【インタビュー】柴田 淳、透明感ある歌声と武部聡志が手がけた芳醇なサウンドが絡み合う『901号室のおばけ』

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■「これは私なんだけど、なんかこれまでの私じゃないよね?」
■そういうことを感じていたりするしそれがアルバムにも出ていると思う


──そうやって制作されたアルバムタイトルが『901号室のおばけ』なのはなぜなんです?

柴田:これがまたちょっと長くなってしまうんですけど、最初に武部さんに歌詞を見せたときに、「こういうのはどうかな」っていろいろ言ってくださったんです。そう言われることが嬉しくて、私も良い気になって、「どんどんリクエスト言ってください!」と。でも、それを噛み砕いて、その人が納得のいくものに仕上げるということができなかったんですよね。何回かトライしてみたけど、置きに行ってしまうというか、狙ってわざとらしい歌詞になってしまって、自分らしさがなくなっちゃうというか。それで、一応確認はしてもらうんだけど、最終的には自分の歌詞でやらせてもらって。

──なるほど。

柴田:そこからじゃあタイトルをとなったときに、みんなが喜ぶようなもの、みんなが納得するようなものと考えていたら、やっぱり何も浮かばなくて。でも、武部さんが「たとえば『蓮の花が開く時』みたいな、ああいうのとか僕は好きだけど」みたいなことを言ってくださって、なるほどと思って。もうちょっと考えますって出てきたのが、このタイトルなんです。武部さんもスタッフもびっくりしていたんですけど、これで行かせてください!って。

──そこはもう絶対にこれでいこうと。

柴田:やっぱりみんなが納得するものってあまりないじゃないですか。武部さんも「淳ちゃんが気に入っているものが一番いい」と言ってくれて、これにさせてもらったんですけど、このタイトルがアルバムの内容に関連しているかと言ったら、まぁぶっちゃけ関連してないんです(笑)。

──(笑)。どういうところから出てきたんですか?

柴田:実はこの制作中に私は引っ越しをしていまして。マンションからマンションに引っ越したんですけど、集合住宅で起きることっていろいろあるじゃないですか、良いことも悪いことも。住んでいると思っていたら住んでいなかったとか、住んでいないと思っていたら住んでいたとか。いま住んでるところって、元々は倉庫として借りていた部屋だったので、家賃分浮くからいいやと思って引っ越したんですけど、それが昔、幽霊が出た部屋なんですよ。

──いま住まれている部屋に……?

柴田:はい。不思議なことがすごく起きて。それもあって、このタイトルです(笑)。おばけじゃなくて幽霊でもいいんですけど、マンションは大人だけじゃなく子どもも住んでいるし、ここはちょっと可愛らしくおばけにしたのと、創作中の私って本当におばけみたいなんですよ。ボロッボロになってるし(笑)。

──作品そのものというよりは、作った環境であり、作っているご自身の状態から来ていると。

柴田:そうですね。901号室のおばけが作ったアルバムです。あと、別の候補もあったんですけど、ハエトリグモって知ってます? すごい人懐っこくて、かわいいクモがいるんですよ。それがね、アダンソンって言うんです。だから、“アダンソンのともだち”にしようかなとも思って。

──へぇー! かわいいタイトルですね。

柴田:いやいや、笑ってください(笑)。なぜかというと、ひとり暮らしで寂しくて、ペットも飼えないマンションなんですけど、その部屋にクモが一匹現れたんですよ。元々クモは苦手だったんですけど、すごくちっちゃくて、黒と白の縞模様でかっこ良いんです。で、調べたらアダンソン……名前もかっこ良い!って。しかも益虫で、クモの巣を張らなくて害虫を食べてくれるし、懐くと「おいで」って言ったらこっちに来るの! だから“アダンソンのともだち”にしようかなって思ったけど、スタッフから何の反応もなかったから、自分でやめました(笑)。


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──(笑)。『901号室のおばけ』というタイトルなのもあって、一際目を引かれた収録曲が「〇〇ちゃん」でした。冒頭の歌詞からかなり不気味ですし、サウンド的にもかなり恐ろしい雰囲気があって。もはや完全にホラーですよね。

