言ってみれば、会員限定のファン・クラブのような。あるいは、パスワードを持っている者だけが立ち入りできる秘密結社のような。入会の条件は、イギリスやフランス仕込みの粋なウィットが分かること。そして、音楽以外にも映画や洋服やフットボールが大好きなこと。
それがフリッパーズ・ギターを解散したばかりの小山田圭吾も運営に関わるトラットリアというレーベルだった。
スタートは'92年6月。小山田らが大好きだった'80年代のイギリスを代表するインディ・レーベル、チェリーレッドやelでA&Rをしていたマイク・オールウェイの全面協力を得て、“分かる人には分かる”憎いチョイスで自由気ままにリリースし始める。その第一弾となったのはサッカーをモチーフにしたユニークなオムニバス『BEND IT!』(menu3)。後のラウンジ・ブームを予見していたようなこのオイムニバス以降は、ヴィーナス・ペーター、カジヒデキが在籍したブリッジ、コーデュロイなど洋邦織り混ぜたセレクトで時代をシニカルに切り開いていく。
英米の音楽シーンとリンクしながらも、その趣味性強い“痒いところに手が届く”姿勢を貫くトラットリアの存在は、過去に数多く存在した日本のインディー・レーベルのどれとも異なるものだった。
そして、'93年9月、ついに小山田圭吾によるコーネリアスが1stシングル「The Sun Is My Enemy/太陽は僕の敵」(menu21)をリリース。トラットリアはいよいよ勢いづいていく。
初期から作品の中にリリース作品のカタログを封入するなどかつてのelを意識したような可愛いパッケージでコレクタブルなファン心理をくすぐってきたが、じきにTシャツやアナログ盤など関連グッズも制作。また、ブライアン・オーガーやフリー・デザインといった洋楽名盤、アップルズ・イン・ステレオやパパス・フリータスなどアメリカのインディ・バンドや想い出波止場、OOIOOといったボアダムズ周辺のアーティストなどを積極的にリリースするなどその振れ幅はどんどん大きくなっていった。
しかしながら、発売されたばかりの3枚組コンピレーション『ANCHOR』を最後に10年の歴史にとうとう幕をおろす。アーティスト同士の交流が密であることが大きな特徴だっただけに一抹の淋しさは否めないし、作品としてその全てが素晴らしかったとは言えなくもないけれど、日本において“レーベル買い”させる稀有なレーベルの1つとして'90年代をかけぬけていったこのトラットリアが、フェイクと遊び心をモットーにまたどこかで形を変えて復活することを楽しみにしていたい。
文●岡村詩野