【インタビュー】杏子、新境地へ

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ここ数年は再始動したBARBEE BOYSとしての活動も話題となっていた杏子が、自身のソロとしては約8年半ぶりとなるアルバム『VIOLET』を完成させた。先行配信されていた「One Flame, Two Hearts」、「Welcome to the Nightmare」、「the days 〜幸せをどうか〜」を含む全10曲。タッグを組んだのは、Superflyなど多くのアーティストの楽曲を手掛けてきた作曲家でありプロデューサーの多保孝一だ。杏子の代名詞とも言えるハスキーかつロックテイスト全開のボーカルが、新旧様々な音楽に精通する多保のプロデュースによって新境地へと着地した本作。お互いが生み出してきた音楽への愛とリスペクトがあるからこそ本音で向き合えた、アルバム完成までの経緯を聞いた。

  ◆  ◆  ◆

■死ぬ気で頑張るしかない

──今回の新作は、20周年記念の新録&ベストアルバム『Sky’s My Limit』以来8年半ぶりになるんですね。

杏子:なんだかずいぶん「お久しぶりです」みたいな感じに思われるところもあると思うんですが(笑)、私、ライブはいろいろとやってましたね。自分のライブはもちろん、オーガスタの仲間でもある、あらきゆうこちゃんとプライベートバンドを作って何かしらやってたり。ファンクラブのこともいろいろやってますし、あとは恒例の<Augusta Camp>とかもね。2019年からはBARBEE BOYSの活動もありましたから、私自身はあっという間って感じでした。

──アルバムがこの時期になったのは、何かのタイミングだったんですか?

杏子:いやいや、そこはもうスタッフが(笑)。そもそも私はひとりでは何もできないタイプだから、今こういうことが必要だっていうようなことは全部スタッフに導いてもらう感じなんです。それに、ライブは「やりたい!やりたい!」って騒ぐんですが(笑)、レコーディングに関しては不得意分野でもあるので…。BARBEE BOYSの時のトラウマというか。

──トラウマですか。

杏子:もともとはめちゃくちゃ意識の高い男子4人で結成したのがBARBEE BOYSだったんですが、そこにOLだった私がたまたまポッと入ってしまったので、プロ意識も何もないままだったんですね。レコーディングなんて言っても、私は何から何までついていけない。合格ラインに行くまで、とにかく何度も何度もやり直すんです。「負けるもんか」(86年リリース)って曲に関しては、一度お蔵入りにまでなりましたからね。

──あの曲がですか!

杏子:常にみんなが要求するレベルをクリアしないとっていうのがありましたから、いつもドキドキ、バクバクしながらだったんです。それがトラウマになってるんですよね。ちなみにこの間のレコーディングでも、イマサ(いまみちともたか)に「まだオドオドしちゃうの?」みたいに言われたんだけど、「もちろんっ!」と(笑)。いまだにOKテイクが出るまで「大丈夫か、私…」って、そんな気持ちですからねって言っておきました(笑)。

──それは、ソロになってからもずっとですか?

杏子:はい。だから今回も「どうだろう、歌えるかな」というのはありました。初めて歌うようなタイプの曲もあったし、逆に刺激もたくさんあったからすごく楽しかったんだけど、これをちゃんとCDに収めるとなると「大丈夫かな…」という感覚になるんです。レコーディングは、いつも緊張なんですよね。

──実際、作業に取り掛かるあたりはどんな感じだったんですか?

杏子:それが、そろそろレコーディングの体制をとっていきましょうかという話が出始めた頃に、突然BARBEE BOYSが動き出すことになって。じゃあこっちが落ち着くまではできないよねっていうことで、(BARBEE BOYSとして)音源を作ったり、国立代々木競技場第一体育館と渋公(LINE CUBE SHIBUYA)でのライブをやったりして、ひと息ついたあたりから「2020杏子プロジェクト」がスタートした気がします。

▲杏子/『VIOLET』

──完成したアルバム『VIOLET』は、Superflyとしての活動でもお馴染みの多保孝一さんとタッグを組まれていますね。

杏子:はい。Superflyはもちろん聴いていましたし、木村拓哉さんのアルバムの曲なんかもすごく面白いなと思ったんですね。今回新しいものにトライしたいというのはもちろんなんですが、「相変わらずまだロックやってるの!」みたいなところも残したいというか極めたいなと思っていたので、多保さんだったら60〜70年代のロックにも精通しているし、最近プロデュースされた作品は音像がすごく新しくなっていて、これはもうやっぱり多保さんだなと。そう思ってお願いしました。

──いざ作業が始まってみて、いかがでした?

杏子:最初、「僕がやるとしたら、こういう感じはどうですか?」って、「One Flame, Two Hearts」を英語で歌っているバージョンを送ってくださったんです。それが、とにかく素晴らしくて。いつもだったら、自分が歌えるかどうかちゃんと考えて“ある”か“なし”かを決めてきたんですが、多保さんにやってもらえるんだ!って浮かれちゃって、つい「お願いしまーす!」って即答してしまったんです(笑)。

──心、掴まれたんですね(笑)。



杏子:だけど、いざ歌い始めたらちょっと待てよと。これは私の血の中にないものかもしれない…とんでもなく難しい…しまった!と(笑)。だけどもう「2020杏子プロジェクト」は進み始めているから、死ぬ気で頑張るしかない。そうしたら意外や意外、いい感じで歌えたんですよ。これまで使ったことのないようなエフェクトを簡易的にかけてくださったものを聴いてみると、何だかすごく面白いぞと。うちのスタッフも、これまでにない感じで面白いものができそうだということになり、進み始めたんですよね。

──じゃあそこからは一気に。

杏子:いや、これはある意味序章でしたね。実は、蓋を開けてみたら多保さんの中にいわゆるロックというワードは一切なかったんですよ。

──まさかの!