柴田:これは私もアレンジに引っ張られたところはありましたね。なんかもう映画『貞子』みたいな音が出てくるから(笑)。これはまずそのまま聴いてもらって、恐ろしいと思ってもらえたらそれでいいんですけど、テーマとしては2コーラス目にある〈誰かのことが 苛ついた時こそ/鏡になって 教えてくれてるの〉というところで。私も思ったことなんだけど、やっぱイラつく人っているじゃないですか。それは自分で認めたくない自分の嫌な部分を見てるからイラつくんだよって言われたときに、あながち間違ってないかもしれないなって思ったんです。そのことをテーマにしていて。で、1コーラス目は〈めちゃくちゃにしてくれるから/あげたの あの子に〉で終わっているんですけど、この〈あの子〉というのは、実は犬のことなんです。

──犬…………ああ!

柴田:〈可愛い人形〉が愛されずにいる姿って切ないじゃないですか。「抱きしめて!」ってすごい可愛い顔をしてるのに、愛されずにいるその人形ってすごく不憫で。それがまるで自分と重なっちゃったんですよね。それを見たくない。抹消したい。じゃあ犬にあげればめちゃくちゃにしてくれるからあげたっていう歌なんです。

──なるほどなぁ。

柴田:だから、〈握りつぶした 継ぎ接ぎのお腹と/捻り千切った 顔のついた首が/部屋の隅から 私を見ている〉というのは、犬が(口にくわえて)ブンブンブン!って振り回して、バラバラにした人形が床に転がっていて、それがこっち見てるっていう描写なんですよ。「よくもやってくれたわね……」みたいな(笑)。

──そう聞くとちょっとだけ微笑ましい(笑)。柴田さんの声がキレイだから余計に怖く聴こえるんですよね、この曲。

柴田:本当ですか!? はははは(笑)。最初に武部さんにちょっと言われたんですよ。出だしがかなりおどろおどろしいので、「もうちょっとどうにかならない?」って。きっと嫌なんだろうだなぁと思ったんですけど(笑)、そこは突き通させてもらっていて。でも、きっと武部さんもちょっと遊んでいたんだろうなと思うんですけど、ミックスのときに「1コーラス目だけリバーブ取っちゃうのってアリ? リバーブをとったらもっとリアルな気がするんだよね」って(笑)。

■武部さんにはずっとお元気でいてもらわないと困るんです
■なるべくしてなっているんだなぁというのが救急救命士なんですよ(笑)


──より怖くなる方向に進んでいったと(笑)。サウンド面に関してはおまかせしつつも、歌詞は比較的出てきやすかったところもあるんですか?

柴田:それがですね……最初に書いたのが2曲目の「星の朝露」で。どの曲から取り掛かってもよかったんですけど、なぜかこの歌詞を書き始めたんです。そしたらやっぱりろくな歌詞が書けなくて。なんかすごく安っぽいなと思って、最初に書いたけどちょっと寝かせて、最後に録ったんです。あと、キーがちょっと高すぎたのもあって最後にしたんですけど、歌詞の勘を取り戻すのは、曲を作るよりは早かったと思いますね。ただ、曲にしても歌詞にしても、手応えというか、「これだ!」とか「出た!」みたいなものは、なかなかなかったです。難しかった。

──勘が戻ってきた!と思えた瞬間に書けた歌詞というと?

柴田:どれだろう……やっぱり「〇〇ちゃん」かなぁ。「あ、犬を出しちゃおう」って思ったときに、ちょっと快感はありましたね。説明しなきゃ分からないところはあるんですけど、そういうものではなく、自分の中での手応えみたいなものはありました。ただ、最初の〈あの子〉は犬で、最後の〈あの子〉は人形のことを言っているから、同じ〈あの子〉だけど違うものを指しているのはどうなのかという課題は残ったので、まだまだだなぁって思いますね(笑)。

──ひょっとしたらなんですが、実は今もまだ柴田 淳を取り戻している最中だったりします?

