洋楽ヒットにまつわるエピソードを集めた電子書籍、VOL.3登場

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1970年代から1990年代の洋楽ヒットにまつわるエピソードを集めた電子書籍『BOTH SIDES NOW~あの全米大ヒット曲、その光と影を巡る物語~』シリーズ、そのVOL.3完結編が2013年末に発売された。

◆『BOTH SIDES NOW~あの全米大ヒット曲、その光と影を巡る物語~』VOL.3画像

著者はCBSソニー(現ソニー・ミュージック)の洋楽ディレクターとしてELOやナイト・レンジャー、エイジア、オジー・オズボーン等を日本でヒットさせ、その後、ラジオ番組の制作や雑誌への執筆等で洋楽を紹介してきた村上太一氏(2008年10月没)。現場が大好きで“音楽紹介屋”として活躍してきた村上氏だからこそ書けた、洋楽ヒットにまつわるエピソードが満載となっている。完結編のVOL.3には以下のヒット曲が取りあげられている。

1.エアロスミス「ラヴ・イン・アン・エレベーター」(1989年)
2.ロクセット「THELOOK」(1989年)
3.マドンナ「ライク・ア・プレイヤー」(1989年)
4.ベット・ミドラー「愛は翼にのって」(1989年)
5.プリンス「バットダンス」(1989年)
6.ポール・マッカートニー「ディス・ワン」(1989年)
7.フィル・コリンズ「アナザー・デイ・イン・パラダイス」(1989年)
8.ドン・ヘンリー「エンド・オブ・ジ・イノセンス」(1989年)
9.ジョン・ボン・ジョヴィ「ブレイズ・オブ・グローリー」(1990年)
10.ハート「愛していたい」(1990年)
11.オリータ・アダムス「ゲット・ヒアー」(1990年)
12.ジェーン・チャイルド「ドント・ウォナ・フォール・イン・ラヴ」(1990年)
13.ウィルソン・フィリップス「ホールド・オン」(1990年)
14.ダム・ヤンキーズ「ハイ・イナフ」(1990年)
15.グレン・メデイロス「シー・エイント・ワース・イット」(1990年)
16.シニード・オコナー「愛の哀しみ」(1990年)
17.ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュース「カップル・デイズ・オフ」(1991年)
18.ポーラ・アブドゥル「あふれる想い」(1991年)
19.ブライアン・アダムス「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」(1991年)
20.エリック・クラプトン「ティアーズ・イン・ヘヴン」(1992年)

ここでは、気になるエピソードを一部、抜粋して紹介しよう。

1.エアロスミス「ラヴ・イン・アン・エレベーター」(1989年)

1987年の復活第2弾アルバム『パーマネント・ヴァケーション』の大ヒットを受け、多大な期待を背負って発表されたアルバムが1989年の『パンプ』だった。その第1弾シングルとして当然のように大ヒットを“義務づけられていた”のが、この「ラヴ・イン・アン・エレベーター」だ。

(中略)そのヒットに寄与したもののひとつが、エレベーターの中でのラヴ・アフェアを映像化したPVである。このPV、サンタモニカのホテルに実際にあるガラス張りのエレベーターを使用し、美女500人のエキストラが下から見守るなか、スティーヴンの乗ったエレベーターが降りてくるという想定だったのだが、あまりにも野次馬が多かったためにロケは中止になってしまった。おかげでエレベーターの中で美女と絡むシーンが多くなり、ロマンチックでエロチックなクリップが出来上がったというわけだ。スティーヴンいわく「イチかバチかのスリルを味わってるときのセックスが最高さ。タイトルがハッキリしてれば、ビジュアルもはっきりしてくるもんさ」


2.ロクセット「THE LOOK」(1989年)

世界にスウェーデン・サウンドを広めるための扉を開けたのが、今回取り上げるロクセット。アバが世に出るきっかけはユーロヴィジョン・ソング・コンテストだが、ロクセットの場合はアメリカのラジオ。そう、正真正銘、ラジオが生んだヒット・アーティストなのだ。そして「THE LOOK」は、そのワールド・デビュー曲とも言える記念の1曲なのである。

