【コラム】ドラマ『妻、小学生になる。』『凪のお暇』で聞こえる不思議な音色。パスカルズって、誰?
ドラマ『妻、小学生になる。』『凪のお暇』などを見ていると聞こえてくる、鍵盤ハーモニカやリコーダーの素朴な音色。そのサウンドに心惹かれて「どんな人が作曲してるのかな?」と思って調べてみれば、“パスカルズ”というバンドに行きあたる。
◆パスカルズ 動画集
しかしこのパスカルズ、検索をかけてみても公式サイト以外に紹介がほとんど見当たらないのである。某電子百科事典のページも無ければ、Twitterは英語のみ。どうやら海外ツアーを何度もこなし、劇伴音楽も手掛けている評価の高いバンドのようだが、彼らの正体は謎に包まれている。
……いや、ぜんぜん謎に包まれてないんだけど、ひとまず話の導入として「謎に包まれている」ということにさせてほしい。
さて、このコラムを読んでいるあなたは正式メンバー数が10人を超えるバンドを幾つご存知だろうか。米米CLUB、東京スカパラダイスオーケストラは意外と10人超えておらず、クレイジーケンバンドで12人。ビッグバンド系を除くと、10人超のバンドはそう多くない。
その中でパスカルズは、2022年現在13人で活動している日本有数の大所帯インストゥルメンタル・バンドである。1995年に仏音楽家パスカル・コムラードのカバーを演奏するため発足した時から人数は増え、2020年4月にメンバーの三木黄太(チェロ)が急逝する以前は14人構成で世界各地を巡っていた。ライブではステージがぎゅうぎゅう詰めなことも多く、客席にはみ出すこともある。
パスカルズの特徴といえば、何といっても楽器構成だ。ギターにドラム、ヴァイオリン、チェロ、ピアノやアコーディオン、トランペット、ソプラノサックス……と、ここまでは普通だが、ウクレレやバンジョー、リコーダー、トイピアノ、そして鍵盤ハーモニカもレギュラーメンバー入り。パーカッションは缶や桶を叩いている。
そして担当楽器欄には「Toys(玩具)」という文字もあり、ゼンマイ仕掛けの人形が舞台上でジオジオ駆け回っていたりもする。口琴やカズー、エレキトリック・チェロ、のこぎり、果てはグラインダー(研削盤)やガス管も登場。だんだん工事現場の話みたいになってきた。
こんな楽器構成で生み出される音楽は、ほんわり温かくて懐かしく、まるで音楽の「歓び」の部分だけを集めたような雰囲気となる。オーガニックでどこか“完璧ではない”音楽は、劇伴を担当したドラマの物語にも寄り添い、登場人物たちの心を描く──。
──というのが多分、ドラマでパスカルズの存在を知った方々の印象だろう。しかしこのバンド、実はノスタルジーの中に激情が煮えたぎる、結構アグレッシブなグループなのだ。
まず、彼らのステージは想像以上に激しい。私が行った時には鉄の鎖がぶん投げられ、メンバーは客席に乱入し、盛り上がる場面では感情のままに叫び、最後のほうには火花が飛び、舞台上で怪我人も発生していた。
まあそれは箇条書きマジックとしても(嘘はついてないけど)、パスカルズのライブを見に行くと、音源で感じるアンビエントな空気はほとんど無い。というのもパスカルズ、生で聴くとだいぶ音がデカいのである。楽器ごとの音量も「派手に鳴らした時に聞こえなくなる楽器が無い」ほど強めに調整されており、終演後には耳がぼわぼわする。
そして何より、メンバーひとりひとりも“強い”。そもそもこのバンド、メンバーの主戦場はアンダーグラウンドや前衛音楽に近く、バンドマスターのロケット・マツは友川カズキや石塚俊明(頭脳警察)、忌野清志郎らと共演する鍵盤奏者。ひょろりとした風貌と物腰柔らかな雰囲気とは裏腹に、髪を振り乱し鍵盤ハーモニカを掻き鳴らす様はカリスマ感あふれている。
パスカルズのメンバーは、全員が個別にも活動するアーティストである。“たま”のメンバーとしてテレビから舞台まで幅広く活躍してきた知久寿焼(ウクレレ)と石川浩司(パーカッション)は流石の貫禄。漫画家としても活動する大竹サラ(ヴァイオリン/リコーダー)、版画家を本業とする永畑風人(管楽器)と音楽以外で活躍する者もおり、三木は家具職人として『テレビチャンピオン』にも出演していた。
