【コラム】ジョージ・ハリスンが産み落とした、たわわに実った音楽の果実

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8月6日にCD&配信リリースされたジョージ・ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念エディションが、ザ・ビートルズ・ファンを中心に大きな話題を集めている。『オール・シングス・マスト・パス』は、ザ・ビートルズの解散が決定的になった1970年11月に発表された作品で、バンド内で第三のソングライターに甘んじていたジョージがそれまでに書き溜めた曲を選りすぐり、アナログレコード3枚組のボリュームで世に問い、イギリス、アメリカなどで見事ナンバーワンを獲得した一世一代の傑作だ。

その大傑作が、「オリジナルマスターテープからの全曲リミックス」と「未発表デモ、アウトテイク、セッション多数収録」という形で現在に蘇る。「ジョン・レノンとポール・マッカートニーは知ってるけどジョージのソロまではちょっと」という若いリスナーにも、「リミックスってどんなふうに音が変わったんだろう」と興味をそそられたオールドロックリスナーにも、どちらにもアピールする強力な作品である。あらためて紹介しよう。


日本で発売されている仕様には4つの種類があるが、ここでは最も内容の充実した『スーパー・デラックス・エディション』(5CD+ブルーレイ【音源のみ】)を例に取ろう。DISC1~2は、オリジナルの音源が「オリジナルマスターテープからの全曲リミックス」で収録されている。プロジェクト全体の製作総指揮は息子のダニー・ハリスンで、実際にリミックスを手掛けたのは、ジョン・レノン『イマジン』『ギミ・サム・トゥルース』なども担当したポール・ヒックス。そもそもなぜリミックスか?というと、きっかけはジョージの生前最後のリリースとなった2001年リリース『オール・シングス・マスト・パス』30周年記念の「リマスター盤」にある。CDのブックレット内でジョージはいつかこのアルバムをリミックスしたいという希望を表明し、「分厚い音作り」から「いくつかの曲を解放したいと考えている」と発言している。ダニーはおそらく、それをジョージの遺言と受け取ったのだろう。没後20年を迎える今年、その思いがついに形になった。音楽的な意味はもちろん、なんとも実直で壮大な親孝行のドラマとしても、興味を惹かれずにはいられない展開だ。

このアルバムを初めて耳にするリスナーは、ただただボリュームを思い切り上げて、たわわに実った音楽の果実を存分に楽しんでほしい。イギリス、アメリカでナンバーワンヒットになった「マイ・スウィート・ロード」の、ゴスペルとソウルとフォークロックが手を取りあうような幸せな楽曲を筆頭に、当時ジョージが傾倒していたスワンプロック、すなわちアメリカ南部風のリズム&ブルース、ゴスペル、ソウル、カントリーなどをごった煮にした豊饒なサウンドが全編にわたって楽しめる。バックを固めるのは、盟友リンゴ・スター、ビリー・プレストン、そしてエリック・クラプトンを筆頭に、のちにデレク・アンド・ザ・ドミノスとなるメンバーなど凄腕揃い。メロディの繊細な美しさにおいて、ザ・ビートルズ時代を含めてジョージの全作品中でも屈指の「イズント・イット・ア・ピティ」「ビウェア・オブ・ダークネス」など、いい曲しか入っていないので安心してお勧めできる。


しかし長年このアルバムを聴きこんだファンにとっては、違う受け取り方もあるだろうとは思う。なんたって『オール・シングス・マスト・パス』は、ジョージとフィル・スペクターの共同プロデュース作品なのだ。スワンプロックの骨格に、スペクターの専売特許「ウォール・オブ・サウンド」をぶっつけるという、ある意味とんでもない無茶振りが図らずも大成功したのが『オール・シングス・マスト・パス』だ。それを「分厚い音作り」から「いくつかの曲を解放したいと考えている」というのだから、一体どうなるのだろうと思うのも無理はない。実際、ボーカルとリードギターからエコーが取り外された1曲目「アイド・ハヴ・ユー・エニイタイム」から違いは歴然で、ウォール・オブ・サウンドの真骨頂だった「アウェイティング・オン・ユー・オール」も、秋冬のコートからサマーニットに衣替えしたかのごとき印象がある。全体としてジョージのボーカルとギターが前面に押し出され、聴き心地は軽く爽やかだ。

長年のリスナーほど、慣れ親しんだものの変化に抵抗を感じるのは人の常だが、これはこれで有りなのではないかと思う。なんたってジョージのかねてよりの意志なのだし、時代が変われば音が変わり、新しいリスナーへの訴求も重要だ。そしてよくよく聴き込むと、「えっ!?」という発見があったり(「ワー・ワー」の右チャンネルギターのぶっ飛び感とか、「美しき人生」の歌の合いの手のギターとか、「サー・フランキー・クリスプのバラード」の低音コーラスとか、等々)、音がクリアになったことで見えてきたものも多々ある。そしてDISC2の11曲目以降、いわゆる「アップル・ジャム」と呼ばれる即興ジャムセッション5曲はリミックスではなくリマスター処理だけで、昔からかっこいいと思っていた「プラッグ・ミー・イン」がそのままの音像でさらにかっこよくなっていて驚いたり、良いこともたくさんある。

