【ライブレポート】パスカルズ、音色に乗せる追悼と祝祭

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2020年4月27日、パスカルズはチェリストの三木黄太を喪った。心疾患による突然死。工房に置かれた譜面台には、J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲 第6番」の楽譜が残されたままだった。

◆ライブ写真

三木は1982年にカトラ・トゥラーナへ参加以降、ミュージシャンとして様々なユニットやセッションに参加。クラシック音楽、特にバッハと現代音楽に造詣が深く、音楽活動の傍らでは家具職人としても活躍した。

パスカルズのメンバーとしてはチェロを奏で、低音の礎を担当。いつも笑みを湛えながら演奏する姿はたくさんの人の目に焼き付いている。異国でのツアーの夜には三木の部屋にメンバーが集まり、“三木Bar”と称して酒を酌み交したという。回想の言葉に紡がれる彼の姿は、彼の音色や作品のように温かいものだった。

時は流れ、三木が天国へ旅立って2年が過ぎた2022年4月28日、29日。パスカルズは<パスカルズ 2days LIVE《三木さんに捧ぐ》>を開催。コロナ禍を受けてなかなか開催できなかった追悼の演奏会がようやく実現した。

2days初日の4月28日公演は、パスカルズとしては約7ヵ月ぶりの有観客ワンマンライブ。5月を臨む吉祥寺・Star Pine's Cafeは天使と星のモビールが回る中、再会を待ちわびた観客の静かな期待に満ちていた。

開演時間を過ぎ、ゲストにチェリスト・菅原雄大を迎えて登場したパスカルズは「Farewell Song」で幕開けを飾る。緊張感に満ちたヴァイオリンのイントロが華々しい旋律を呼び込むと、観客は舞台から吹き荒れる“風圧”に息を呑む。これこそがパスカルズ、14の個性が作る強烈なサウンドだ。

「Farewell Song」はアイリッシュ音楽を思わせる持続音や、勇壮なチェロの足踏み、心躍る無国籍なメロディと晴れ晴れしい楽曲だが、タイトルの意味は“告別の歌”。楽しい音楽の裏には、癒えない別れの哀しみがある。それでもソロに入る直前、マイクの前で「お客さんがいるーッ!帰って来たよ!」と歓びを滲ませた原さとしの言葉に、観客は笑顔と大きな拍手で応えた。


今公演はバンドが劇伴を担当したドラマ『妻、小学生になる。』の終了直後、かつ同作のサウンドトラックのリリース後初のライブとなった。しかし意外なことに、ドラマからの楽曲は「家族のカーニバル」「ポテチテト~」「道」の3曲のみ。久々の楽曲も織り交ぜて、三木と共に作り上げた作品を中心に披露されたのは、このイベントが“追悼の会”であるからだろう。

幾何学的なリズムの中で浮遊する「蝶」や、秘密主義めいた音の重なりが渦を巻く「思い出」、口琴が響く「虫」、壮大なチェロのソロが響き渡る「リボン4拍子」。電子楽器とは違う、素材そのものが震える“音の感触”が頬を撫で、玩具を置く音ですら音楽の中にある。曲間を繋ぐ鳥の声や、メンバーが鳴らす玩具の音。お腹を押せば喧しく叫ぶ黄色いニワトリの玩具も、音楽の中では美声の歌姫となる。


チェロの名曲として知られるカタルーニャ民謡「鳥の歌」では、石川浩司が追悼の即興詩を語る。ある日、己の背中に羽根が生えたことに気付いた男は、チェロを置き、子猫の顔をあしらった椅子から立ち上がり、飛び立って行った。古典舞踏の足摺りを想わせる緩慢さに始まった楽曲は、石川の声と呼応するように激しさを増して行く。それはまるで天国まで手を伸ばすように。

ライブの途中、バンドマスターのロケット・マツは三木の命日である4月27日に彼が眠る緑豊かな霊園を訪ねたことに触れ、「お墓に入るって閉じ込められるみたいで嫌だと思ってたけど、こんな場所なら」と穏やかに語る。おっとりしたバンドマスターはこの日、楽屋に楽器を忘れたり、メンバー紹介で同じ人を2回呼んだり、お尻でメガネを踏んでしまったりと様々なハプニングに見舞われていた。


三木が遺した楽曲「溝」では、ミスを自己申告するメンバーが続出したため、最初からやり直す珍事が発生。現代音楽を愛した三木の作品はどれも難しく、演奏の終了後には、あかねが疑問符を浮かべながら腕を組み、知久寿焼は「僕の譜面“待つ”しか書いてない」と呟いた。ちなみに同曲、過去のライブでは5回ほどやり直したこともあるという。

そんな可笑しさもありつつ、「かもめ」のイントロが流れ始めると、天井に揺れるモビールすらも回転を止めて緊張感が走る。合間に鳥の囀りや水音が満ちた本公演。音楽を彩る玩具にも鳥を模したものが目立つ。


普段ならば美しい旋律に観客席からの歓喜のため息が漏れ聞こえる「かもめ」だが、この日の演奏には寂しい戸惑いがあった。静謐さを引き連れて密やかに始まる同曲は、奏者ひとりひとりの音色の特性がどの作品よりも露骨に目立つ。それゆえ真っ先に感じたことは“三木の不在”、その衝撃だった。

ゲストの菅原は優れたチェリストである。しかし三木の音はもう聞こえない。空気の中から湧き上がるような三木の音色はサウンドの中のどこにもいない。この日の演奏は狂乱の瞬間にも不思議に整然として、葬送の儀式のようにすら感じられた。


定番曲「Taking Dog Fields」を過ぎたライブ終盤では、サプライズゲストとして友部正人が登場。友部はアルバムでもパスカルズと共演し、メンバーと深い縁がある。歓びの拍手に迎えられて観客席から登場した友部は、「“観に行く!”って言ったら、(演奏を)やることになってて、嬉しいやら……」まで話したところで、そこから続く言葉に迷っていた。

そして友部はパスカルズをバックに「シャンソン」「夕暮れ」を歌唱。日常の言葉を織り上げて不思議な空気を作る彼の作品に、雑踏めいたパスカルズの音色はよく似合う。15人もの巨大なサウンドの中でも友部の存在感は抜群で、個性的なバンドサウンドが詩世界に編み込まれていく様は圧巻だ。


本編の最後を飾ったのは「ファンファーレブーメラン」。警笛のようなメロディが吹き荒れるこの曲では、坂本弘道のチェロから火花が上がる。エンドピンをグラインダーで擦って渦巻く火花を作り上げるパフォーマンスは、何度見ても肝が冷える。


アンコールでは、ステージを去りかけた石川がさりげなく横澤龍太郎のドラムセットの前に残り、無表情のまま太鼓を叩いて観客の手拍子を先導する。ステージに戻って来たメンバーに「ドラム叩きたくなったの?」「(横澤に)怒られちゃうよ?」とからかわれた石川は慌てて舞台裏へ戻り、しばらくして頬を押さえながらしょぼしょぼと帰って来た。

「また会える日を……考えます」というバンドマスターの言葉にメンバーと観客が戸惑う場面はありつつも、アンコールは「希求」「ハートランド」と柔らかな作品が続く。最後の曲となった「のはら」では石川が棒付きタンバリンを持って舞台上を闊歩。笑顔と拍手に見送られ、この日の公演は幕を下ろした。




◆4月29日(金)公演レポートへ
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