杏子:そう(笑)。次に「Why Boy」というちょっとR&Bっぽい曲が来て、とにかくカッコ良かったからまたうっかり「やります」って言っちゃったんですけど(笑)、これまたまさしく私の血の中にないやつだなと。で、次は「Love Like Thunder」だったんだけど、これもまた不得意かもみたいな。

──曲が届くたびにドキドキですね。

杏子:でも多保さんは、そもそも私にR&Bのシンガーみたいに歌ってくれとは微塵も思ってなかったみたいです。ロックテイストの私がこういう曲を歌うとどう面白くなるか、その化学変化を楽しんでいた感じで。私も、多保さんとやる意味というのはやっぱり新しいことにトライするということだし、自分でもそれをやるんだって決めたし、スタッフにも誓いを立てたんだから、どうにか頑張りました。血の中にはないけど、私、頑張る…!って(笑)。ただ、やっぱり相変わらずのロックも欲しくて。

──本来の杏子さんらしさというか。

杏子:そろそろ、もう少しロックっぽいものもお願いしようと思ったミーティングで、多保さんは「ホールジーみたいな感じはどうですか」って言うし、私は「やっぱりリンキン・パークとかニルバーナみたいなものが」って、もう全然イメージするものが違っていて(笑)。それでもなんとか「相変わらずなロックなものもっ!」ってお願いして作ってくださったのが、「Welcome to the Nightmare」だったんです。

──なるほど!



杏子:今のビルボードチャートやグラミー賞を見ても、いわゆるロックってあまりないじゃないですか。ほとんどが、R&Bかラップかみたいな。これは後から知ったのですが、多保さんは2017年、実際にグラミー賞を観に行って、次のステージに進まなければと思ったのですって。で、相変わらず私がロック、ロックって言った時に、そこはもう杏子さんもやり切ってるんじゃないですかって、多保さんはそう思っていてくれたみたいなんですよね。それでも私はしつこく言ってたんですけど(笑)、年明けくらいだったかな。多保さんが「最近、またグランジが来てますね」みたいなこと言っていて。多保さんの中で封印していたものがまたちょっと開いていったみたいな感じがあったのかもしれないんですが、1曲目の「VIOLET」で鳴っているギターは、わざわざこのために買われたらしくて。「このギターとこのエフェクターで、ニルバーナのこの音が出るんですよ」って。多保さん、本当にそういうのをちゃんと極めてる。音楽が好きだからこそ、考えてくださっているんですよね。

──そういう経緯があったんですね。ちなみに多保さんとの作業の中で、今作のタイトルにもなっている「VIOLET」というワードはどの段階で出てきたんですか?

杏子:もともとは、今回のリード曲でもある「the days 〜幸せをどうか〜」でボツになった言葉だったんです。この曲のトラックを最初に聴かせていただいた時に、ピアノだけの、いわゆる鎮魂歌だなと思ってちょっと思い入れが深くなったんですね。いつも歌詞をお願いする時は「恋愛のこんな感じでお願いします」ってお伝えするだけなんですが、今回はバーッと散文を書いたんです。自分の恋愛を見送る、自分の恋にひとつけじめをつけて見送って次に進む感じなんですって。そこからAKIRAさんが素晴らしい歌詞を書いてくださったんですけど、2番をもう少し私的な──今私の恋心が死んで、ここで小さく自分で見送る小さい歌にしたくて、自分で書いてみたんですよ。その時に何か色を出したいなと思って、ギリシャ神話では死者を覆って見送ったというスミレの花、つまりバイオレットがいいなと思って「Sweet Violet」という言葉を使ったんです。ところがその詞に関しては、誰も何も触れてくれず(笑)。

──リアクション、ナシですか!



杏子:悲しいし悔しいけど、歌詞はずっと書いていなかったからこれが今の私の技量かと(笑)。ちょっとした私のプライドがそこでポキっと折れて凹んでいたら、多保さんからメールが来て「そのタイトルで、今度僕が書きます」って。それがまた逆に「もう!Violetなんて使わないんだからっ!」って感じで勝手に拗ねていたら(笑)、「VIOLET」が上がってきたんです。

──怪我の功名みたいな(笑)。

杏子:(笑)。結局「VIOLET」になった、というのが実際のところなんですけどね。ちょうどその頃、私、遅ればせながら『鬼滅の刃』に乗っかりたいなと思ってハマっていた時期だったので(笑)、その多保さんの曲は音像的にも激しい感じだから、アニソンみたいなイメージでどうですかという話をしていたんです。杏子がアニソンを歌う。女戦士、つまり女炭治郎が自分の大切なもの(=禰豆子)を守るために戦う歌というイメージ。で、もともと「ライチャス」という仮の言葉が入っていたその部分が「Violet」になり、女戦士バイオレットが大切な人を守るために戦うっていうストーリーが生まれたんですよね。(※炭治郎=『鬼滅の刃』主人公・竈門炭治郎/禰豆子=炭治郎の妹・竈門禰豆子)

──色彩や物体としての名称では無く、意志を持つ個体になったってすごいですね。

杏子:「the days 〜幸せをどうか〜」で使われなかったこととかいろいろ巡り巡って、いろんなところで化学反応が起きての「VIOLET」。さすがにこの時は、素直に「ありがとう」って思いました(笑)。

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