【インタビュー】Sound Horizon、Story BD『絵馬に願ひを!』が問いかける〈生むべきか生まざるべきか〉という命題
Sound Horizonが約5年振りの新作となる7.5th or 8.5th Story BD『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)を本日1月13日(水)にリリースした。“Story BD”という初めて目にする形態が発表時から大反響を呼んだ本作。現代日本によく似た世界を舞台にした7.5th or 8.5th Storyには、果たしてどのような趣向が凝らされているのか。
BARKSでは【サンホララボ】の精鋭研究員の一人、冨田明宏をインタビュアーに据えSound Horizon主宰のRevoへインタビューを行なった。そこには2020年の状況からまだ発表されていない世界線の話まで、壮大な構想が広がっていた。
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■作品を子どもに例えるなら、10年前に妊娠の兆候はあったんです。
■「この子の存在を知ってもらいたい」という、もはや謎の使命感のようなものはあったのかなと思います。
――Sound Horizon(以下SH)がAround 15周年を迎えさまざまな形で動いた2020年は、新型コロナウイルスが猛威を振るった年でもありました。振り返って、Revoさんにとってどんな一年でしたか?
Revo:世の中的には本当に大変な一年だったと思います。ただし僕個人のことで言えば、比較的大きな変化はなかったと言えるかもしれません。日常生活の中では曲を作っている時間がほとんどなので、2020年は割と“ナチュラルに外出自粛モード”ではあったかな。でも春先頃は完全にレコーディングがストップしてしまいました。関係各所がとても混乱している様子もあって、「音楽による経済活動を、エンターテイメントを完全に止めるのか」というような議論もされましたが、少しずつ感染に対して安全面で配慮しながら制作を継続する方法を見出していくようになって。大人数で集まることを避け、マスクを着用し、除菌や換気をしたり、いつもならミュージシャンたちと握手で挨拶するところを残念ながらやめたりもしましたね。セクションによっては大人数でレコーディングが行えないことは非常に厳しいことではあるのですが、どうにか工夫して進めていました。
――まさに『絵馬に願ひを!』の制作に没頭していた一年だった?
Revo:そういうことになりますね。たくさん曲は作ることができました。
▲『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)
――7.5th or 8.5th Story BD『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)ということになっていますが、正直に申し上げてプロローグですでにとんでもない大作になっちゃってるなと。
Revo:なっちゃってるんですよねぇ(笑)。もう確実になっちゃってます。今回Blu-rayになったことによって「メディアが変わるとこんな大ごとになるんだな」と。でも構想した時点では、『Märchen』のプロローグとして位置付けた『イドへ至る森へ至るイド』くらいのスケール感、CDで言えばマキシシングルのイメージで作っているから“プロローグ”なわけだけど……これが“フル・エディション”になったらCDだと複数枚組になってしまうだろうし、Blu-rayならなんとか一枚で納まる……かな?
――インタビューに同席されているポニーキャニオンのみなさんの表情に焦りの色が……!
Revo:いや、さすがにBlu-ray二枚組は僕が死んでしまうから(笑)。ただCDと比べて明らかに曲数は入るんですよ。だから『Moira』のときのようにはならないんじゃないかなって(笑)。
――なるほど(笑)。『絵馬に願ひを!』、すでに繰り返し楽しませていただきましたが、まだまだ回収できていない物語が潜んでいるようでした。いつ頃からこのような作品を作ろうと計画されていたのでしょうか?
Revo:実際は間で『Nein』をリリースしてはいるのですが、『Märchen』のタイミングですでに「もうCDでリリースするのは終わりだろうな」と思っていました。なので少なくとも10年は前になりますね。そこから次のメディアを模索していたところでLinked Horizon(以下LH)が始まり、幸いなことに「紅蓮の弓矢」がヒットして、「LHも頑張ろう」という状況が続き、『ブレイブリーデフォルトII』の音楽制作も決まっていて、気がつけばメジャーデビュー15周年になっていたという。
――改めて怒涛の10年間ですね。
Revo:「8th Storyが大変すぎるので先に9th Story CD『Nein』を作りました」という話はこれまでもしてきましたけど、『Nein』というのはやはりイレギュラーな作品で、従来のCDの形で出せる最後の作品というか、「9番目という位置づけなのに8番目の前哨戦だった」という感じではあるんですよ。番号で言うと遡っていることになる7.5th or 8.5th Story BDである『絵馬に願ひを!』の方が試みとしては最新のアプローチを取っている作品で、長年温めてきた構想にようやく着手できたということになります。
――そういうことだったんですね。
Revo:ただこれはあくまでも“プロローグ”なので、これを全貌だと思うなかれと。ストーリー的にも仕掛け的にも、まだまだ盛り込んでいないことがあります。これがフル・エディションになると、まだまだ思っていなかったようなことが起こるかもしれない……という感じですね。
――Revoさんの中で、CDで表現できることはやり切った?
