【ライブレポート】星野源が幸福な「居場所」で流した涙

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星野源は、嘘臭い感情を表現に張り付けて人の気を引くような、ズルいことはしない。その創作物からはディティールを大切にするきめ細やかな神経を感じるし、なにより、彼はユーモアを手放さない知性を持っている。星野源はそういう人だと、少なくとも、私はそう思っている。そんな彼が、ステージの上で声を詰まらせ、こらえきれずに涙を流していた。正真正銘、本物の涙だった。彼にとって3年ぶりの有観客ライブ、そのステージ上から見えた景色や、久方ぶりに響いてきた大歓声は、それほどに彼の胸を打ったのだろうし、実際、客席にいた私にとっても、この日の空気はとても親密で幸福なものだった。星野の42歳の誕生日でもある1月28日に横浜アリーナで開催された、「YELLOW PASS」限定イベント<Gen Hoshino presents “Reassembly”>でのことである。

28日の横浜アリーナ公演は、大阪と横浜の2カ所で開催されてきた本イベントの最終日にあたる。そもそもは、2020年に初の「YELLOW PASS」限定イベントとして<Gen Hoshino presents “Assembly”>が開催予定だったのだが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、中止に。今年、3年の時を経ての開催となった。通常のワンマンライブとは違いコアなファンばかりが集まるライブということで、イベントは特殊な構成で行われた。最初の約1時間は、長岡亮介(Gt, Cho)、櫻田泰啓(Key, Cho)、武嶋聡(Sax, Flute, Clarinet)、三浦淳悟(Ba, Cho)、玉田豊夢(Dr)というメンバーを迎えたバンド編成によるライブ。そして、上白石萌音に宮野真守、ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)、水谷千重子からのコメントVTRや「YELLOW PASS」登録者からの質問に答えるトークコーナー(MCを映像ディレクターの山岸聖太が、アシスタントを放送作家の寺坂直毅が務めた)を挟み、最後は星野源ファンにはお馴染みのキャラクター「ニセ明」が登場し、ライブを行う。全編通して約3時間に及ぶライブであり、それは、星野源というアーティストの多面的な魅力── 音楽家としての深さもエンターテイナーとしてのサービス精神も、そして、その人間的な魅力も、すべてを余すことなく体感できる濃密な3時間だった。





冒頭のライブは、横浜アリーナの中央に、客席に囲まれるように設置されたステージの上で、星野を含むバンド6人が円を描くようにして並び、行われた。各方角に向けてビジョンが設置されているので、演奏中のメンバーの表情を確認することはできるが、実際には、演奏者6人全員が客席に背中を向けて演奏しているという特殊な配置である。この配置に関して星野は、メンバーの顔が見えることや、観客との距離の近さなどを利点に上げつつ、「真ん中に音楽を立ち昇らせる。お客さんが、僕ら越しに音楽を見る感じになればいい」とMCで語っていた。彼にとって音楽とは永遠に巨大な、理解の範疇を超えた不思議ななにかであり続けているのだろう。ライブは「化物」で始まり、「うちで踊ろう(大晦日)」などの近年の楽曲から普段はあまり演奏されないレア曲まで、全16曲が披露された。ジャズがよく流れる家庭で育ち、「きっと、母親のお腹の中にいる頃からジャズを聴いていたと思う」と語る星野は、コロナ禍に入りギターではなくキーボードでの作曲を始めたことで、それまでギターの作曲では再現することが難しかったニュアンスを獲得することができたという。そこから始まった新たな季節を「第三の音楽人生」と呼び、そのMCのあとに始まった「不思議」は、まさに近年、私たちに鮮烈な驚きを与え続けている「新しい星野源」に生で触れることができた貴重な瞬間だった。そして、冒頭に書いた星野が思わず涙を流したのが、「不思議」の演奏が終わったあとのことだった。横浜アリーナの巨大な会場全体を覆うように響き渡る観客からの大歓声に、彼は「やばい、泣きそうなんだけど!」と、声を詰まらせたのだった。





会場中から溢れる手拍子と共に奏でられた「Continues」や、黄色い照明に彩られた「SUN」などが披露されたあと、「YELLOW PASS」で募ったリクエストをもとに選曲されたという「ある車掌」と「日常」の2曲が、「昔に作った曲だけど、いま聴くと、違う響き方があるんじゃないかと思う」という星野の紹介のもとに披露された。同じ曲、同じ歌詞が、時代によって、その響き方の印象や意味合いを変えながら奏でられ続けるという、星野の音楽が抱く普遍的な力強さを体感できる瞬間だった。この2曲の演奏後、「こんなに長く歌うようになるとは思わなかったし、長くこういう場所に立てることは本当にありがたいなと思います」と自らの音楽家としての轍を振り返り、感謝を伝えながら、「長く活動を続けていると、ご褒美みたいな瞬間があって……」と星野は語り続ける。

「もともと好きだった『SPY&FAMILY』という漫画があって、そのアニメの主題歌として書いた曲ですが、僕個人のいろんなメッセージも入っていて。この曲に対して、いまでもYouTubeでは世界中の言語でメッセージや感想が毎日、書き込まれていて、本当にありがたいなと思います。国も文化も違う人に、自分の思いは伝わるんだなって」。そう語ったあとに演奏されたのは、もちろん、「喜劇」。<争い合って 壊れかかった/このお茶目な星で/生まれ落ちた日から よそ者>と歌い出されるこの曲は、いまこの世界で生まれ続ける悲しみと、ひとりの個人が生きることの悲しみを前提としながら、それでも、笑い合って生きようとする人と人の生に、そして星野自身の生に、祝福を投げかけるような1曲である。この曲が世界中で響き渡ったことは、星野の音楽人生において、とても大きな出来事だったのだろう。







