【インタビュー】INABA/SALAS、5年ぶり3rdアルバムに果てない追求心と豊かな遊び心「互いの個性を融合させたい」

B'zの稲葉浩志とギタリストのスティーヴィー・サラスによるINABA/SALASが2月26日、5年ぶり3rdアルバム『ATOMIC CHIHUAHUA』をリリースした。“ATOMIC”は“原子”や“不可分”、スラングで“力強い”を意味する言葉であり、“CHIHUAHUA”はメキシコのチワワ地域が原産の最も小さな犬種を表すものだ。「INABA/SALASはどんなことも笑い飛ばせるバカバカしさを持っている。だって、今回もチワワの写真がアルバムジャケットになっちゃうんだよ(笑)」とはスティーヴィー・サラスの言葉だが、ユニークで心躍らせるアイデアの数々と、細部まで綿密に作り込まれた奥深いサウンドは、個々が持つ高い技量と高次元のケミストリー、そしてなによりも楽しむことを忘れない二人ならではのものだ。
◆INABA/SALAS 画像 / 動画
互いの作品への参加など以前から親交を深めていた二人は、2017年に1stアルバム『CHUBBY GROOVE』を発表、2020年に2ndアルバム『Maximum Huavo』をリリースし、音楽の国境を軽々と超えた独自のセンスと膨大なエネルギーを放ち続けてきた。しかし、2020年に行われる予定だったツアーが予期せぬパンデミックの影響で全公演中止に。それから5年。本来は「まず中止になったツアーをもう一度」という想いから、8年ぶりツアーの実現へ向けてアクションを起こし始めた二人にとって、アルバム制作は想定を超えた成果となったという。加えて、「自分を見つめ直した」というコロナ禍の影響が、二人の制作意欲に火を点けていたことも間違いないようだ。
BARKSではINABA/SALASにアルバム『ATOMIC CHIHUAHUA』収録全7曲のサウンド&ヴィジョンを徹底解説してもらうと同時に、極上のグルーヴが生み出される理由について語ってもらった。三度目となるBARKS取材は、終始笑いの絶えない、しかし音楽に対する真摯な姿勢が改めて伝わるロングインタビューとなった。B'zやソロ活動にも精力的な稲葉浩志と、文字通り世界を飛び回るスティーヴィー・サラスが描いたINABA/SALASのグルーヴはいつも最高だ。

◆ ◆ ◆
■'80年代サウンドを念頭に置いている
■それがINABA/SALASの独特な感じに
──まずは、このタイミングで3rdアルバムを制作した経緯からうかがいたいのですが。
稲葉:もともとは2020年に予定していた全国ツアー(the First of the Last Big Tours 2020)がコロナの影響で全公演中止になってしまって。二人のスケジュールが合うタイミングで再びツアーをやろうという話はずっとしていたんです。でもなかなかそれが実現できなかったんですが、このタイミングでスケジュールの調整ができて、ツアーができることになったのが発端。当初は、中止になったツアーの振替的なニュアンスだったんですが、せっかくツアーができるなら1曲くらい新曲を作ろうかという話をしまして。打ち合わせをして、曲の構想を話し合うところからスタートしたんです。そうしたらスティーヴィーが曲の断片をいっぱい送ってくれたんですよ。それを聴いてみると、どれもカッコいい。であれば、その断片をもとに曲を作ろうよということで、どんどん曲数も増えていって。結果、自然発生的にアルバム制作ということになったという流れですね。
サラス:すごく若い頃から俺はそうなんだけど、曲のアイデアが浮かぶとすぐレコーダーに録っておくようにしているんだ。かなりラフで断片的なものなんだけど、ギターを弾いたり口ずさんだりして。たとえば、ブーツィー・コリンズやバリー・マイルズとまたハードウェアの新しいアルバムを作るならとか、スティーヴン・タイラーに歌ってもらうならという感じでね。KOSHI (稲葉浩志)とは昔から一緒に曲作りをしている仲で、彼の声質やどういうサウンドが合うかは分かっているから、“これはKOSHIに合うな”、“これもKOSHIに合うな”、“これも”、“これも”…という感じ(笑)。それで今回、新曲を作ろうということになったので、ずっとストックしていたアイデアからいくつかピックアップしてKOSHIに聴いてもらったら、「どれもいいね」と言ってくれたんだよ。
稲葉:いや、本当にいい曲が揃っていたからね。ただ、レコーディングとなるとスティーヴィーに日本へ来てもらうんですけど、もともとは1曲だけを録るためのスケジュールだったわけですよ。なのに6曲も7曲もできちゃったから時間がなくて(笑)。「これ、全部できないんじゃないか?」と言いながら、ずっと作業していましたね。
──1曲だけで収まらなかったことはもちろん、時間がないなかで上質なアルバムが完成したのは、二人の呼吸が合っているからこそでしょうね。
サラス:アイデアは本当にたくさんあったからね。これまでも「AISHI-AISARE」(2017年発表『CHUBBY GROOVE』収録)とか、今回のアルバム『ATOMIC CHIHUAHUA』収録曲で言えば「DRIFT」とか、“これはINABA/SALASには少し違うかもしれないな”と仮に思ったとしても、KOSHIに聴いてもらうと「いいね!やろうよ」と言ってくれるんだ。そんなふうに、時々は自分たちが慣れ親しんだ枠からはみ出した曲をやっていくのも、僕らにとっては楽しみのひとつなんだよね。
稲葉:僕が最初に「DRIFT」のデモを聴いた時、もっとガチなR&Bみたいな曲だったんですよ。僕からは絶対に出てこないタイプの曲だし、彼が作るファンキーなリフも、あまり他では聴くことができないものばかりで。そうすると全部面白いなと思ってしまう。どうしてもこのリフで曲を完成させたいという気持ちになる。実際に作業を始めると、結構大変ではあるんですけど(笑)。
──INABA/SALASをお二人が楽しまれていることがよく分かるエピソードです。INABA/SALASの楽曲のメロディーは、稲葉さんが作られているのでしょうか?