Revo:同じメディアで作れるもの、やれることもあるのでしょうけど、でもそれは「じゃあそこからはみ出したものをいつまで無視し続けるんだ?」ということでもあるんですよ。作品を子どもに例えるなら、10年前に妊娠の兆候はあったんです。つわりのような症状があるなかで「でもまだだ、今じゃない。君にとって一番良いタイミングで生んであげるからね」と機を見ていたら、10年という月日が流れていました。でも「僕しか存在を知らないこの子のことを、いつまでなかったことにするんだ?」という葛藤もありました。もうそろそろ世に出してあげなくてはいけないんじゃないかと。Blu-rayで新作を生み出すことを無視してCDで新作を作り続けることもできたのですが、「この子の存在を知ってもらいたい」という、もはや謎の使命感のようなものはあったのかなと思います。
――恐らく『Märchen』のインタビューの際だったと思いますが、「次回作の構想は?」と伺ったらRevoさんが「気づいてしまった、思いついてしまったからには、やらざるをえないんだよね」と仰っていたことを、今思い出しました。その後の展開からそれは『Nein』のことだと思っていたのですが……。
Revo:そう。それがまさにこの作品のことであり、恐らく次回作になるであろう『Rinne』のことでもあったと思います。『絵馬に願ひを!』という作品を生み出せるのは僕しかいないのですが、こういう構造を持った作品を生み出そうと思う音楽家が表れても不思議ではないと思っていたんです。でも10年ほど世の中の様子を眺めてみた結果、「僕がやらなければ人類の歴史から生まれなかったものとして終わってしまうんだろうな」という感覚はあって。それならば僕がやるしかないんだろうと。実際にやってみたらものすごく大変だったんですけどね(笑)。その上「これがプロローグに過ぎないのか……」と、みんなゲンナリしていると思いますが(笑)。
――少なくともローラン(SHのファン)のみなさんはワクワクされていると思いますよ!
Revo:でも実際に制作に携わってくれているスタッフたちは相当にまいっているはずだから。「これでプロローグってマジかよ……」って。僕自身、大変だろうと思っていた想像を、遥かに超えてきた感じではあったからね。コロナ禍でのスケジューリングだったというのも大きいとは思うけど。でもこれをやらないと音楽史、もっと言えば人類史の中でこいつは存在しなかったんだろうなと。この方法論で生まれた作品は時代のオーパーツになると思うんです。この作品形態がマジョリティになるとは思っていないけど、でもこのオーパーツが歴史に残されるということは、後の考古学者たちからするとロマンがあるんじゃないかな。「こんなものを生み出してしまった、バグった音楽家が21世紀に存在していたんだな。黒い服を着て、手には指輪をはめていたらしい」って(笑)。僕はこの作品が存在する歴史の方にロマンを感じたので、僕がやるしかないという思いで制作をはじめました。あとはプロモーション次第という話になりますが、咲いたけど実を結ばぬまま時代の徒花になるのか、何か新しい流れを生み出す作品になるのかは、ポニーキャニオンさん、BARKSさん、そしてサンホララボの研究員である冨田さんにも関わってくるなと。
――とんでもないプレッシャーが私にも……(汗)。
Revo:明らかに世間的なニーズに対して逆行した作品であることは、僕も認識しているんです。音楽が配信やサブスクで需要される時代になり、自由に気軽に聴けるけど、音楽の値段が限りなくゼロに近づいていっている……つまり〈音楽の値打ち〉を意識しない時代になっていく中で、敷居の高い超ボリュームのものを高額で販売するのが、この作品におけるビジネスの構造です。また楽曲が単体で切り売りされることが当たり前の時代に、旧時代的とも言えるコンセプトアルバムの復権を謳うような作品でもあります。切り売りどころか、作品の根幹に特殊な仕掛けが絡んでいるので、BDでしか聴けないという潔さ。これを面白いと思って価値を見出してくれる人がどれだけいて、この作品を許容する社会の空気みたいなものは存在するのか。マジョリティになるとはやっぱり思えないんだけど。それでも音楽の、ひいてはエンタメの可能性・多様性という意味で、この作品が評価されないのは豊かさや面白みに欠けてしまうなと僕は思います。たとえ僕が作った作品ではなくても、『絵馬に願ひを!』のようなアプローチの作品が世の中にあるのだとしたら、僕は応援したいと思うからね。
