【コラム】“ベリーエレガント”なOfficial髭男dism ×『SPY×FAMILY』

藪から棒に恐縮であるが、老若男女から愛されている作品やアーティストを思い浮かべてほしい。今あなたが想像した作品やアーティストは、“ハートウォーミング”、“シリアス”、“ユーモア”の3要素を兼ね揃えていないだろうか。さらに、時代を越えて末永く支持を集めていると推測する。

昭和、平成と様々な名作、名アーティストが生まれてきたが、こと令和において『SPY×FAMILY』とOfficial髭男dismはその最右翼と言っても過言ではない。

2022年4月に放送をスタートしたテレビアニメ『SPY×FAMILY』。2019年3月よりWEBサイト『少年ジャンプ+』にて原作漫画の連載がスタートする。ポップな絵柄、突飛だが憎めない個性的なキャラクターたち、お互いの秘密を隠し持った3人が“疑似家族”として生活を共にする斬新な設定、ユーモラスな会話劇とダイナミックな構図でテンポよく展開する物語、東国と西国が冷戦状態にあるという時代背景などが読者の好奇心をたちまち掻き立て、閲覧数やコミックス売り上げのヒットを経てテレビアニメ化につながった。

(C)遠藤達哉／集英社・SPY×FAMILY製作委員会

そのオープニングテーマとして書き下ろされたのが、Official髭男dismの「ミックスナッツ」だ。彼らが作品の世界観を自分たちのカラーでもって落とし込むことに長けているのは「Pretender」や「Cry Baby」などで充分に立証済みだが、今作はそのスケールや緻密さをさらに超えている。『SPY×FAMILY』を構成する要素をふんだんに取り込みながらも、バンドの歴史や新境地までも詰め込まれた、非常に果敢な楽曲だ。

“ミックスナッツ”というタイトルは、メインキャラクターのひとりであるアーニャ・フォージャーの好物がピーナッツであることから着想を得たという。ナッツは木の実であるのに対して、ピーナッツは落花生。土の中で育つマメ科の植物だ。正体を隠して日常生活を送るフォージャー家の3人の状況や、上流階級の子どもたちが入学するイーデン校とアーニャの対比を“木の実に混じったピーナッツ”と表現するとは、作中キャラクターの台詞を借りれば、じつにベリーエレガント極まりない。



スリリングながらに遊び心に満ちたイントロから、うねるベース、手数の多いドラム、華やかなホーンセクション、ダイナミックなメロディなど、各楽器でインパクトのあるフレーズをアグレッシヴに展開していく様子は、まさに『SPY×FAMILY』の世界観そのもの。情報量の多いアレンジは、フォージャー夫妻それぞれの本業で繰り広げられるバトル、アーニャが通うイーロン校の生徒たちの無邪気さ、コメディ的要素を模したものだろう。それをパワフルなジャズパンクにまとめあげることで、ユーモラスかつエレガントなサウンドに着地させている。

互いの利益で集まった疑似家族であるフォージャー家。歌詞のとおり《本音が歯に挟まったまま》と身の上は語れないものの、その奇妙な同居生活から家族の愛情が芽生えていく。エスパーであるアーニャが強い好意を読み取ると“胃もたれする”と発言することを受けて《ここに僕が居て あなたが居る／この真実だけでもう 胃が持たれてゆく》と3人の結束を描くところも知的で小粋。それ以外にも“星”と“雷”や、“とっておき”と“出来合い”、“仮初めまみれの日常”など、『SPY×FAMILY』愛好者ならば高揚するワードが目白押しだ。



ヒゲダンの書き下ろしタイアップソングの引用センスは、音、歌詞ともにヒップホップのサンプリングと非常に近い。モチーフを知っている人間ならばニヤリとしてしまうし、知らない人間には新鮮に聴こえる。だから原作やアニメのファンから支持が厚いことはもちろん、作品を知らない人間には驚きや目新しさを与えられるのだ。

さらに『SPY×FAMILY』と「ミックスナッツ」のベースに反映されているのは現代社会である。今の《許されないほどにドライなこの世界》において《不安だらけ 成り行き任せのLife》や《仮初めまみれの日常》を送っている人は多いだろうし、“東国”と“西国”の冷戦状態、格差による差別や偏見、環境の差異も他人事ではない。

“家族”に対する考え方も同様だ。イーデン校は“良家には実の両親がいて当然”という価値観を持つが、フォージャー家はピーナッツの皮のように体裁を被り、家族の固定観念から逸脱しながらも良好な親子関係を構成。「ミックスナッツ」も《普通などない 正解などないLife》など楽曲を通して“本物かどうかよりも、自分の元に訪れる幸せや喜びがあればそれだけでいいのではないか”というメッセージを投げかけ、明日どうなるかわからない慌ただしい日常に混乱しながらも毎日を懸命に生きる人々の姿と喜怒哀楽を描く。両作を堪能した後に心が整い、シビアな日常に向き合う活力が生まれてくる人も多いはずだ。



テレビアニメ『SPY×FAMILY』は深夜帯の放送ながらも、アーニャのキャラクター性や緻密かつ小気味よく展開する物語、ストリーミング配信の充実も手伝い、幅広い年代の支持を集めている。それは確かな演奏力とアレンジ力、ポップセンスに、親しみやすいメンバーのキャラクターを持ち合わせるOfficial髭男dismも同様だ。これまでも彼らは、過去の経験を総動員させながら新しいポップスの可能性を追い求めてきた。両者とも確かな実績があるため、視聴者／リスナーが“次はどんなものを見せてくれるのだろう？”と安心して高揚感を抱くことができる。

ロイド・フォージャーが養子縁組を求めて訪ねた孤児院にたまたまアーニャがいたように、同じ時代を歩んでいくなかで引き寄せられるように『SPY×FAMILY』とOfficial髭男dismはタッグを組んだ。『SPY×FAMILY』がなければ「ミックスナッツ」は生まれず、その「ミックスナッツ」がさらに『SPY×FAMILY』の味わいを深めている。お互いの個性が尊重された作品と主題歌の関係性はポジティブなエネルギーを生み、それが受け手に伝搬しているからこそ両者のヒットに拍車が掛かっているのだろう。『SPY×FAMILY』もOfficial髭男dismも、まだまだ大きな存在になるに違いない。それを確信する一大現象だ。

文◎沖さやこ




◆Official髭男dism オフィシャルサイト