ジョン・レジェンド、新作『ダークネス・アンド・ライト』が放つ重みと深み
グラミー10冠に輝いたピアノ弾きのシンガー/ソングライターという肩書きに、オスカー獲得という名誉も加わったジョン・レジェンド。映画『グローリー/明日への行進』(2014年)の主題歌となるコモンとの共演曲「グローリー」がアカデミー賞の最優秀歌曲賞に輝いたことは多くの人が知るところだろう。「正義のための戦いや黒人の歴史を扱った映画のために作った主題歌がオスカーを受賞したおかげで新しい扉を開くことができた」と話すように、現在のジョンは新たな道を歩み出している。
もちろん、“新たな扉”は、これまでの音楽キャリアがあってこそ開くものだ。2016年末で38歳になるジョンは、本名のジョン・スティーヴンス名義でローリン・ヒルの1998年作『ミスエデュケーション』などにピアニストとして参加した後、カニエ・ウェストがソニー・アーバン傘下に設立した「G.O.O.D.(Getting Out Our Dreams)」から、2004年の誕生日にメジャー・デビュー・アルバム『ゲット・リフテッド』を発表。収録曲の「オーディナリー・ピープル」などが第48回グラミー賞で栄冠に輝き、以降も2006年の2nd『ワンス・アゲイン』、2008年の3rd『エヴォルヴァー』、2013年の4th『ラブ・イン・ザ・フューチャー』と、ヒット・アルバムを立て続けに放っていった。
その間、2007年には自身のレーベル=ホームスクールを立ち上げてエステルの全米進出に尽力したり、2010年には後の「グローリー」に繋がっていくようなザ・ルーツとのコラボ・アルバム『ウェイク・アップ!』を発表。初期の音楽仲間がたまたま口にして名付けたという“レジェンド(伝説)”という名前に負けないような偉業を成し遂げている。特に前作を出した2013年前後からのジョンは公私ともに絶好調。私生活では2006年に出会ったモデルのクリッシー・テイゲンと結婚し、それが自身初の全米チャート1位を記録するラヴ・ソング「オール・オブ・ミー」を生む原動力となった。
一方、冒頭で触れた「グローリー」などで昨今のBlack Lives Matterムーヴメントに同調しつつ、自身の映像制作会社を立ち上げてTVドラマや映画にも関与し、公開されたばかりのミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』には、サントラに「スタート・ア・ファイアー」を提供しただけでなく俳優としても出演。こうしてキャリアの幅を広げ、幸せに包まれながらシリアスな社会状況からも目を逸らさない近年のジョンの気持ちを綴ったのが、約3年ぶりに完成させた新作『ダークネス・アンド・ライト』(ソロ5作目)となる。本人いわく「今の僕の立場から見た人生や愛、家族、世界についての思いを込めた、ソウルフルで気持ちの良い音楽」を詰め込んだアルバムだ。
“闇と光”というアルバム・タイトルには、本編の最後を飾る骨太でリズミックな「マーチング・イントゥ・ザ・ダーク」で同様のことが歌われているように、「世界が暗い闇に覆われていても、これまでと同じように愛を広めてゆきたい…そうすれば憎しみに打ち勝つことができる」という思いが込められているという。その思いは先行シングル「ラヴ・ミー・ナウ」にも強く反映されていて、「明日のことは誰にもわからないから、今この瞬間に大切な人を愛そう」と訴える。切なげなムードで弾むような曲調も心を揺さぶる、混迷の時代におけるラヴ・ソングだ。
「父親になったことは当然曲作りに凄く影響してくる」と言い、今年4月に誕生したばかりの愛娘に捧げた「ライト・バイ・ユー(フォー・ルナ)」のような曲でパーソナルな感情を綴りながら、「世界で今起きていることについて自分が感じていることを正直に歌詞にしている」とも話す歌の世界は内省的でありつつ外を向いている。つまり、ここで謳われている愛はプライヴェートなそれであると同時に誰もが共感できる普遍的な愛でもあるということ。