ちなみに彼ら、メンバーの中に血縁者が2組いる世にも珍しいバンドだったりもする。あかね(鍵盤楽器)・うつお(ヴァイオリン/リコーダー)姉妹は双子。永畑風人はロケット・マツの弟だ。
メンバーそれぞれが別の場所でも活動しているバンドは、ひとりひとりの演奏が“強い”。たとえばクラシックの場合、体系化された段階を踏んだ奏者たちの演奏が指揮者のもとに集約され、個人の主張は極力抑えられる。
対してパスカルズは全く違うバックグラウンドを持つ個性の集まりなので、それぞれの主張や美的感覚が音色に表れる。たとえるなら「100人が1を作る」か「1を集めて100を作る」かの違いだが、さすが熟練のプレイヤーたちだけあって、散らかった印象は無い。
強い“個”のもとに作られるサウンドは良い意味で容赦無く、骨太で大胆不敵。パスカルズのライブに向かえば、エネルギーが吹き荒れる快楽的なステージに圧倒される。きらきら輝く音の粒が鋭い針となって身体を突き抜ける心地好さは、なかなか味わえるものではない。
たくさんの楽器の使い方も巧い。たとえばギター、ウクレレ、バンジョーの弦楽隊。ギターの金井太郎は堅実に演奏を積み重ね、爽やかで重厚なサウンドを作る。バンジョーの原さとしは日本を代表するプレイヤーで、胸躍るテクニックと金属弦の乾いた響きで花を添える。知久のウクレレは温かくもサクサクと鳴り、スパイスとなっている。この3種の音色が重なると、奔放かつ芯がありキラキラした独特のサウンドが生まれる。
鍵盤楽器のあかねは転換部分に音を添え、テンポや曲想の変化を導く。その手腕は物静かだが重要ポジション。旋律に混ざり合うロケット・マツに対し、一歩引いて冷静に状況を把握しているような印象もあり、音楽を前へ前へ転がしてゆく。
ヴァイオリンの音色はバンドのアイデンティティでもある。パスカルズのヴァイオリンは土臭く、奏者たちの音程感もそれぞれ個性的。しかしそれが重なったときには絶妙な音のうねりが生まれ、眩暈がするような演奏効果がある。
ヴァイオリン/リコーダー持ち替えの大竹サラ、うつおは技巧に優れたプレイヤーではないが、真正面に楽曲と向き合う演奏が音楽を引き締める。熟練のふたり、松井亜由美のふくよかで包み込むような音色と、堀口奈音の鋭く駆け抜ける音色との相性も美しい。
なお、パスカルズは巧拙入り混じったメンバーを揃えており、国内屈指の名手がいる一方、チューナーと相性が悪いパートや、完全即興のパートもある。その全てがプラスの方向に働くんだから、やっぱり音楽って半分くらいオカルトでできてるんだと思う。
ひとりで強烈な個性を持つメンバーもいる。まずインパクトがあるのはチェロの坂本弘道。グラインダーの摩擦で楽器から火花(マジの火花)を飛ばし、エレキギターの如く掻き鳴らされるアグレッシブな音色はまさに圧巻。ストラップを付けて横抱きにしたチェロを奏でる姿もカッコイイ。
※3:45~、向かって右奥に注目
管楽器の永畑も、ガス管にマウスピースを付けて吹く超個性派。技術的に見ると巧みなプレイヤーとはいえず、音程が当たっていないことも多いのだが、びっくりするほどバンドのサウンドにハマっている。なお、演奏に最適なホースは「内側がコーティングされていない硬いゴム製のもの」らしい。
打楽器はドラムの横澤龍太郎と、パーカッションの石川とで分かれている。リズム的な部分は横澤が担当しているのだが、彼のドラムセットは様々な太鼓や鳴り物を組み合わせた変則的なもので、聞き慣れたドラムとは音が違う。低音とビートをしっかり補強しつつ遊び心があるリズムは、10人以上ものメンバーの演奏を羽ばたかせる。
そしてパーカッションの石川は、パイプ椅子や壁、ビニール袋、鎖、風船などなど音が出るもの全てを楽器にしてしまい、バナナで太鼓を叩き、次の曲ではそのバナナを食べたりもする。栄養補給もできて実に合理的である。パーカッションセットが倒れてしまった際には、ぺろりとシャツを捲って腹太鼓を披露していた。
そんなメンバーたちをまとめ上げるバンドマスターのロケット・マツは、無言の激情と無国籍なメロディを鍵盤ハーモニカの音色に乗せる。安定した演奏の中にどこか危うさや不穏さを感じさせるのは奏者としての個性。哀愁と愛嬌を併せ持つ作曲センスには、気取らないかっこよさがある。