柴田:もう全然! 全然その最中ですよ。これは良くも悪くもだなと思ったのが、音楽であればプロデューサーがいて、お芝居なら演出家がいて、私はその指示に従うだけというのは、その人に命を握られているんですよね。やっぱりこのアルバムは、武部さんがいなければ出来上がらなかったアルバムなわけです。そうなると、もし武部さんがいなくなったら、私はどうすればいいのかまた分からなくなってしまうんじゃないかなって。あまりにも依存しているというか、自立してないんです。完全に扶養に入ってる(笑)。

──(笑)。まぁ、確かにそうとも言えますけど。

柴田:武部さんはすごく謙遜なさって、「僕は1から100にしただけで、0から1にしたのは淳ちゃんなんだよ」と言ってくれて、私にも役目があったんだな、私も頑張ったんだなと思わせて頂きましたが、武部さんなくしては存在しないアルバムだから、次は武部さんと一緒じゃなかったときのことを考えると恐ろしくて。またやってくれませんか?ってこっちからはやんわりと言っているし、やんわりとやりたいと言ってもらえているんですけど、今はお互いにこれは社交辞令なのかどうかの探り合いですよ(笑)。それで、ここから武部さんがやっていただけることが恒例になって、お互いに求め合えて、それが続いていけばいいんですけど、武部さんもご高齢になってきましたし、もし引退なされたりしたら、また同じですよ。そこまで考えちゃう。だから武部さんにはずっと元気でいてもらわないと困るんです。でも、これもまたなるべくしてなっているんだなぁというのが、救急救命士なんですよ、私(笑)。

──ははははは! 何かあっても命を救えると(笑)。

柴田:そう! 武部さんには、いつまでもお元気でいてもらわないと困るので。

──今後も楽しみにしてます。お話を聞いていて素敵だなぁと思ったのが、この1枚を作ったことで「自分を取り戻せました」ではなく「いや、まだ全然です」という。

柴田:はははは(笑)。

──世の中そんなにうまくいかないよっていうのを、そこまではっきりおっしゃるのはすごくかっこいいなと思いました。

柴田:いやいやいや、全然です。だから今までの20年間、私はよくやってたなとは思いますね。今はストリーミングだなんだって、CDを買う人が減ってますけど、CDを1枚1枚作っていくごとに、内容が充実してるとCDに重みを感じるんですよ。それがだんだん軽くなっていっていたなって思うんです。コロナ前に出し尽くしてしまって、どうしたらいいかわからない。だけど、またズーン!と重くなったなと思いますね。あと、ジャケット撮影をして、写真の一部がものすごく大人びていたんですよ。私は自分自身がちょっとコンプレックスなので、鏡とかあんまり見ないから、自分がどのぐらい大人になって老いていっているのかあまり感覚がない中で、写真の自分が大人だったんです。で、「超エロい!」と思って、Xに「超エロいの撮れてる」ってアップしたりして。

──はははは(笑)。

柴田:そういう感覚があったし、全曲揃った後に改めて歌詞を振り返ってみたんです。そこで感じたのが、“4年間”の前までは、恋をしたり、結婚どうしようっていろいろ焦ったりとか、年相応の悩みを持っていたし、あなたがいなきゃダメなのとか、すごいひどい男の歌だとか、失恋の情だとか、ドロドロした歌詞がすごく多かった。でも、今は私自身が達観しちゃっていて、恋愛とか結婚とかどうでもよくなっちゃうぐらい、ひとりが楽しいんですよ。そう思えるのもあの地獄の期間があったからかもしれないんですけど、今回はそういう中で書いた恋愛っちゃあ恋愛の歌詞なのもあって、どれも落ち着いてるんですよね。切羽詰まってない。

──ゆとりがあるというか。

柴田:「喫茶店にて」の〈囁くような恋をしている〉という歌詞も、昔だったらこういう書き方は絶対しないし、リアルでも何とか気づいてもらえるように手を替え品を替えやって、でもあなたから電話はかかってこない……みたいな。そういう依存系で、「会えなくて苦しい」というものじゃなく、ほのかな恋でも充分みたいなゆとりというか、余裕ですよね。そういうものを全体的に感じていて。だから写真と同じように、大人になったなぁってちょっと思いますね(笑)。