ロクセットがアメリカでヒットした経緯についてはちょっとした伝説がある。細かいところに関しては諸説あるが、各地の伝聞をまとめた形で紹介すれば、そのストーリーはこうだ。

1989年の冬、デトロイトに住むある若者がスウェーデンを旅行する。その時、当地では10週連続チャートのNo.1などという、とんでもないヒット曲が存在していた。彼は旅行中のあちこちでこの曲を耳にして帰国。ところが、帰国後もこの曲が耳について離れない。そこでスウェーデン在住の友人に手紙を書いてそのヒット曲、ロクセットのカセット・テープを送ってもらった。何度聴いてもいい曲だ。若者は、地元の放送局にこのカセットのコピーを手紙付きで送った。「遠いスカンジナビアにこんないい曲がある。こういう曲を放送したらどうだ」というもの。デトロイトのFM局のDJは、早速このカセットをオンエア。若者の手紙も紹介した。すると、リスナーからのリクエストが殺到し、あっという間にヘヴィ・ローテーションになった。これに目をつけたEMIアメリカは即座にこの曲入りのアルバムをリリース。同時に全米規模で宣伝態勢をしいた。こうして「THE LOOK」はあれよあれよという間にヒットしていき、1989年4月8日、全米シングル・チャートのNo.1を飾ったのだった。


3.マドンナ「ライク・ア・プレイヤー」(1989年)

マドンナと言えば“お騒がせアーティスト”というイメージがあるが、本当の意味で“お騒がせアーティスト”と言われ始めたのも、この『ライク・ア・プレイヤー』あたりだったと言える。この頃、マドンナはインタビューのなかで「私は人を驚かせるのが好き」と語っているが、この『ライク・ア・プレイヤー』にも人を驚かせるアイデアを盛り込んでいた。なんと、ジャケットに匂いをつけたのだった。日本人には親しみのある墨の匂いが、欧米の人々には“東洋的、魔術的”な匂いと感じるらしく、エキゾチックな雰囲気作りとして取り入れたわけだが、これは見事に功を奏したと言えるだろう。(中略)

1989年の『ライク・ア・プレイヤー』当時、マドンナの周辺ではもうひとつのスキャンダルが乱れ飛んでいた。それは撮影に入っていた映画「ディック・トレイシー」の主演男優、ウォーレン・ベイティとの噂だが、マドンナは彼にモーションをかけまくり、めでたく(?)ハリウッドのうわさ話に発展させ、面目を躍如した。まぁ、マドンナの“男誘い発言”は初めてのことではなく、その後もサッカーのチリ代表フォワード、サラスに対し“彼を見ているとセックスのことしか考えられない”と強烈なモーションを送っている(当のサラスもサラスで、「ハダカを見たら、もっとオレのトリコになるゼ!」なんて応じているから、どっちもどっち)。結局は、ウォーレン・ベイティがマドンナに利用されたカタチで、『ライク・ア・プレイヤー』のヒットと、「ディック・トレイシー」の前宣伝に使われたというのが真相だ。


ほかにもポール・マッカートニーの“アメリカでは売れない説”の真相!?/女泣かせのプリンスがほんとに泣かせたあの美人シンガー!?/クラプトン、亡き息子への想い…など20遍のエピソードが掲載されている。

『BOTH SIDES NOW』シリーズのVol.1、Vol.2の詳細は下記リンクから是非チェックを。

『BOTH SIDES NOW~あの全米大ヒット曲、その光と影を巡る物語~』
著者:村上太一
発行所:UP BOOKS & MAGAZINES
定価:500円
取り扱い電子書店:BOOKLIVE READER STOREブックパス


◆電子書籍『BOTH SIDES NOW』VOL.2、驚きのエピソード集
◆洋楽ファン必見の電子書籍『BOTH SIDES NOW~あの全米大ヒット曲、その光と影を巡る物語~』、登場
◆UP BOOKS & MAGAZINESオフィシャルサイト
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