異端児SSWジェイムス・アーサー、波乱の人生 Vol.2/3
前回より続き
こうして、24歳にして晴れて英国版『Xファクター』のファイナリストとなり、当初から豊富な経験とオリジナリティを持つシンガー・ソングライターとして、注目を浴びていたジェイムス。シーズンを通じて、アコギを弾いたりラップを挿んだりというオーディションの際のスタイルを時折取り入れながら、カバー曲を独自の色で染めた。
ケリー・クラークソンの「ストロンガー(ホワット・ダズント・キル・ユー)」、メアリー・J・ブライジの「ノー・モア・ドラマ」、ユーリズミックスの「スウィート・ドリームス」、ノー・ダウトの「ドント・スピーク」、アデルの「ホームタウン・グローリー」、U2の「ワン」、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「パワー・オブ・ラヴ(愛の救世主)」…と、選ぶ曲はどちらかというとダークでメランコリック。ABBAの「SOS」でさえマイナーコードで自己流に再解釈して見せていたジェイムスは、歌声はハスキーかつワイルドで、番組の歴史を振り返ってみても、かなり異色のコンテスタントだった。しかも腕はタトゥーだらけ、キャラ的にもちょっとクセがあって危険な匂いを放っていただけに、視聴者の全面的サポートを得るまでに時間がかかったのは、無理のないことなのかもしれない。従って順位のアップダウンは激しく、あわや敗退か…という危機に瀕したことも数回あった。
それでも圧巻の歌唱力と表現力は審査員の賞賛を浴び続けて、粘り強く勝ち残り、終盤は3週連続で1位を独走。12月2週目の決勝では、ニーナ・シモンの「フィーリング・グッド」と、ニコールとのデュエットによるボブ・ディランの「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」を歌い、53.7%の票を獲得して見事に優勝。マーヴィン・ゲイの「レッツ・ゲット・イット・オン」と、デビュー・シングルとなるションテルの2010年のヒット曲「インポッシブル」(これまたジェイムス流のドラマティックなバラードにアレンジ)を披露して、フィナーレを締め括った。ちなみにこの第9シーズンはやたら男性アーティストが強く、2位はジャメイン・ダグラス、3位はクリストファー・マローニー、4位はボーイズ・グループのユニオンJといった具合に、上位を独占していたものだ。
『Xファクター』で勝利したことで、過去のチャンピオンと同じく番組のプロデューサーでもあるサイモン・コーウェル主宰のレーベル、SYCOとの契約を手にした彼は、早速「インポッシブル」をリリース。1週間で49万のダウンロード数を記録して、2012年の英国での最速シングル・セールスを達成し、もちろん全英チャート初登場1位に輝いた。最終的に売り上げは国内だけで130万に上り、現時点で2010年代のベスト・セリング・シングル・チャートの3位につけていると同時に(1位はアデルの「サムワン・ライク・ユー」、2位はマーク・ロンソンの「アップタウン・ファンク」)、『Xファクター』優勝者のシングルとしては最高のセールス記録を保持している。
そして翌年に入るとブルージーなテイストのセカンド・シングル「You’re Nobody ‘til Somebody Loves You」を全英2位に送り込み、11月にファースト・アルバム『James Arthur』(日本未発売)をいよいよ発表。全英チャートでは最高2位を獲得し、プラチナ・セールス(30万枚に相当)を記録する。
レコーディングには、英国からノーティ・ボーイ(エミリー・サンデー、タイニー・テンパー)やTMS(リトル・ミックス、クレイグ・デイヴィッド)、アメリカからはサラーム・レミ(フージーズ、エイミー・ワインハウス)といった売れっ子プロデューサーが参加。『Xファクター』を通じて印象付けたオーガニックなブルーアイド・ソウル路線の延長にある同作は、ジェイムスと同様にヴォーカルもラップもこなすプランB、あるいはエド・シーランとも比較されたが、彼らとの共通項は、パーソナルな曲の内容にもあったと言える。「インポッシブル」以外の曲は自らソングライティングを手掛け、「Recovery」や「Smoke Clouds」のような曲で迷走した青春時代を率直に振り返り、ラストを飾る曲「Flyin」では、ミュージシャンとしてようやくブレイクしたことを機に、ポジティヴに未来を見つめていた。
ところが若い頃からパニック障害に苦しんでいた彼は、長年の下積みの末にいきなりスポットライトを浴びたことに戸惑い、環境の急激な変化やプレッシャーをうまく処理できず、またもや迷走し始める。かねてから他のアーティストたちに対するSNSやメディアでの不用意なコメントで物議を醸し、ワン・ダイレクションを「マーケティング化された商品」と呼んであとで謝罪したこともあったが、中でも、ミッキー・ワイアレスなるラッパーとのやりとりがエスカレート。ジェイムスとサイモンの関係を揶揄するミッキーの曲に挑発されて、彼は、同性愛者に対して差別的な表現を使ったアンサーソングを、ネット上にアップしてしまう。本人は、ラップバトルの範疇だと思っていたらしい。これが、不買運動が起きるほどに多方面で批判を招き、ほかにも色々な事件を経て、2014年6月、サイモンにレーベル契約解除を宣告されるのである。(続く)
text: 新谷洋子
ジェイムス・アーサー『バック・フロム・ジ・エッジ』
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日本独自ボーナストラック2曲を含む、計6曲追加収録
◆ジェイムス・アーサー・オフィシャルサイト