――最近でこそYOASOBIのように物語×音楽を標榜するアーティストが評価されてきていますが、Revoさんはメジャーで15年以上“物語音楽”の世界を拡張し続け、映像作品やコンサートで視覚的にも体感的にも大きな熱狂を生み出してきましたが、今回の『絵馬に願ひを!』はそんなSHが世に問う新たな実験的作品とも言えそうです。
Revo:挑戦状をたたきつけるような意識は、ありますね。評価されなければ僕たちが悲しい思いをするだけなんだけど。世の中に必要のないものなら、自然と淘汰されるでしょう。僕たち以外にも音楽を作るグループはいくらでもいるしね。音楽産業もビジネスなので、結局のところ評価というのは利益のことでもあります。謎の上から目線みたいになっちゃうけど、それを承知で「この作品をどう受け止めますか?」「あなたに受け止める度量はありますか?」と問うような感覚はあるかな。「いらねーよ!」と言われたらやっぱりショボーンとしちゃうんだろうけど(苦笑)。
――少なくとも僕は、この作品をプレイヤーのトレイに置いて再生を押したときに、久し振りに味わうエンタメによるワクワク感と昂揚感がありました。「こんな体感ははじめてだ」というドキドキは、新しいアプローチのエンタメからしか享受できないものだなと。改めてになりますが、今回は日本における現代、厳密にはパラレルワールドが舞台となっています。音楽制作の面で取り組んでみていかがでしたか?
Revo:音楽制作で大変だったことって、実はあまりないんです。細かい苦労を上げるなら、100個くらい出せますが。本気では苦労と思ってないんだろうね(笑)。曲はなんとなくできちゃうんですよ。なんとなくできちゃうんですけど、なんとなくできるまでの下準備にはかなり時間をかけています。いい加減な準備ではじめて、制作している中で矛盾点が生まれ、物語が成立しなくなってすべてがガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのが嫌なので、ある程度全体の構造や中身を突き詰めてから曲の制作ははじめたいんです。実際に今回であれば神社や神道について調べたり、現代の文化や地理と言ったものも調べていって、登場人物が何歳で、どんな土地にいるのかなど、バックボーンもしっかりと構築していきました。過去の作品だと舞台は中世ヨーロッパが多かったのですが、たとえばドイツやフランス、イベリア半島について、聴いて下さる方もそこまで知識がないと思うのでさらっと聞き流せていた部分もあるかもしれませんが、今回はパラレルワールドとは言え現代の日本が舞台です。聴いて下さるみなさんもかなりリアルに想像ができてしまう。そういうことを考えると、神社は何系の神社で、どういうご神体を祀っていて、登場人物たちはどこに住んでいて、どこの小学校からどこの中学校に進学して、家からその学校に行くまでにどのバスに乗って何分かかる……みたいなことまで、曲を作り始める前にある程度は構築しておきたかった。そこまで突き詰めておくと、曲は「あ、なんかできちゃった!」という感じになるんです。まあ僕が創作しているならというifの話ですが。実際はこの現代日本によく似た世界に行って、取材した膨大な内容を曲にまとめています。信じるかどうかは、あなた次第です(笑)。
――さすがです。
Revo:でもね、物語を作るという観点でいうと、僕はきっと凡人なんですよ。人並外れた才能があるわけでもなく、天才とかそういうのは本当におこがましい話で、たぶん凡人なんです。ただ普通の人はそういう作業をやらないだけで、僕は15年以上やってきたから普通の人よりはノウハウがあるだけだと思います。なので苦労を重ねて物語を作ってきましたが、音楽に関してはいわゆる天才的なある種の才能があるんでしょうね。いや、ある。と言い張っても良いか(笑)。だからやれているというか……音楽も凡人だったら永遠に作品が仕上がらないもんね(苦笑)。
――今回、現代の日本を舞台に選んだ理由は?
