・リード(2013年に他界)との意外なコラボレーションによる『ルル』(2011年)のような実験作も世に出ているわけだが、どれほど物議を呼び、ポジティヴな反応以上に否定的意見が目立つようなことがあろうと、そうした音楽的実験や冒険の機会が、進化や深化を続けていくうえで彼らにとって有意義なものであったことが、結果的には歴史により証明されているのだ。言い換えれば、どれほど大胆な試みを重ねようと、メタリカがメタリカでなくなるようなことはない、ということだ。少なくとも現在のメタリカに対して、『ロード』や『リロード』当時のような不安定さや不穏さを感じる人はいないだろう。そして不思議なもので、経年に伴う熟成の度合いゆえでもあるのか、そうした時代の楽曲もまた、あの頃とはレベルの違う説得力をまとうようになっている。それを、この『S&M2』にも収められている当時の楽曲からも実感することができる。


成熟という意味において、1999年当時と比較した際に顕著な違いが感じられるのは、たとえばジェイムズ・ヘットフィールドの表現者としての存在感だ。『S&M2』での彼のヴォーカル・パフォーマンスに触れると、実際、ブラック・アルバム以降の彼の歌唱面での成長ぶりには目ざましいものがあったわけだが、それでも当時の彼の歌が未成熟なものに感じられてしまうほどだ。それこそ当時のライヴでの「ナッシング・エルス・マターズ」などでの歌いまわしには、誤解を恐れずに言えば、楽曲そのものに追いつこうとするあまりのわざとらしさが感じられる部分もあった。それに対して『S&M2』での彼の姿には、余裕を持ちながら各楽曲のドラマをごくナチュラルに演じてみせるかのような、名優のような堂々たる存在感がある。ことに彼がギターを抱えずに情感たっぷりに歌う「ジ・アンフォーギヴンIII」から感じられる自然体な貫禄には、かつての彼が求めていたはずの説得力が伴っている。

今回、この『S&M2』については、音源と映像作品が同梱されたものと、音源、映像それぞれ単体のものとが同時発売されることになるわけだが、これをメタリカの新録作品として捉えるならば『ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト』以来、約4年ぶりのものということになる。このアルバムに伴うワールド・ツアーの一環としての来日公演が実現せぬまま、新型コロナ禍により世の中のすべてが停滞状態に陥っているわけだが、そうしたなかでもメタリカは過去の象徴的なライヴ・パフォーマンス動画を定期的に無料公開するなど、ファンが彼らとの繋がりを実感できる機会を維持しようと努め続けている。実際、現在のようなSTAY HOMEを強いられる日常のなかで、そうした映像を通じてメタリカのライヴの歴史を改めて噛み砕いてきたファンも少なくないはずだ。そして今、こうして届けられることになる『S&M2』は、彼らのライヴを実際に会場で体感することを切望している人たちの飢餓感を完全に満たすことはないにしても、もっとも現在に近い地点での彼らのたたずまいを感じることのできる充足感をもたらしてくれるに違いない。


※入力した英文字がメタリカ・ロゴ風になる「メタリカ・ロゴメーカー」で作成

『S&M』と『S&M2』の差異について述べたなかで、マイケル・ケイメンの不在について触れたが、本作の映像のなかには、それを悼むかのようにケイメンのフラッグを掲げた観客の姿も見てとれる。また、もうひとりの不在者として、エンニオ・モリコーネの名前も上げておくべきかもしれない。双方のライヴでオープニングに据えられている「ジ・エクスタシー・オブ・ゴールド」は、映画『続・夕陽のガンマン』のサウンドトラックからの楽曲であり、彼らの公演でのオープニングSEの定番としてお馴染みだが、その作曲者であるこの映画音楽の巨匠は、去る7月6日、入院先のローマの病院にて、91歳で他界している。それに際しメタリカは、「あなたのキャリアは伝説的なものであり、あなたの作品はタイムレスなものだった。1983年以来、我々の数多くのショウでムードを盛り上げてくれてありがとう」とのコメントとともに哀悼の意を表している。

『S&M2』は、新型コロナ禍に運命を狂わされた年に出たアルバムとしてだけでなく、モリコーネの没年に登場した作品としても記憶されていくことになるのかもしれない。そして同時に本作は、今年を代表するロック作品のひとつとして支持を集めることになるに違いない。確かにオーケストラとの共演ライヴ作品であるという、少しばかり厳めしいたたずまいを伴ったものではあるが、そこに敷居の高さを感じる必要はないし、この冒険心と実験精神に溢れた作品は、さまざまな嗜好を持った人たちの音楽的好奇心を満たすことになるだろう。それこそメタリカの歴史を知らない世代や、クラシック側のリスナーにも触れてみて欲しい逸品である。

文◎増田勇一

メタリカ&サンフランシスコ交響楽団『S&M2』


2020年8月28日 発売
【2CD+Blu-ray】 UICY-15876 / \7,000(税抜)
【2CD】 UICY-15877/8 / \3,000(税抜)
【Blu-ray】 UIXY-15038 / \4,900(税抜)
★CD:日本盤のみSHM-CD仕様★Blu-ray:日本語字幕付
[CD-1]
1. ジ・エクスタシー・オブ・ゴールド
2. ザ・コール・オブ・クトゥルー
3. フォー・フーム・ザ・ベル・トールズ
4. ザ・デイ・ザット・ネヴァー・カムズ
5. ザ ・メモリー・リメインズ
6. コンフュージョン
7. モス・イントゥ・フレーム
8. ザ・アウトロー・トーン
9. ノー・リーフ・クローヴァー
10. ヘイロー・オン・ファイアー
[CD-2]
1.曲紹介「スキタイ組曲」
2.スキタイ組曲(アラとロリー)作品20 第2曲: 邪教の神、悪の精霊の踊り
3.曲紹介「鉄工場」
4.鉄工場 作品19
5.ジ・アンフォーギヴンIII
6.オール・ウィズイン・マイ・ハンズ
7.(アネシージア)-プリング・ティース
8.ホェアエヴァー・アイ・メイ・ローム
9.ワン
10.メタル・マスター
11.ナッシング・エルス・マターズ
12.エンター・サンドマン
[Blu-ray]
・ジ・エクスタシー・オブ・ゴールド
・ザ・コール・オブ・クトゥルー
・フォー・フーム・ザ・ベル・トールズ
・ザ・デイ・ザット・ネヴァー・カムズ
・ザ ・メモリー・リメインズ
・コンフュージョン
・モス・イントゥ・フレーム
・ザ・アウトロー・トーン
・ノー・リーフ・クローヴァー
・ヘイロー・オン・ファイアー
・曲紹介「スキタイ組曲」
・スキタイ組曲(アラとロリー)作品20 第2曲: 邪教の神、悪の精霊の踊り
・曲紹介「鉄工場」
・鉄工場 作品19
・ジ・アンフォーギヴンIII
・オール・ウィズイン・マイ・ハンズ
・(アネシージア)-プリング・ティース
・ホェアエヴァー・アイ・メイ・ローム
・ワン
・メタル・マスター
・ナッシング・エルス・マターズ
・エンター・サンドマン
<ボーナス映像>
・ビハインド・ザ・シーン-メイキング
・オール・ウィズイン・マイ・ハンズ基金 紹介映像
◆『S&M2』視聴

◆メタリカ・レーベルサイト
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