【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話026「ミュージシャンの承認欲求」
誰しにも多かれ少なかれ承認欲求はあるというけれど、いろんなミュージシャンと会話をしてきた中で、アーティストからはさほど強い承認欲求を感じたことはない。ミュージシャンという道を選ぶ人は、志とプライドと確固たるアイデンティティを持ち、そして何より好きだからというほとばしるパッションで自らの歩むべき人生を突き進んでいる連中だ。そもそも誰に頼まれたわけでもなし。自ら選んだ道であればこそ、その歩む姿を不要なまでに大きく見せる必要もない。ま、そういうことなのだろうと思っていた。
そんななかで、とあるアーティストに取材をしていたとき、承認欲求の話になり、その話を振ってみた。「承認欲求はありますか?」と。そのアーティストはトップギタリストとして輝かしい活動歴を持ち、多方面から多大なるリスペクトを集めるミュージシャンズ・ミュージシャンだ。いまさら承認されてないという事実はないし、そもそも、自分に嘘をつかず自然体のまま音楽を追求するストイックなミュージシャンであるからこそ、想像とは違う意外な答えが返ってきた。
「ミュージシャンの承認欲求は売れることです」と。
勘違いされる前に言っておくけど「お金持ちになりたい」という話ではない。世の中に対し、有名になるということでもない。
彼は、まだまだ健在のご両親と話をすると、「いつまで遊んでいるの」「いい加減ちゃんと仕事をしなさい」とたしなめられるのだという。どれだけトップアーティストのもとでギターを弾いていても、どれだけソロ作品をリリースしていても、どれだけライブ活動を重ねていても、そしてそれがどれだけ業界やファンからのリスペクトを集めていようとも、両親の元にはその事実はひとつも届いていないのだという。「ギターなんか弾いて、音楽でいつまで遊んでいるの」という認識なんだそうだ。
ミュージシャンという職業には役職もない。許認可業務でもなければ、公が認める資格でもない。免許が必要なわけでもない。特に名刺も持ち合わせていない。昭和を生きてきた親世代・祖父母世代にとって、ミュージシャンは趣味の延長にしか映らない…それが大方の認識なのかもしれない。彼いわく、肩身の狭い職業・立場なんだそうだ。
ご両親にとって、「ギターで遊んでいる息子」ではなく「一流の自慢の息子」になるのに必要なことは、「ミュージックステーションに出てタモリにいじってもらうこと」しかないという。それを彼は一言で「売れること」と表現した。
世の中からどれだけリスペクトを集めようと、最も身近な両親に「自分の立ち位置とその存在」を伝えることができないもどかしさと難しさに、彼は苦笑した。自分の身内という極めて身近な範囲で「承認欲求」を感じるという話だった。
ミュージシャンは、音楽に特化した職人だ。ここにもアートとエンターテイメントとのせめぎ合いが見え隠れする。どっちの比率がどうなればどうだという話でもないし、どちらが重要という話でもないが、アートでありながら、皆が楽しめるエンタメであるという側面は、いつもミュージシャンを悩ませ、時には苦悩を生んだりもする。
彼らは、答えのない世界で自らを突き進む職人だ。少なくとも僕らリスナーは、全幅の信頼とリスペクトを払いたい。
文◎BARKS 烏丸哲也
◆【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話まとめ
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