Revo:単純に、同じ時代・同じ場所が続くとつまらないなと。段々と僕の中でも許容する音楽は変わってきていて、ずっと和の要素や現代日本的な要素を持った音楽を作りたいと思っていたので。でもこの要素って他の地平線に入れ込むことってなかなか困難じゃないですか。世界観的に。なので、満を持してというか、許容される舞台の番がくるまで温存していました。ローランのみなさんの中には『Roman』や『Moira』や『Märchen』が好きで、たとえば『Roman II』のようにそれぞれの続編を作って欲しいと思っている人もいるかもしれないけど、僕の中では「それはもうすでにやったことだろ?」と。二度とやらないとは言わないけど、まったく新しい世界を描いた方が、僕自身のスキルアップにもなるし楽しいからね。
――今回は現代を扱っているからこそヒップホップ調の楽曲、つまりフロウとともに韻を踏むラップの要素もあるし、現代の若者言葉や、「悪くないだろう」のようなギャグもありますね。
Revo:ギャグは僕がぺこぱの物語性のあるスタイルが好きだから無理やり入れた感はありますけどね(一同笑)。彼らの「時を戻そう」で場面が繰り返し切り替わる要素って、ご都合主義的でありながら様式美になっていて、舞台演出を経験した人間であればきっと何か感じるものがあると思うんですよ。もちろんギャグとしても面白いし(笑)。ラップは前からやりたいと思ってました。ヒップホップ的ではない形で、過去の曲でも韻を踏みまくる歌を発表していたのですが。そこにエンタメとしての面白さを感じていたし、自分の言語感覚へのチャレンジでもあるんだよね。言葉遊びをやりつつ、物語音楽としての流れも成立させなくてはいけない。
明らかに普通の歌詞を書くよりも大変なんだけど、こういうチャレンジをするとより“やり切った感”があるので。毎回新しい音楽的チャレンジをしたいと思っているんですけど、世界観的にラップを嗜んでいても不思議ではない登場人物が出てきたので、今でしょと。ラップってすごくキャッチーだし、真面目にやっていてもファニーな要素が生まれてくるので、歌詞も遊びやすくて。いろいろな要素も含めて気に入っているし、あのパートは面白いものができたなと思っていますね。そうそう、あの曲でバイクが出てくるじゃないですか。
――出てきますね。
Revo:実はバイクを出した部分にも、個人的にはやり遂げた感があるんですよ。今までの作品の中で散々馬は走ってきたんですけど、ようやくSHの文明が馬からエンジンになったと(一同笑)。史実として、古代から近代まで馬で移動する時代が長すぎるわけですが、バイクや車のSEが入ったときに個人的には感慨深いものがありました。
――日本の伝統的な要素、和の部分に関してはいかがでしょうか?
Revo:そうですね……今回7.5th or 8.5thと謳っているので濁してはいるのですが……“第8の地平線”は和を意識した作品でもあります。末広がりの“八”でもあり、八百万の神々の“八”でもありますしね。そして数学的な観点では無限大(∞)の“8”でもある。さらに言うと、永遠に循環するイメージを伴う自らの尾を口に咥えたウロボロスの蛇でもあるんですよ。日本に古くから伝わる考え方だと、数え切れないもの、無限にあるものも“八”と呼んでいて、神聖な数字とされている。そのような考え方が8th Story CD『Rinne』という作品に繋がっていく……のかもしれないし、いかないかもしれない、解釈はあなた次第ですという(笑)。
――ありがとうございます(笑)。
Revo:ただ改めて、これを言い残しておきますが『絵馬に願ひを!』と『Rinne』についてはある種の親和性があると思います。かといって『Rinne』が和をテーマにした作品だと言い切れるようなものでもないんですけど。『Rinne』においてはそれがフックになってくるかもしれません。まあコンサートの予定もありますし、神様たちの選択の総意次第かもしれませんが。“ノエル(Noël)”をスカウトしてきた辺りから、地平線に対する認識改革の下準備は進めてきたと言えるかもしれません。今、彼の残したものを語るにはまだ早いかなと思いますが……。物語音楽の革命とも言えるフルコース『Rinne』の前に、箸休め的に『絵馬に願ひを!』を受けっとってもらえたら……まぁ、ちょっと重すぎる箸休めになりましたけどね(一同笑)。
――今回も重要な情報をありがとうございます。
◆インタビュー(2)へ
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