さて、ここまでパスカルズの特長を紹介したが、ドラマ等で彼らを知った方々が一番知りたいのは、「このバンド、まず何から聴けばいいの?」って所だろう。アルバムはタイトルやジャケ写を見て惹かれるものから聴けばよいのだが、ビギナー向けに是非オススメしたいのはヴォーカル曲。パスカルズは基本的にインストバンドだが、歌っている曲も1アルバムに2~3曲はある。
ネットで動画が観れるものに限定するなら「きんとんうん」は親しみがあって聴きやすい。口琴のポヨンポヨンした音色に、漫然と散らかった童謡風のオリエンタルなメロディが乗る同曲のゴチャゴチャしたサウンドは、まさにパスカルズの象徴だ。次々繰り出される不思議な音色の数々に、ぜひ耳を傾けてほしい。
歌詞が無い曲では、楽器やメンバーの特色が出た「のはら」。普段はフルメンバーで演奏する同曲だが、少人数構成での動画も上がっている。それにしても、自然が綺麗な公園に楽器を持ち出して、みんなで円になって演奏するのって、誰もが憧れる音楽のひとつの“理想形”だと思う。
ライブでの定番曲「Taking Dog Fields」は、旅立ちを前に高鳴る心臓の鼓動のようなメロディの中、トイピアノが楽曲の隅々を転がして行く。ヴァイオリンの四重奏が刻むリズムは感情として名付けられる前の情動のようでもあり、透き通ったギターソロが乗ると、ステージから風が吹いてくるような錯覚がある。
YouTubeのオフィシャルチャンネルには、バンジョーの超絶技巧が光る「Home Coming Song」、トイピアノとパーカッションが可愛い「さんぽ」、雄大なチェロのソロが胸に刺さる「リボン4拍子」など色とりどりの楽曲が並ぶ。全ての楽器がメインとして躍り出てくる楽しいオーケストレーションや、楽器の可能性を拡張した無国籍感は、どの楽曲でも共通している。
筆者の個人的ベストナンバー「かもめ」は、アルバム『17才』やDVD、ライブのみで聴くことができる(最近はちょっとレア)。なんというか、この曲はヤバい。後半で激しくなる構成は王道パターンではあるのだが、「かもめ」はその中でも突出した衝撃作。ライブではイントロが流れ出すと客席に緊張感が走るほどである。
どこか偏執的な旋律はやがて狂気の嵐に溺れ、楽器たちは崩壊する瀬戸際まで叫ぶ。破滅へ向かう中、ひたすら繰り返されるメロディは孤高の輝き。いつしか聴衆は暴風雨の如きサウンドに呼吸を忘れ、心を引き裂かれて暗夜に投げ出される。それでも祝福を感じてしまうのは、このバンドだけが持つ魔力に他ならない。
「かもめ」前半部分が聴ける貴重な動画
パスカルズのステージは音楽の宝箱だ。川辺で拾った不思議な石やラムネ瓶のガラス玉、詩の切り抜き、大切な手紙、赤ん坊の頃の小さな靴、大事に仕舞いこんで夢の中に忘れてしまったそんなものたちがメロディになって戻って来る魔法の音楽。終演後には「凄いもの見ちゃった!」と誰かに耳打ちしたくなる。彼らの音楽に包まれるその日が待ち遠しい。
そんなパスカルズが音楽を担当したTBSドラマ『妻、小学生になる。』のサウンドトラックは、3月9日(水)に発売。本作もドラマの思い出とともに、数え切れないほどの楽器の音色が閉じ込められた作品となるだろう。
また、コロナ禍によりライブの機会が激減しているパスカルズだが、2021年10月以来となる有観客ライブ開催決定の報せが届いた。日程は4月28日(木)、29日(金・祝)の2days。三木黄太の三回忌を迎えるにあたり、追悼公演として行われるという。
ライブの会場は東京・吉祥寺Star Pine's Cafeで、当日には有料配信も予定。詳細は決まり次第バンドのオフィシャルサイトにて明かされるので、ぜひチェックしてほしい。
文◎安藤さやか
■リリース情報
▲『TBS系 金曜ドラマ「妻、小学生になる。」オリジナル・サウンドトラック』
『TBS系 金曜ドラマ「妻、小学生になる。」オリジナル・サウンドトラック』
2021年3月9日(水)リリース
UZCL-2228/¥2,750(税込)
音楽:パスカルズ
発売元:Anchor Records
■ライブ情報
2022年4月28日(木)、29日(金・祝)
東京・吉祥寺Star Pine's Cafe
チケット情報など詳細は決まり次第、オフィシャルサイト(www.pascals.jp)にてアナウンスされます。
◆パスカルズ オフィシャルサイト