【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話028「AI YOSHIKIから見る、生成AIの今後」
2024年8月1日、YOSHIKIが記者会見を行った中で、AI YOSHIKIの存在が明らかとなった。世界最高峰の技術によって制作されるそのクオリティやレベルの高さに注目が集まっていたような印象を受けたが、本質はそこじゃない。
昔々から無邪気に信じられてきた「機械では絶対に真似できない(補完できない)、人間だからこそのクリエイティビティ」というアート分野に関し、AIがジリジリと触手を伸ばしている現状に対して、AI YOSHIKIのプロジェクトは、アーティスト自らがその真理を突き止めようとする「攻撃」でもあり「防御」でもあり、「理解への道標」でもあり、まだ見ぬ「未来への挑戦」であると理解するのが妥当だと思った。
LAからZoomで繋がったニューヨーク・タイムスの記者から、「AIはアーティストにとってポジティブなことなのか」という質問を受けたYOSHIKIは、「もちろん怖くなくはない」と率直な意見を述べた。
音楽を始めとしたエンターテイメント領域のみならず、AIは猛烈な勢いで様々な分野を開拓し独占し始めている。それが良いことであろうと悪しきことであろうと、この動きを止めることはできないというのが現実だ。YOSHIKIはその事実を受け止め、アーティストがAIとどのようにして共存していくかを考え、実行に移した。その答えのひとつがAI YOSHIKIの開発だ。
自身のAIを作り始めたのは、「アートを作るアーティストという人間側の立場」と、「AIを駆使し新たな産業革命を牽引するテクノロジー側の立場」という両側面の観点をもつ必要があると考えたからと発言している。
YOSHIKIに大きな影響を与えたKISSは2023年に解散し、メンバーがステージに立つという古典的なフィジカルなKISSの活動は終演を迎えたが、同時にアバターKISSの開発が急ピッチで進められている。<ABBA VOYAGE>という「ABBAター」をステージに立たせたヴァーチャル・ショーで世界的から多大なる賛辞を受けたABBAの例を見るまでもなく、これからの時代にこれまでの常識は通用しなくなる。法律も役に立たない。
AIは法整備の隙間において、あらうる問題提起を頻発させる。曲をコピーするのは現在においても著作権法に触れるわけだが、では「声の権利」はどうなのか。ボーカリストAの声でBさんのヒット曲を歌わせることなんて、AIには朝飯前なのだ。これまでアーティストの肉体に紐づき単体では取り出し得なかったものが、パーツとして簡単に生成できるようになる。「声」だけじゃない。「話し方」「考え方」そして「アティチュード」をも含めた「キャラクターそのもの」までも生成するだろう。人間のアイデンティティを、そのままAIは再現してしまうのだ。これは「アーティストの魂を抜く行為」でもあり、「デジタル上でクローン人間」を作り上げる行為にも近い。人間の尊厳に関わるものであり、人格権を激しく侵害する危険なものであるものと考えたほうがいいだろう。
肖像権/パブリシティ権の問題だけではない。「声を使ったフェイクニュースも氾濫するだろう」とYOSHIKIは警鐘を鳴らす。声に限らず映像も同様だ。著名人の肖像が好き勝手に作られいろんなことが起こるだろうとも懸念する。蛇足ながら技術は戦争とエロが加速させると言われるだけあって、アダルト映像では既にとんでもない映像が作られている。エンタメ業界は近い未来、思っている以上にガラッと変わるというのが、現時点でのYOSHIKIの見解だ。音楽ひとつを取ってみても、既にキーワードをいれるだけで音楽がパパッとできてしまう。生成AI時代に、音楽家としてどのように共存していくか、とても長い議論が必要だと語った。
YOSHIKIは、近い未来を見通しながら「倫理観が大事になってくる」とも言った。同時に「AIは僕らの“過去のデータ”からできている」と核心をついた。つまりは「今後、我々がどう生きていくかによって、AIの所作も変わっていくんだろう。どうしていけば良いのか、勉強を重ね、その点でも貢献していきたい」というわけだ。
シンギュラリティはいつ来るのかが、事あるごとに話題になるけれど、その時が来ても我々は気付かないだろう。いや、もしかしたら既に来ているのかもしれない。犬に「相対性理論」を語っても理解してくれないように、シンギュラリティを迎えた人工知能は、もはや我々の理解の外側にある。我々は、その事実にすら気付かされないように生きていると考えるのが賢明であろう。
2023年2月、スタンフォード大学の特別講演にパネルスピーカーとして登壇したとき、YOSHIKIは試しに「YOSHIKIがスタンフォードでスピーチするならどんなことを話す?」とChatGPTに問いてみたという。そこで得た彼の答えはひとつ、「AIに決めてほしくない。決めるのは自分」だったようだ。「我々が主導権を握るのか、それとも自分たちを守るのか」…風向きは分からない。
インターネットが登場し、2000年に音楽メディアとしてBARKSを立ち上げ今に至るまで、私の身の回りでも様々なことが起こってきたけれど、生成AIのインパクトはその比じゃない。桁違いだ。インターネットは世の中の全ての知識を飲み込んだ化け物だけれど、「知識」だけでは何の役にも立たない。「知識」「知見」が積み上げられ練り込まれたことで生まれる「知恵」こそが、人間を人間たらしめているものだけれど、生成AIはその領域に足を踏み入れてくる。
ただ実のところ、私は「知恵」よりももっともっと大切にすべきものがあると思っている。それは「ひらめき」だ。「根拠なき自信」とか「根拠なき見立ては、ただの妄想」と一般的には揶揄され否定されるものだけれど、私はそうは思わない。積み重ねられた「知恵」と「経験」こそが「根拠なきひらめき」をスパークさせると思っているからだ。
これがどういうプログラムなのか、そもそも正しいのかもわからないけれど、奇跡を起こす人間の行動のそこには、いつも「ひらめき」があったのではないかと思っている。そこには「知恵」という下地に隠された見えない根拠がうごめいていたかもしれない。生成AIに立ち向かうために残された人間の数少ない武器が「ひらめき」だとしたら、アーティストのアイデンティティは、まだまだ輝き続けることができる。AI YOSHIKIの誕生だって、きっとひらめきからだったのだろうと思っている。
そもそもビッグバンから生まれた現世なんて、確率でしか存在し得ない量子でできているんだから、「未来を向いているひらめきこそが正義じゃなの?」…なんて楽観視したりしてね。
文◎BARKS 烏丸哲也
◆【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話まとめ
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