──「ひとりが楽しい」とおっしゃっていましたが、今作で最初に歌詞を書いた「星の朝露」には、〈私の世界は 私がいるだけでいい〉という一節があって。

柴田:ほんとだ! はははは(笑)。

──どの曲から書いてもよかったけど、この曲から取り掛かったというのは、自然といまの心境が出た感じがしますね。

柴田:そうかもしれないです。あとね、これは言い切ったなと思ったのが、「知恵の輪」という曲で、〈あなたは愛されてる〉って書いてるんですよ。「愛されない……」って愛に飢えていたり、報われない恋愛の歌が多いし、私自身が愛されたいって常に思っている。そんな私が〈あなたは愛されてる〉というフレーズを書くことですら、普通だったら抵抗があるんです。なのに、書いていたんですよ。それもやっぱちょっと大人になったのかなって。やっぱりどこかに愛を感じているから幸せって思えると思うんですよ。誰にそう思われているのかは分からなくても幸せでいられるというのは、どこかしらに絶対に愛があると思うんですよね。だから正直、自分で書いたときにちょっとギョッとしたんです。私、これを書いたんだなぁって。でも、これを出すのはちょっと勇気が必要でしたね。

──柴田 淳を取り戻していく作業をしながらも、いまの新しいご自身も閉じ込められている1枚なのもあって、ここから先がまた楽しみになる作品にもなりましたね。

柴田:日記にも書いたんですけど、過去をちょっと書き直して現代に戻ってきたら、ちょっとだけ何かが変わってたという感覚が、まさにドンピシャなんです。今までの柴田 淳なはずなのに、この4年間のフィルターを通したがゆえに、柴田 淳だけどなんかちょっとだけ違うっていう。私自身、「これは私なんだけど、なんかこれまでの私じゃないよね?」っていうのをちょっと感じていたりするし、それがアルバムにも出ていると思うので、その辺をみなさんにも楽しんでもらえたらなと。柴田 淳らしさは全然あるけど、なんか違うよね?って思ってもらえたらいいですね。

取材・文:山口哲生

リリース情報

NEW ALBUM『901号室のおばけ』

通常盤(CD)


VICTOR ONLINE STORE限定盤(2CD+PhotoBook)

2024年11月20日(水)発売
■通常盤(CD)VICL-66023 ¥3,520(税込)
■VICTOR ONLINE STORE限定盤(2CD+PhotoBook)NZS-986 ¥6,050(税込)
<CD収録曲>全10曲収録
綺麗なままで/星の朝露/〇〇ちゃん/喫茶店にて/誰もいない駅/短くて長い詩/知恵の輪/本当のこと/透明な私/月のあさひへ
<CD封入特典>
■通常盤(初回生産分のみ):スペシャルイベント抽選応募シリアルA封入
■VICTOR ONLINE STORE限定盤:スペシャルイベント抽選応募シリアルB封入

ライブ・イベント情報

<スペシャルイベント概要>
(1)ミニライブ&握手会(抽選200名様ご招待)
※通常盤封入シリアルAとVICTOR ONLINE STORE限定盤封入シリアルBの1セットで1回応募可能
(2)リアルサイン会(抽選200名様ご招待)
※通常盤封入シリアルA、またはVICTOR ONLINE STORE限定盤封入シリアルBいずれか1つで1回応募可能
【開催日】2025年1月25日(土)
【開催場所】東京近郊エリア(ご当選者様へメールでお知らせいたします)※詳しくは商品封入の応募チラシをご確認ください。

ライブ・イベント情報

Billboard Live presents Piano Duo Session
<#7 柴田淳×武部聡志 ~Birthday Special~>
<開催日>2024年11月22日(金)
<会場>ビルボードライブ東京
1stステージ 開場16:30 開演17:30
2ndステージ 開場19:30 開演20:30
(1日2回公演)
<チケット購入>(発売中|先着)
https://www.billboard-live.com/tokyo/show?event_id=ev-20181

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