チャーチなピアノとオルガンをバックに真っ直ぐ情熱的に歌う冒頭の「アイ・ノウ・ベター」は、聖歌隊出身であるジョンのキャリアを改めて伝えるような原点回帰的な一曲。アルバム全体のサウンドも初期の作品に近いオーガニックな仕上がりなのだが、今回は初期からの相棒だったデイヴ・トーザーの参加はなく、全曲のプロデュースをブレイク・ミルズが手掛けている(ワン・ダイレクションの仕事で知られるジョン・ライアンとの共同制作含む)(https://www.youtube.com/watch?v=CUAbbNmKYtU)。ついでに言えば、エグゼクティヴ・プロデューサーもカニエ・ウェストからブレイクに交代。ブレイクは、去年ジョンが「ロックではなくソウルを感じて」最も愛聴していたというアラバマ・シェイクス『サウンド&カラー』のプロデューサー。アラバマ・シェイクスとは映画『それでも夜は明ける』(2013年)のインスパイア版サントラにて同席した仲でもあったジョンだが、曲作りに取り掛かる前に参考のため聴いていたのが彼らのアルバムで、結果的には違う仕上がりになるも、ブレイクの生楽器に対するこだわりがオーガニックでアーシーな感触のサウンドを生むことになった。この質感は近年ジョンが客演した曲で言うなら、メーガン・トレイナーの「ライク・アイム・ゴナ・ルーズ・ユー」に近いかもしれない。演奏陣には、ディアンジェロの『ブラック・メサイア』にも参加していたクリス・デイヴ(ドラムス)やピノ・パラディーノ(ベース)も名を連ね、力強いグルーヴを生み出している。
歌い方も含めて絡みつくようでブルージーな表題曲「ダークネス・アンド・ライト」では、ストレートにアラバマ・シェイクスのブリタニー・ハワードと共演。ただ、この曲に関してはアルバムの表題として込めたようなメッセージ性はなく、ジョンいわく「官能的な曲で政治的な意見はまったくない、とてもセクシーな内容」ということで、問題意識の高さをアピールするだけのアルバムでないことも強調しておく必要性がありそうだ。
一方、以前からのシカゴ人脈で繋がったというチャンス・ザ・ラッパーを招いたミディアム「ペントハウス・フロア」は雲の上より高いところに住んでいる特権階級層について歌ったシニカルな歌詞の曲。チャンスのリリックに“トランプタワー”という言葉が登場するので、これを大統領選と結びつける向きもあるだろうが、「ほとんどの曲は去年できたもので、選挙の結果を予言することもできなかった」と偶然であることを強調。また、カマシ・ワシントンがテナー・サックスで控えめに音を添えたミゲル客演のバラッド「オーヴァーロード」では、SNSが氾濫する世の中を皮肉るようでありながら、それを気にせず個人の恋愛関係を公にすることについて歌っている。が、こうしたことについても、「正直に言うとアルバムの内容を口で説明したくはない」とジョンは言う。口で説明できるほど世界は狭くないし、愛は軽くない……そう解釈したくなるような重みと深みが、このアルバムにはある。
Text by 林 剛
ジョン・レジェンド『ダークネス・アンド・ライト』
配信/輸入盤CD 発売中
https://itunes.apple.com/jp/album/id1170697676?at=10l3PY
1.I Know Betterアイ・ノウ・ベター
2.Penthouse Floor(feat.Chance the Rapper) ペントハウス・フロア feat.チャンス・ザ・ラッパー
3.Darkness and Light(feat.Brittany Howard)ダークネス・アンド・ライト feat.ブリタニー・ハワード
4.Overload(feat.Miguel)オーヴァーロードfeat.ミゲル
5.Love Me Now ラヴ・ミー・ナウ
6.What You Do to Me ホワット・ユー・ドゥ・トゥ・ミー
7.Surefire シュアファイア
8.Right By You(for Luna)ライト・バイ・ユー(フォー・ルナ)
9.Temporarily Painless テンポラリリー・ペインレス
10. How Can I Blame You ハウ・キャン・アイ・ブレイム・ユー
11.Same Old Story セイム・オールド・ストーリー
12.Marching Into the Dark マーチング・イントゥ・ザ・ダーク
13.Drawing Lines ドローイング・ラインズ ※
14.What You Do To Me(Piano Demo) ホワット・ユー・ドゥ・トゥ・ミー(ピアノ・デモ)※
15.Love You Anyway ラヴ・ユー・エニウェイ ※
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