むしろ長年のリスナーに勧めたいのは、DISC3~5に至る「未発表デモ、アウトテイク、セッション多数収録」のほうだろう。これは本当に「お宝」と呼ぶにふさわしいもので、たとえば過去のザ・ビートルズ、ジョン・レノンやポール・マッカートニーのアーカイヴものに収録されていたデモやアウトテイクと比べてもまったくひけを取らないどころか、ひょっとして上を行く。もともと、フィル・スペクターに新曲を聴かせるために用意したデモ録音らしいが、DISC3の冒頭を飾るジョージのアコースティックギター弾き語り「オール・シングス・マスト・パス」にせよ、のちにダビングされるストリングスのフレーズを口ずさんでいる「イズント・イット・ア・ピティ」にせよ、楽曲そのものはほぼ完成していて、アレンジのアイディアも頭の中にすでにあったことがうかがえる。逆に、原曲よりもはるかに泥臭くファンキーな「美しき人生」や、めちゃくちゃワイルドなロックロールと化した「アイ・ディッグ・ラヴ」など、このバージョンで完成させても面白かったかも!と感じるテイクもどんどん出てくる。ちなみにデモ録音のベースはクラウス・フォアマン、ドラムはリンゴ・スターだ。ザ・ビートルズ・ファンならばきっと、これはまるで『ジョージの魂』ではないか?と思うことだろう。

おまけにアルバムから漏れた未発表テイクも多数あって、のちに『33 1/3』に入る「ビューティフル・ガール」「僕のために泣かないで」、ジョージらしいインド風味満載の「デーラー・ドゥーン」(ザ・ビートルズ『アンソロジー』映像版でチラ見せ有り)や「オム・ハレ・オム」、ボブ・ディラン作「アイ・ドント・ウォント・トゥ・ドゥ・イット」や、DISC4の11~13曲目の完全未発表曲3連発(11曲目「ノーホェア・トゥ・ゴー」の哀愁メロディは特に沁みる)などもなかなかすごい。おそらくジョンやポールと違って、性格的なものなのか音楽的な自信の問題なのかはわからないが、ジョージはある程度完成形ができあがった状態でないとデモにはしなかったのだろう。だからこそ、こうして残された音源がどれもクオリティが高いのかもしれない。

さらに、「アップル・ジャム」収録の「ジョニーの誕生日」のファーストテイクは、オリジナル版ではテープスピードを変えてコミカルな仕上げになっていたが、ここでは何もいじらない普通バージョンで登場。ジョージがプロデューサーを務めていた女性ソウル・シンガー、ドリス・トロイのカバーバージョン制作のために演奏された「ゲット・バック」も、ザ・ビートルファンには感涙必至のテイクに間違いない。




『スーパー・デラックス・エディション』(5CD+ブルーレイ【音源のみ】)は以上のCD5枚と、HDステレオ、ドルビー・アトモス&5.1サラウンドにバージョンアップされたオリジナルアルバム収録23曲を収めたブルーレイのセット。さらに当時の日記や手書きの歌詞、未公開写真や楽曲解説が入った60ページのブックレットが付く。以下、DISC1~3を収録した『3CDデラックス・エディション』、DISC1と2を収録した『2CDデラックス・エディション』、そして『スーパー・デラックス・エディション』をそのままアナログ8枚組に収めた『スーパー・デラックス・LPエディション』と、バリエーションが用意されている。

ロックンロール史上最も有名で、最も大きな影響力を誇るバンドのメンバーでありながら、ジョージ・ハリスンのソロ・キャリアにスポットが当たることは未だに少ないと個人的に感じている中で、『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念エディションの登場は一つの大きなきっかけになるかもしれないと期待している。できうるならば『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』のデラックス版、あるいは『ダーク・ホース』のアウトテイク集、もしくは1974年のアメリカツアーのライブ盤などの発掘も次々と望みたいのだが…。そんなオールドファンの夢もかなえてもらいつつ、ジョージ・ハリスンという偉大な音楽家の存在を、少しでも多くの若い世代に知ってもらえたら素晴らしいことだと思う。

Photo by Barry Feinstein
文●宮本英夫


『オール・シングス・マスト・パス』

●『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念スーパー・デラックス・エディション [SHM-CD]
2021年8月6日発売
UICY-79729 ¥20,900(税込)
※Blu-ray同梱
●『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念3CDデラックス・エディション [SHM-CD]
2021年8月6日発売
UICY-79730/2 ¥5,500(税込)
●『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念2CDエディション [SHM-CD]
2021年8月6日発売
UICY-15999/6000 ¥3,960(税込)
●『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念スーパー・デラックス・LPエディション [直輸入仕様][8LP]
2021年8月6日発売
UIJY-75194/201 ¥35,200(税込)
◆『オール・シングス・マスト・パス』試聴/ストリーミング
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