セニョール・ココナッツが放つ“空想の世界旅行”

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バリッとしたスーツ姿にチョビ髭、そしてキチッと整えられたオールバック。ダンディーではあるけれど、少し胡散臭いそのルックス。しかもダフト・パンクやプリンスをラテン風にカヴァーしてるうえに、名前だってセニョール・ココナッツ。いよいよ胡散臭い!

そんなセニョール・ココナッツがリリースしたアルバムが『アラウンド・ザ・ワールド』。各国の大ヒット曲が何とも陽気なラテン音楽に変身。ココナッツおじさんが案内する世界旅行──そんな妖しいムードもプンプン匂うこのアルバムの魅力に迫ってみましょう。

セニョール・ココナッツの本名はウーヴェ・シュミットといって、エレクトロニック・ミュージックの世界ではアトム・ハートという名前で広く知られています。現在は南米チリの首都サンチアゴに住んでいますが、もともとはドイツのフランクフルト出身。80年代から音楽活動をはじめ、ここ日本では細野晴臣とのコラボレーションでも有名。とにかくもの凄い量の作品を作る人で、彼のCDをコンプリートするだけでCDラックが三段ぐらい埋まっちゃうほど。

そんな彼が90年代後半から取り組んでいるラテン・ミュージック・プロジェクトがセニョール・ココナッツ。彼のプロジェクトはアルバム一枚で終わったものも多いけれど、フランクフルト時代から構想を練っていたというこのセニョール・ココナッツは彼のなかでも最長のプロジェクト。彼自身も「これほど長く続くとは思っていませんでした」と話します。じゃあ、ここまで長続きした理由って何だと思う?

「私は92年頃からセニョール・ココナッツの基本的なアイデアを持っていて、それに対する試みを行なってきましたが、それは失敗に終わっていました。96年頃に突然そのアイディアを具体化する方法を考え出し、それが『ダンス・ウィズ・ココナッツ』(97年)というアルバムとなりました。私はキャリアを通して、80枚かそれ以上のアルバムを制作し、それらのいくつかは1枚のアルバムには意味をなすけれど、それ以上には至らない音楽的アイデアを持っていました。セニョール・ココナッツの場合、基本的なアイデア自体が進化に対して十分な力を持っていたのだと思います」

なるほどなるほど。彼の説明はすごく丁寧だけど、少し知的な感じ。まるで学者のような雰囲気というか…彼は自慢のヒゲをフフンと奮わせると(ここは妄想)、こう説明を続けます。

「あなたがもし異なるセニョール・ココナッツのアルバムを聴いたとすると、それぞれのアルバムが異なり、またそれぞれが異なった側面に力点を置いていることに気付くでしょう。それは時に抽象的であったり、時に歌指向であったり、ポップ対カットアップであったり…」

ちょっと待って!  難しすぎて頭がこんがらがってきた。取材班はコーヒーでも呑んで一息つこうとしますが、ココナッツおじさんは容赦なくこう続けます。

「…同時に、非常に重要なポイントはセニョール・ココナッツが一般的なトピックを扱いつつ、同時に現在の音楽ビジネスにおいては頻繁に見い出すことが困難な、高いクオリティーと信頼性を維持しているという点です」

ふむふむ、確かにセニョール・ココナッツの作品は、もの凄い完成度を誇っています。そして、それこそが彼の名前を世界的なものにしています。それは間違いありません。しかーし。ついつい笑っちゃうお馬鹿っぷり、ここも彼の作品のチャームポイント。例えば、『プレイズ・クラフトワーク』(2000年)ではドイツのインテリ電子音楽集団、クラフトワークをバチあたりにもラテン化。その怖いもの知らずの傾向は次の『フィエスタ・ソングス』(2003年)でさらに加速化し、ディープ・パープルの「Smoke On The Water」はハードさを抜かれ、マイケル・ジャクソンの「Beat It」はスタイリッシュさを抜かれ、代わりに底抜けの陽気さをプラス。続く『プレイズYMO』(2006年)では、日本が誇る偉大なグループ、YMOを全編でカヴァー。エレクトロニック・ミュージックの神様も、キューバの八百屋みたいなカジュアルな装いに大変身しています。いずれの作品も、原曲を知っているとつい笑っちゃうようなユーモアがたっぷり詰め込まれているのはもちろん、冗談なのか本気なのか分からなくなるような感じ。本気で冗談をやっているというか…ユーモアに関する質問をしてみると、これまた実に紳士的なご回答を。

