「M-SPOT」Vol.047「Vシンガー稀羽すうの楽曲から、バーチャルアーティストの可能性・特異性を考える」

2025.12.23 20:00

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ネット環境と配信環境の充実から、Vシンガーの存在感が日に日に増してきている昨今だ。音楽そのものはサブスクサービスによってグローバルな訴求を見せる時代となったが、我々エンドユーザーがいろんな音楽に触れる最大のきっかけは、今もなおSNSや動画配信といった情報インフラの中になる。

そしてその情報インフラそのものの中に活動拠点をおいているのがVシンガーたちだ。中にはゲーム配信や雑談をも含むトークにも、YouTuberとしてアイデンティティを強く持っているアーティストも少なくない。

バーチャルアーティストと、一般的なミュージシャン/アーティストとの決定的な違いはどこにあるのか。話を繰り広げるコメンテーターはTuneCore Japanの堀巧馬と野邊拓実、菅江美津穂、そして進行役はいつも通り烏丸哲也(BARKS)である。

   ◆   ◆   ◆

菅江美津穂(TuneCore Japan):私、日常的によく聴くVシンガーってほとんどなかったんですけど、稀羽すうの「Starry night」は「この曲いいな」って思ったんですね。学生の時によく聴いていた一十三十一のようなシティポップっぽい懐かしさも感じて、「Vシンガーって、もうシティポップな感じなんだ。Vシンガー経由でシティポップが響いている」っていう新鮮な発見があったんです。Vシンガーのグローバルな広がりと同時に、日本味のあるシティポップも広がっているという。

──ネットと音楽ツールの進化によって、日本発のポップス文化の輸出形態も「音源」や「ライブ活動」が主ではなく、VTuberやYouTuberの活動に乗って拡散される時代になったということかもしれません。

菅江美津穂(TuneCore Japan):確かにその観点かもしれないですね。ゲーム配信の中の楽曲が1番聴かれたりしますから、本当に新しい音楽の聴き方が広がってるなって思います。

野邊拓実(TuneCore Japan):海外に行かずとも音楽活動ができる時代になったので、世界から日本に触れるところって逆にインターネットぐらいでしかなくなったという側面もある。逆にVシンガーってインターネット上の最適解ですから、例えばそこにシティポップを掛け合わせるというのは、本当に日本的なものですよね。意識的にやってるのか無意識なのかは分からないですけど、世界からみた日本の良さみたいなところがきちんと詰め込められて機能している点は素晴らしいですね。

──確かに日本から生まれたムーブメントの掛け算は魅力的で、グルーバル視点でも勝算が高い気がする。

野邊拓実(TuneCore Japan):このシティポップっぽさというのは、休符主体のグルーブを作るベースと上物で鳴ってるチャイムっぽく聞こえるようなエレピの音色から感じますよね。でもパッと聴きでシティポップだと思わせない要素に、シンセサイザーの役割があるなと思います。EDMで使われていたようなパッドシンセを使っていたり、フィルターでハイ(高域)を削ったリードシンセのようなシティポップでは使われなかった要素が掛け合わせていますね。このサウンドが、だつりょく系Vtuberの稀羽すうの脱力感にも繋がっている気がします。

──脱力系というキャラクターを表すサウンドメイクですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):きちんとコンセプトがあって、それに沿った楽曲が表現できているのがいいですよね。一聴ではリズムカルで「脱力じゃないやん」って思うんですけど、聴いているとだんだん「脱力かも」って思えてくる。

──確かにもっと立ち上がりの速い音色にすれば、クールでおしゃれな都会感…いわゆるシティポップ感が全面に出ますけど、そうはなっていませんね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そこら辺のバランス感覚がすごくいいなと思いました。お洒落さもありつつも、ちょっと都会の喧騒から離れたような夜空感が出ている感じがして。

菅江美津穂(TuneCore Japan):確かに、この曲が収録されているアルバム『Dive iN』を調べると、夜のドライブをコンセプトにしているって書かれていますよ。

野邊拓実(TuneCore Japan):本当ですか。コンセプトにちゃんと沿っていて、かなりしっかり作られていますね。

──途中で、いなたいギターソロが飛び出してくるのはどう捉えますか?「ここでマイケル・ランドウ来る?(笑)」みたいなセンスって、今の時代を生きるVシンガー女子のセンスじゃないですよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そこは僕も渋いなって思いました。それまでの「Starry night」感のある雰囲気から、いきなり生々しいギターソロが入っていたので「ん?」って思いました。ずっと同じテンションで続けることが正義なわけでもないので、起伏を作るという意味では良いんですけど、イメージが変わりますよね。

──ここが面白いと思うんです。聴く人の音楽的背景や世代によって印象や評価ががらっと変わるポイントなので。僕みたいな1970~1990年代洋楽に身を染めた人間には、LAスタジオミュージシャン系ギタープレイを想起する気恥ずかしさと同時に、1周して「良き」と評価したりする。でも今の時代の若年層には初めて聴いた質感で、全く引っかかりもしない人、違和感を感じる人、これ何?ギター?いいかも…って思う人もいるかもしれない。稀羽すうファンに対して、このギターソロを当てていくセンスは注目すべきかなと。

野邊拓実(TuneCore Japan):確かに予備知識も何もない世代からすると、なんか新鮮に聴こえるかもしれないですね。

菅江美津穂(TuneCore Japan):私は、ギターソロに関してそんなマニアックに考えたこともなかったから、世代によって捉え方が違う面白さと、ゲーム配信で聞いて「いい曲だな」って思う部分と全然違う捉えられ方があることにも面白さを感じました。

