【押し入れに眠るお宝楽器を再生させよう】第3回 アルトサックス編
■管体の洗浄と細部のクリーニング
分解が済んだところで、管体を洗浄する。使用するのは、柔らかい毛のブラシと中性洗剤。管体の中も水を流して洗い、その後はエアコンプレッサーを使って水分を飛ばしてからウエスでしっかり水分を拭き取る。
「洗っても孔の周りの水分が漏れてくる部分の汚れがとれにくいので、『ラッカーポリッシュ』と綿棒を使ってきれいにしていきます。」
▲孔の周りやキイポストの周りを、ラッカーポリッシュを染み込ませた綿棒を使って汚れを落としていく。「たまにバネが刺さることがあります。フルートやクラリネットほど尖ってはいないのですが、刺さると痛いですね。」
「通常の定期メンテナンスではそこまでは磨かないですけれども、本当に汚れがひどい場合は洗って落ちる程度のものはクリーニングします。」
「全タンポ交換といって全部のパッドの交換や、コルクやフェルトといった軟物(ナンブツ)と呼ばれるものの全交換になったときにはさらに細かいところまで全部磨き上げます。」
──これを全部替えるのはすごい作業ですね。
「そうですね。替えるだけであればそんなに時間はかからないんですが、一つずつ替えて合わせていかなければいけないので、けっこう手間がかかります。こちらでは分業制になっているので、分解してクリーニングして、軟物と呼ばれるコルクやフェルトを貼るところまでは別のスタッフがやっていますが、それでも、半日から1日ぐらいかかってしまいます。」
「その後に組める状態にして、パッドだけ付けて合わせ直すという作業を私たちがやっています。トータルすると全タンポ交換の場合2日から3日ぐらいかかりますね。」
▲さらにウエスを使って汚れが目立つ細かいところを拭き取っていく。
「コルクやフェルトは、正式名称でキイコルクやキイフェルトと呼び、そういったものをまとめて軟物と呼んでいます。トランペットでもピストンの中に入っていたフェルトとかつば抜きの中のコルクは軟物です。」
──半年とか1年のメンテではそこまではやらないということですね。
「はい。軽く汚れを落とす程度ですね。フェルトやコルクも使っているうちに潰れてきたり接着剤が剥がれて取れてきたりといったことがあるので、そういったところは部分的に交換したり貼り直しをします。全部の交換は時間や金額がかなりかかってきますので、タンポを全部交換する時にお勧めしています。」
▲コルクやフェルトも傷んでくるので部分的な交換、貼り直しを行っていく。
作業中は左手だけに手袋をしているのがミソのようだ。
「右手にするスタッフもいますが、やはり感覚を大切にしたいので……。右手も手袋をつけると感覚が分からなくなったりします。さっきのバランスをとった時の感覚だったりが分かりやすいように右手はしないんです。」
──左手は指紋をつけないようにするため?
「いや、熱ですね。あぶったときに熱いので左手だけ。本当は左手もしたくないのですがさすがに温めた時に熱いので……。温めたところをすぐ触る時に左手だけ手袋をして、左手で触りながら右手で調整するという感じですね。」
▲洗浄とラッカーポリッシュで表面はかなりきれいになった。
▲キイポストにも輝きが戻っている。
▲左が最初の状態、右が洗浄&ラッカーポリッシュで磨いた後の状態。
■タンポ交換
管体の洗浄が終わったら再び元の状態に組み立てていく。その際には、特に傷んでいるタンポを交換していくことになる。まずはバーナーで温めながら古いタンポを剥がしていく。
▲裏側をバーナーで熱して古いタンポを剥がしていく。
▲接着剤が溶けてくるので、タンポを引っ張ると剥がれる。
▲残った接着剤はバーナーで炙ったあとドライバーでかきとる。さらに熱してティッシュで拭き取っていく。「実は接着剤はアルコールでけっこう溶けるので、これを使うときれいになります。」
▲接着剤がきれいに取れたら新しいタンポを貼り付けていく。
今回使用するのは最初に付いていたものとは異なる種類のタンポだ。モデルチェンジにより材質の変更やブースターのサイズが変わっているが、使用には問題ないとのこと。
「材質の研究が進んでモデルチェンジになることがあります。以前のものは使っていると革の部分に水分が溜まってくるとベタつきやすかったのですが、新しい材質に変わってベタつきにくくなりました。モデルチェンジは頻繁にあるわけではないですが……。変わっても問題なく使用できます。」
「ラックの量や調整の仕方が音に影響してくることなので、けっこう重要なところです。調整する人によっても若干違いますが、タンポとキイカップ、両方に薄く塗っておくと付きがいいです。」
▲キイカップ側には薄くラックを塗る。
▲両側にラックを塗ったら指で押しながらはめこむ。
▲メガネヘラを使ってさらに押し込む。キイカップの裏側に机の角を押し当て挟み込むようにして入れていく。
タンポ交換が終わったら、次は管体への取り付け。連動するキイと一緒に取り付けるのが、つなぎ目にはすべてオイルを差していく。
▲組み立ての際には、つなぎ目にはすべてオイルを差していく。
▲細かいところはパイプではなく芯金側にオイルを差してから通していく。
取り付けが終わったら、バネを掛けて閉まる状態にする。ここで再びリークライトを使って下がりをチェックする。
▲再びリークライトを管体に通して、しっかり閉まっているかチェックする。
「いまある程度は合っているのですが、付けただけでは閉まりきっていないところがあるので調整していきます。温め直してまた調整という手順になります。その時にさっきのヘラを使って、すき間があるところをどうこうするのではなく、先に当たっているところを奥に押し込む感じですね。」
──それで全体にならす感じですか。
「そうです。均等に閉まるように調整するという感じですね。この接着剤は冷めてくると固まるので温かいうちに調整が必要です。接着剤がたくさん入りすぎると、あぶって調整している間にすき間からあふれることがあります。それもよくない。かと言って少なすぎるとタンポが動かないんです。接着剤の量は経験と、考えながらというところですね。」
▲バーナーで温めてはヘラを使って均等に閉まるよう調整していく。
ここで何度か位置調整を重ねることで、きちんと閉まるようになり、リークライトの光も漏れなくなった。このパッド一つの調整でも5分ほどかかっている。20個以上あるタンポを交換して、調整、バランスを取るのは、やはり大変な作業という印象だ。さらにタンポのないキイ、連動するキイやレバーも一つひとつ調整していくことになる。
▲タンポ交換のほか、それぞれのキイについても軽く水垢や唾液をとる作業を行う。タンポを汚さないようラッカーポリッシュをクロスに付けてキイだけを磨いていく。
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