「セニョール・ココナッツの作品にとって、ユーモアは重要な要素です。アルバムを作っているときは、どういう風にユーモアが現れるべきか常に気にしています。単にファニーなもの、シニカルなもの、それらをうまく配置してユーモアのバランスが取れた作品作りを心がけているのです。ただし、ユーモアのセンスは国によって違いますし、文化的背景によっても違います。この地球上には何億人という人々が住んでいて、それぞれに違った意見を持っているわけですから、全員に納得してもらうのは難しいことなのです」

「そうした“誤解”から生じるかもしれないリスクは常に意識しています」と彼。ただ確信を持って言えるのは、セニョール・ココナッツのとびっきりユニークなやり口は世界中で中毒者を生み出してきたということ。そして今回リリースされた『アラウンド・ザ・ワールド』は、そうした中毒者にとって待望のアルバムであるだけじゃなく、新たな中毒者増殖の予感すら漂う内容となっているということ。

さてさて、今回のアルバムが“空想の世界旅行”というテーマになったいきさつを説明していただくことにしましょう。

「私がこのアルバムの制作に取り組み始めたとき、『プレイズYMO』の制作時とは違ったフィーリングを持っていました。『プレイズYMO』のような複雑さを持ったものよりも、もっとシンプルで、『フィエスタ・ソングズ』のスピリットを含んだポップなアルバムに仕上げたいと思っていたのです。まずダフト・パンクの「Around The World」を入れようと思いついたとき、このタイトル通りの内容にするのもおもしろそうだなと思いました。そこで、世界各国の名曲をカヴァーすることにしたのです。それと同時に、(このアルバムのボーナストラックとして収録されている)レス・バクスターの「Voodoo Dreams」のリミックスを手掛けていた私は、いろいろとリサーチをしていました。そこで、彼が『'Round The World With Lex Baxter』というアルバムを出している事実に辿り着きました。そこで2つのパズルのピースがハマり、このテーマが生まれたのです」

彼は手にしていたキューバ産の葉巻を美味しそうにひと吸いしてから(ここも妄想)、話をこう続けます。

「全体的には、前回のアルバムと比べて、クリーンなサウンドで70年代のポップ/イージーリスニングなテイストを入れて、ピュアな“ラティーノ”感覚を採り入れたいと思っていました」

じゃあ、もうひとつ質問。セニョール・ココナッツのカヴァーセンスって独特なものがあるけど、その選曲の基準って?

「セニョール・ココナッツのプロジェクトに関しては特に、多くのアイディアがさまざまな人々からもたらされてきたんです。友だちであったり、ミュージシャンであったり、ファンであったり、レコード・レーベルであったり。それはまるで、誰もがそれぞれの頭の中で鳴っているセニョール・ココナッツのサウンドがあるかのようです。それらのアイデアが私の音楽のセレクションとミックスされたのです。私のセレクションは、公の場所で耳にした音楽に影響を受けています。例えばスーパーマーケットや空港、エレベーターといった場所に流れていた音楽。楽曲選択における主な基準は、その曲がココナッツの“ドレス”をまとったときに意味をなすのかという点、そして私の頭の中でカヴァー・ヴァージョンが浮かんでくるかという点です」

彼が言う「ココナッツの“ドレス”」がどんなデザインなのか気になるところだけど、きっと見たこともない斬新なものであることは間違いなさそう。『アラウンド・ザ・ワールド』は、プリンスやダフト・パンクが世界に一着しかないドレスをまとって、今までに見たことのない装いでステップを踏む最高にユニークなアルバム。そして、その輪の中心ではダンディーな佇まいのココナッツおじさんが自慢げにヒゲを撫でつけているのでした。じゃあ最後に、このアルバムで“空想の世界旅行”をするリスナーに向けて一言。

「現実世界であっても、またイマジネーションの中で旅する場合であっても、興味深いのはあなた自身を発見することです。私はそれが旅自体を意味していると思います」

では、搭乗時間に乗り遅れないように気をつけて!

インタビュー&文●大石始
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