野邊拓実(TuneCore Japan):ポイントは人によって違いますからね。例えばEDMで育った人は、「Starry night」を聴いてまず最初にキック(バスドラ)の音色に興味を持つかもしれないし。

──どういう意図と価値観を持って2サビ後にギターソロのパートを入れることにしたのか、興味深いなあ。

野邊拓実(TuneCore Japan):自然に考えたらエレピソロとか、もうちょっと綺麗なピアノソロの方が「Starry night」感を演出できるよね、ってなりそうですからね。

──そこ。

菅江美津穂(TuneCore Japan):「ギターソロを絶対に入れたい、弾きたいぞ」みたいな人が背後にいるっていう可能性もあるんですか?

野邊拓実(TuneCore Japan):いや、あるんじゃないですか?楽曲のプロデューサーとかアレンジャーがギタリストだったりするとか。

──バッキングでは、サビになって初めて16分音符で刻むギターが出てくる程度なので、満を持してギターが前面に登場してくるというこだわりかもしれませんね。そもそも稀羽すうという方は、プロフィールに「得意なことは妄想(解像度高め)」と書いてあるので、楽曲の世界観を解像度高く組み上げて「こういうギターソロを入れたい」という本人の意思なのかもしれない。

菅江美津穂(TuneCore Japan):本人の意見だったら面白い。何歳でどんな人かめっちゃ気になってくる(笑)。

稀羽すう

堀巧馬(TuneCore Japan):気になって稀羽すうの他の楽曲も聴いてみたんですけど、曲調はまたぜんぜん違うんですよね。プロデューサーと稀羽すうの両輪で制作されていると思うんですけど、Vシンガーというバーチャルアーティストの魅力を最大化させるプロデュースワークと、それに応える役目を担っているのが稀羽すうという形だと思うんです。

野邊拓実(TuneCore Japan):アルバムの中でも、楽曲のコンポーズは全部違うみたいですね。

堀巧馬(TuneCore Japan):そう。だから普通のアーティストがジャンルをまたがって雑多な曲調に手を出すと散漫になって何をしたいのかわからなくなるという弊害を起こすと思うんですけど、YouTubeに主戦場があるVシンガーだからこそ、様々なクリエーターと共に様々な音楽で世界観を作っていけるんだと思いました。多分、音楽に対するアプローチの仕方が全然違うんでしょうね。

──ゲーム実況やおしゃべり、歌という各領域ごとにコンポーザーと切磋琢磨していくのは、バーチャルアーティストとして正しい姿かもしれません。

野邊拓実(TuneCore Japan):多様性に対応しているというか、ひとつの曲でも我々4人が別々の印象や感想を持ったように、「だつりょく系」という言葉にも人によって受け取るイメージも違うと思うんですよね。それをいろんなコンポーザーが関わることによって、あらゆる脱力に対応していくことも可能になる、みたいな。

──「あらゆる脱力」って言葉、初めて聞いた(笑)。

野邊拓実(TuneCore Japan):ちょっと矛盾するんですけど「だつりょくに対してすごい積極的」という。

菅江美津穂(TuneCore Japan):面白い(笑)。確かに。

堀巧馬(TuneCore Japan):この闘い方ってバーチャルシンガーしかできないよね。普通のアーティストであれば、良くも悪くもひとつの理想像に帰結していくけど、Vシンガーはバリエーションが広ければそれだけキャパシティの広さや表現の幅の広さを武器にできる。自分の引き出しにない楽曲と出会っても、「これって自分らしく表現するためにはどうすりゃいいんだろう」という思考回路になれる。

菅江美津穂(TuneCore Japan):確かに、プロジェクトとしてみんなで作り上げるからこそできるかもしれないですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):逆に言うと、だからこそめちゃくちゃしっかりしたコンセプトが必要で、じゃないとノンポリシーのただのバラバラなものになっちゃう。コンセプトを持ってそれを実現するモチベーションがあるからこそ、いろんなことをやってもひとつの芯が通ったものとして成立する。

──「だつりょく系」というコンセプトがいいですね。

堀巧馬(TuneCore Japan):そうですね。脱力にもいろんな種類があるよね。サイケデリックとかも脱力だし。

野邊拓実(TuneCore Japan):確かに。アンビエントチルみたいなものも脱力の形のひとつだと思いますし、人によってはクラシックも脱力のひとつかもしれない。

──ブルースもね。

菅江美津穂(TuneCore Japan):脱力って、色んなところにありますね。

堀巧馬(TuneCore Japan):状況にもよりますよね。お酒飲みながら聴いている起伏のない4つ打ちも結構脱力ですよ。

菅江美津穂(TuneCore Japan):ラップも脱力になりうる。

──だつりょく系、最強ですね。Vシンガーの果てなき可能性を感じた回となりました。ありがとうございました。

稀羽すう

Re:AcT所属。だつりょく系Vsinger稀羽すう。絵本の中から現世に降り立ったみにくいあひるの子。現在は歌を中心に活動中。その他にリスナーもいっしょにだつりょくできるような配信も行っている。好きなものは美味しいモノ。得意なことは妄想(解像度高め)。『歌って喋れるおしゃれお姉さん』をめざしてメキメキがんばっているので応援してあげてください。
https://www.tunecore.co.jp/artists/Suu_Usuwa

協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.

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