星野「最後の曲です」、観客「えー!!」という、星野曰く「熟年夫婦のような」やり取りが再びできることに喜びを噛み締めつつ、ラストの「Hello Song」が壮大に、あたたかく響き渡り、最初のライブは終わった。その後、前述したようにトークとVTRコメントで会場が笑いに満たされた。トークコーナーでは、「作曲を始めたいが、なにから始めればいいかわからない」という「YELLOW PASS」会員からの質問も投げかけられたのだが、それに対して星野が、人前で発表することの恥ずかしさや、パートの取り合いから生まれてしまう社会性など、日本の学校教育における音楽の在り方に触れながら、「そもそも音楽を始めるハードルが高いよね。そこを変えたい……と、思っています」と語った場面が個人的には印象的だった。「学校で生徒にiPadを渡して、学校のなかでなんでもいいから録った音をループさせてビートを作るところから始めたうえで、他の音楽に触れてみると、理解度が高まるかもしれない」というアイディアを星野が提言していたことは、是非、いろんな人に知ってもらいたい。

そして、イベントは最後の砦、「ニセ明」のライブへ。ニセ明は星野源と同じバンドメンバーたちともに、布施明「君は薔薇より美しい」のカバーを1曲目に、そして、募ったなかで4通(!)のリクエストがあったという稲垣潤一「夏のクラクション」のカバーを続けて披露。見事な演奏と見事な歌唱、艶やかな存在感、それなのに、ステージ上だけでなく会場全体に充満する「(私たち、楽しみきってますッ……!)」という空気感が重なって、横浜アリーナはなんだか異様な盛り上がりに包まれた。ニセ明唯一のオリジナル曲「REAL」を披露すると、最後に「星野源くんのカバー」として、「異世界混合大舞踏会」を「(feat.おばけ)」ならぬ「(feat.ニセ)」として披露。イベントを締め括った。





最後にひとりステージに戻ってきた星野は、「一緒に歌って笑うことができて、改めて、ひとりではないんだなと思うことができました」と語った。さらに続けて、「ここにいる人全員が同じ空間にいることは、もう二度とない。その二度とない時間を一緒にいることができて、すごく楽しかったです。これからも、星野源をよろしくお願いします!」と観客たちに伝えて、彼はこの日のステージを降りていった。

その姿を見ながら、私は改めて、「喜劇」の歌詞を思い出していた。星野源というアーティストは、この悲しみに満ちた世界で、こんなにも楽しくて幸福な「居場所」を作ってきたのだ。<ふざけた生活はつづくさ>。つづけていこう。そう思った。

取材・文:天野史彬
撮影:TAICHI NISHIMAKI

  ◆  ◆  ◆

公演詳細

■セットリスト
<Gen Hoshino presents "Reassembly">
2023年1月28日@横浜アリーナ
1.化物
2.桜の森
3.ミスユー
4.Present
5.不思議
6.うちで踊ろう (大晦日)
7.Continues
8.SUN
9.ある車掌
10.日常
11.喜劇
12.Hello Song

【NISE AKIRA SHOW】
13.君は薔薇より美しい
14.夏のクラクション
15.REAL
16.異世界混合大舞踏会 (feat. おばけ)

■セットリストプレイリスト
1月28日(土)20時頃公開
https://jvcmusic.lnk.to/Reassembly

■“Reassembly”アフター (バースデー) パーティー in 横アリの楽屋
1月28日ライブ直後にはにアフター (バースデー) パーティー生配信が行われた。
こちらのアーカイブは2月12日 (日) 23:59までとなる。
https://www.hoshinogen.com/news/detail.php?id=84

■『MUSIC VIDEO TOUR 2 2017-2022』商品概要

2023年2月15日(水)発売
価格:¥6,000+税 (BD/DVD共通)
品番:VIXL-389 【Blu-ray】
   VIBL-1073~1074【DVD2枚組】
https://jvcmusic.lnk.to/MUSICVIDEOTOUR2

【収録内容】
Music Video
01. Family Song (2017)
02. ドラえもん (2018)
03. アイデア (2018)
04. Pop Virus (2018)
05. Same Thing (feat. Superorganism) (2019)
06. Ain't Nobody Know (2020)
07. 私 (2020)
08. さらしもの (feat. PUNPEE) (2020)
09. 折り合い (2020)
10. 創造 (2021)
11. 不思議 (2021)
12. Cube (2021)
13. 喜劇 (2022)
14. 異世界混合大舞踏会 (feat. おばけ) (2022)

【特典映像】
Guest ニセ明
◆Extra Music Video
 ・Pop Virus (ひとり Ver.)
 ・さらしもの (feat. PUNPEE) (Lyric Video)
 ・Ain't Nobody Know (Lyric Video)
 ・うちで踊ろう (Outtake)
 ・Cube (VHS Ver.)
◆Music Video 撮影メイキング映像集
◆星野源と山岸聖太によるオーディオコメンタリー

【先着予約・購入特典】
全国CDショップ、オンラインショップにて2月15日(水)発売の『MUSIC VIDEO TOUR 2 2017-2022』(VIXL-389 / VIBL-1073~4)ご予約・ご購入の方に、先着でオリジナルアクリルキーホルダーをプレゼントいたします。
※各店共通デザインとなります。
※特典は無くなり次第終了となります。
※一部お取扱いの無いCDショップ、オンラインショップもございます。詳しくはご購入希望のCDショップ、オンラインショップへお問い合わせ下さい。

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