| ──まずは最新作『踊る太陽』、これはどんな内容なのでしょう?
田島貴男(以下、田島): これまでの作品のなかで一番甘酸っぱい内容になったかなと。精いっぱいやれることはやった。音楽を作ったというよりむしろ、自分がこの1年やりたくてしょうがなかったことをすべてここで表現できたって感じ。
──と言うことは、かなりストイックにご自身のやりたいこと(音楽)と対峙して作った1枚だと?
 |
※インタヴュー【映像版】もお届け! 上の画像を
|
田島: そうではないんですよ。ストイックってのは、欲が少ないってイメージがするんですよね。ボクサーってストイックってよく言われるんですけど、そんなことはなくて勝ちたいって欲は誰よりも強い。実は、何か新しい世界に踏み出したくて去年の2月からボクシングを始めたんです。それまではボクシングって同じくストイックな世界だと想像してた。でも、だんだん触れていくうちに、強い人であればあるほど礼儀正しくてどんな人にも優しく接している。なぜかっていうと、そういう人は闘うことの本当の意味、痛みを知っているから。勝ちたい欲望が強いから、ある意味で自分に対して厳しくなれるんですね。それが結果的にストイックに人には映るのだと思います。
──なるほど。ボクシングを始めて、いろいろと心境の変化があったんですね。それが、このアルバムに今までのオリジナル・ラヴにない、ロックンロールな情熱を感じさせるのですね。
田島: 僕なりのロックンロールの解釈を入れてるつもり。もともとデビュー前から、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーみたいな音をやりたい気持ちはあって。1stではそういう要素も入ていたんだけど、2nd以降は、取り入れてなかったんです。でも今回久々にそういう音をやってみよう、と。それでプレスリーは去年よく聴いていたいました。あのシンプルなんだけど、どこか涙が出てきそうなせつない50年代のロックンロール。そういうものを表現してみたかったんですよ。手法とかテクニックなどのルールにとらわれることなく。そのほうが、きっと多くの人に伝わるはずだから。文章がうまい、唄がうまい、ただそれだけでは人を感動させられないと思うんですよ。どんな下手なものでも、中に”何か”が注入されたときに人の心を動かす。その”何か”って言葉にできないものなんですけど。いい作品ってのはそういうものだと思うんです。今回は、”何か”を全力で表現してみようと思ったんです。だから体ごと作曲したような感じでしたね。
──では、このアルバムは不変のロックを表現してみたと?
田島: 不変ではなく、普遍のロック。結果的にそうなればいいんですけど。とにかくいろんな人に聴いてもらいたいですね。
──さて。今回はゲストミュージシャンが多数参加されてますね。とくに作詞陣は、松本隆氏、松井五郎氏といった大物作詞家から、町田康氏、友部正人氏と錚々たる顔ぶれで。
田島: 確かに。言葉に関しては、第一級の人ばかり。そういったなかで肩を並べて歌詞を書きました。胸を借りるつもりで書いてみましたね。もうカッコつけていられないんですよ。素直になって気持ちを表現しなければ、対等に渡り合えない。でも、作品のよさって、技巧のウマさではないからね。ソウルの有無にあるんですよ。それがあれば、どんなにテクニックがなくても心に伝わると思いますね。
──またニューヨークにもレコーディングに行かれたそうで。驚いたことにこれが初めての海外レコーディングだそうで?
田島: これまでは、気の合う人とセッションを重ねながら音を作っていったほうが効率がいい、と思っていたので。でも今回は自分が今までやったことのないものに一歩足を踏み入れようと思っていましたので。歌詞を考えにニューヨークに行くついでに、レコーディングをしてしまえ、と。
──その結果、日本人としてのアイデンティティを再認識したのでは? 収録曲「のすたるぢや」の邦楽的なサウンドを聴いて、そう思いました。
田島: そうですね。確かに邦楽のよさを再発見できたところもあります。
──今回、いろいろとお話を聞かせていただき、感じたことが。きっと田島さんは、『踊る太陽』というアルバムを通じて、自らの魂の解放を試みたのではないのでしょうか?
田島: 魂をいかに解放するかがテーマでしたね。でも解放って口で言うのは簡単だけど、実際に表現するのって相当難しい。岡本かの子さんの著作に「小説を書くことは、銀座の街の真ん中を素っ裸で大の字になって寝ることよ」というフレーズがあって、まさにその通りだと思うんです。僕もとりあえず、ジムへ行ったりして全力で仕事をしましたけれど。今回はいろいろバタバタしたこともあって、甘酸っぱい、ほろ苦い、ロックンロールアルバムになったんじゃないかなと思うんだけど。
取材・文●松永尚久
|