――今作のレコーディングにあたっては、プレッシャーも相当なものだったんじゃないかと察するんですが。
David:
正直なところ、デビュー作があそこまで売れることになるとは思ってもみなかったからね。ただ、とにかく今回は、自分たちがいかに満足できるものを作りあげるか、そこだけに集中してやってきたんだ。そして結果、今の自分たちに作り得る最上級のものができたと確信してる。俺たちはこのアルバムで、本当の意味でワールドワイドになりたかった。俺たちの音楽とメッセージを、世界じゅう至るところまで広く届けたいんだよ。DISTURBEDの音楽には、その必然があると自負してるからね。
――そこまで言い切れるのは、楽曲に自信があるだけじゃなくて、そこに込められたメッセージの重要性を自覚してるから?
David:
ああ。この作品は、従来以上に幅広い層から注目を受けるべき性質のものだと思う。楽曲的には“過激なほどにメロディック”とでも言うべきかな。元来、俺たちの音楽にはそうした側面があったが、より広い意味でのダイナミックスが出てきたと思う。しかもそこに、ハミングしたくなるような気安さをも兼ね備えながらね。メッセージ性について言えば、アルバムに収められた全曲が、各々異なった次元で“信じる”ということについて関連づけられた内容になってるんだ。
――『BELIEVE』というアルバム・タイトルは、つまり作詞面でのコンセプトでもあったわけですね?
David:
そう。自分自身、神、超自然的な現象、人類の迎えるべき未来、儀式……。そうしたものにまつわる“信じる”という行為だとかその動機といったものが発想の根源になってるんだ。個人的には祖父が最近亡くなったことにも影響されたし、昨年の9月11日にまつわる記憶も無関係じゃない。が、そういった過去の経験ばかりじゃなく、“成功”というものによってもたらされたこのバンドの新しい局面だとか、新しいヴィジョンといったものも作品に反映させたかった。今の俺たちのモノの見方は、必ずしも『SICKNESS』制作当時と同一ではないからね。この作品が目的とするのは、つまり、人々に対して“信じられるべき何か”を提示すること。それを儀式的に提示するのがDISTURBEDのメタル・ショウというわけだ。
――メタル・ショウ? あなた自身はDISTURBEDの音楽をメタルと解釈してるんですか?
David:
俺はメタルの“ヒーリング・パワー”を信じてる人間だからね。これほどエモーショナルで、魂に直結する音楽は他に存在しない。悪魔をも追い払うようなポジティヴな効力がメタルにはあるんだ。DISTURBEDはピュア・メタルさ。べつに何と呼んでくれても構わないが、俺たち自身はそう自覚してる。
――Ozzy Osbourneがあなた方を“メタルの未来”と形容したことがありましたよね。
David:
あれは光栄なことだった。俺たちが欲しているのはまさにBlack Sabbathが持っていたようなメタル然とした格式だからね。ものごとをシリアスにとらえずにステージ上で馬鹿者を演じるじゃなく、威厳をもって演奏する。威厳あるアーティストは常に人々にとって脅威であり続けてきた。そういった伝統に則ったバンド、品格と誠意の伴なった存在でありたいんだ。女の子がどうの、チェリーパイがどうの……そんなことを歌うバンドではありたくないのさ。
――確かにあなたがそういうことを歌うのは想像しづらいですけど。
David:
俺もそう思う(笑)。キャラクター的にコワモテに見られがちなことも自覚してるさ。ただ、何事も第一印象でものごとを判断しようとするのは人間の悪い癖だ。誰でも通りすがりの俺を見かければ嫌な顔をするだろうし、少なくとも俺をマトモに知的な会話のできる相手だと見はしないだろう。逆に考えれば、そんな俺たちがよくもまあ大衆に受け入れられたもんだとも思うがね(笑)。
――成功によってもたらされたいちばん重要なものというと、何です?
David:
ツアーを続ける自由、だな。敢えて考えるまでもなく、それがいちばん重要なことだ。俺たちはそれをやるために生きてると言っても過言じゃないし、まさにライヴ中毒状態なんだ。だからこそ日本でも、1日も早く“ホンモノのDISTURBEDのショウ”を実現させたいと思ってるよ。
――次回のツアーは、かなり規模の大きな、ショウアップされたものになるんでしょうか?
David:
いや、過剰にショウアップすることは考えてない。音楽そのものにモノを言わせるつもりだ。俺たちのライヴは、ステージ・セットやレーザー・ショウを観てもらうためのものじゃないからね。そうあるべきだって俺たちは“信じてる”から。