稲葉:基本的にスティーヴィーが考えることのほうが多いかな。歌詞は僕が書くのでメロディーをアレンジしたり、アイデアを出し合って良いほうを選んでいったりすることもありますけど。スティーヴィーがしっかりとした構想のもとにデモを作ってくるので、そこから共同作業でいじり倒していくという感じです。
──相手のパートはお任せではなくて、一緒に音楽を作っているわけですね。
稲葉:スティーヴィーは僕のことを尊重してくれるんです。とにかく笑ってしまうようなものも、シリアスなものも含めて、お互いの中から出てきたアイデアは全部楽曲に投影しています。デモで使っているトラックとかでも、スティーヴィーはそれが良ければそのまま使うんですよ。仮という概念があまり存在しない。すごく柔軟に楽しみながらいつも二人で音楽を作っています。
──理想的ですね。『ATOMIC CHIHUAHUA』は楽曲に統一感を持たせた上で、様々な表情を見せていることが印象的ですが、今作の中で特に印象深い曲を挙げるとしたら?
稲葉:先行配信曲「EVERYWHERE」はすごく気に入っています。仮歌の段階から結構スムーズだったし、自分が持っていた歌詞のアイデアもハマりそうだなという感じで。この曲は完成形が見えるのが早かったですね。
──日本人ならではの繊細さやウェットな感触と、サラスさんのアメリカ人ならではのドライな感触が、絶妙に混ざり合っていることがINABA/SALASの特色で、「EVERYWHERE」はそれが色濃く出ている印象を受けました。
稲葉:そうかもしれないですね、ただ別の解釈もあるんですよ。スティーヴィーは古いブリティッシュロックも好きだから、実は結構ウェットな感じを持っているんです。INABA/SALASはシンセベースも多用したりとか、わりと'80年代サウンドを念頭に置いていたりするので、それがINABA/SALASの独特な感じになっている気はしますね。
──たしかにそうですね。「EVERYWHERE」は独自のエモーションに加えて、歌詞がロマンチックです。
稲葉:僕もスティーヴィーのように、歌詞に関する言葉の断片みたいなものをたくさんストックしているんですね。この曲は最初にデモを聴いた時、“EVERYWHERE”という言葉が合いそうだなって浮かんできて。仮歌を入れる時に“EVERYWHERE”みたいな響きの言葉を入れていたんです。そういうふうに降ってきた言葉があったとしても、それが毎回パチッとはまるとは限らないんですが、この曲は曲調と僕がイメージしている詞の内容が合いそうだなと思って、そこから膨らませていきました。
サラス:俺はKOSHIがどんなことを歌っているのか全然分からないんだ、日本語だからね。ただ、「AISHI-AISARE」はSNSですごく人気があって、女の子たちに「どうしてそんなにこの曲が好きなの?」と聞いたら「だって、女心が分かった歌詞だから」と言われて、「マジか!」って思ったよ(笑)。だって俺はロックソングだと思っていたからね(笑)。INABA/SALASには、そういうサプライズな面白さもあるよ。
──女性目線で苦しい恋心を描いている「Burning Love」の歌詞も、アルバムの良いアクセントになっていますね。
稲葉:愛は普遍的なもので、誰も傷つけないものですけど、誰かをものすごく好きになってしまうと、“こんなに自分は愛しているのに…”という感情が湧くことがあると思うんです。「Burning Love」は強い愛で自分が焼け死ぬ、という歌詞なんですが、それを男性目線で描くと少し怖いですよね。女性の方々から引かれるかなと(笑)。男女問わず持っている感情だと思うんですが、女性目線で“こういうこともあるよね”という歌詞にすると受け止めやすいかなという。
──サラスさんも『ATOMIC CHIHUAHUA』の中で特に印象の強い曲を挙げていただけますか?
サラス:それは難しいな…というのも、俺はどんなアルバムであれ、完成させた後、しばらくは聴くことができないんだよ。改めて聴くと、“ここをもっとこうすれば良かった”と必ず思うから。録ったものが間違いなかったとしてもね。INABA/SALASのアルバムもようやく今になって『Maximum Huavo』(2020年発表)を聴けるようになったくらいだから。この間、KOSHIに電話して「この曲すごくいいね!」って言ったばかりだよ(笑)。
稲葉:「めちゃくちゃいいね!」って言ってきた曲が前のアルバム収録曲だったという(笑)。スティーヴィーはレコーディング中、曲を聴き込み過ぎるくらい誰よりも綿密な作業をしているから、マスタリングする頃には自分では判断できないほどで。どんな作品でも毎回聴きたくなくなるみたいです(笑)。ただ、レコーディング中のことは克明に覚えているんですよ。
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