【連載】Large House Satisfactionコラム番外編『新・大岡越前』第五章「違和感の招待」

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「さて、どうしたものかな…」


役宅の自室で、忠相は溜息をひとつつくと、また髭抜きの手入れを始めた。


掬衛門から三日の猶予をもらい、夜も寝ずに考え抜いた忠相だが、結論はでず、寝不足のだるい感じしか残っていなかった。

正直なところ、按摩師のロクさんでいいじゃん。みたいな気持ちはあった。
なぜなら他の二人は真性のクズだからである。


しかし、忠相には何か引っかかるところがあった。

はたからすれば盲目の按摩師とはいえ人格の整ったロクさん。

忠相も何度か市中で見かけたことがあるが、道ゆく人々はロクさんに対して大変親切であった。

ロクさんも常に人を安心させるような微笑を絶やさず、たまに軽口など叩くなどして、ちょっと洒落たいい感じのおっさんを演出している。



常人から見れば特に変わったこともない。というより普通よりいいじゃん。いいやつじゃん。というのが感想であろう。


しかしそこは大岡越前守忠相である。


後の世で自分が主役のテレビ番組が製作されちゃうくらいの人である。

忠相が、なんかへんだなー。と思ったら確実に何かが変なのである。



とはいったものの、ちょっとなんかへんだなー。と思ったくらいで一体何が変なのかが掴みきれない忠相であった。



「ちょっと、おもてにでるか」


気が滅入ってきた忠相は、近くの滝まで散歩することにした。







**



忠相の向かった滝。

この滝の付近に、広い洞穴がひとつある。

そこに三人の男の黒い影があった。


蝋燭も灯さず闇の中でなにやら語らいあっている。



「しかし、お頭も上手くやったものだ」

「馬鹿な医者とアル中の易者がでしゃばってきやがって、一時はどうなるかと思ったが」

「さすがお頭だぜ。奴らのことを逆手にとって、上手くたちまわったな…」


あたりは暗闇だが、こんなところには誰も来ないだろうという思いもありつつ、話に興奮している三人は大声で喋っている。


「いや、しかしよ。あの医者とアル中じゃ、どっちにしろ相手にならねえだろう」

「ちげえねえ。だが、噂によると、泥鰌屋のじじい、あの大岡越前に婿選びを任せたらしい」

「なんだと?一体どうなってんだ」


突然、忠相の名がでたので、男たちは少し狼狽した。


「しかもあの大岡越前ともあろう男が、三日三晩悩みぬいているらしい」

「おいおい、大丈夫かよ」

「まあ安心しろ。よっぽどの馬鹿じゃねえかぎり、あの狂人二人のどちらかを選ぶなんてことはねえだろうからな」

「うふふ。たしかに」


三人は暗闇でにんまり笑った。


「これでお頭が泥鰌屋の婿になれば、俺たちの一世一代のお盗(つと)めの準備は万端ってわけだ」

「俺はこのお盗めが終わったら、しばらくゆっくりさせてもらうぜ。なにせ天下にきこえた泥鰌屋の金蔵だ。一生遊んでも使い切れるかどうか」

「これを機に、足を洗うってのもいいかもしれねえな」

「いやいや、そいつは無理だ。一度盗みの味を憶えたからには、そうそう忘れられるものではあるめえ」

「ちげえねえ。うふっ、うふふ。うふふふふふふふふふふー!」



この男たち、盗賊・なま乾きのヤマちゃん一家の者である。

なま乾き一家は、かつて全国をまたにかけて盗みを働き、その世界では名を知らぬものはいない大盗賊であった。

しかし先代・ヤマちゃんの死後、その跡を継いだ六助という男、腕はいいが血を好む質で、先代が頑なに守っていた急ぎ働き、つまり強盗殺人の禁止を破ってしまった。


そのおかげで古くからのなま乾き一家の面々は次々と離れていき、残ったのは血生臭いのを好む数少ない手下だけとなった。



「よし。押し込みにむけてこちらも準備をすすめるか」

「とはいったものの、準備らしい準備はねえなあ」

「では、これから一杯ひっかけにいくか」

「うふふ。よし、行こう行こう」



三人は上機嫌で洞穴から出て行った。



「なるほど、な…」

つぶやいたのは、忠相であった。


ふらりと滝にやってきた忠相は、近くの岩に腰をおろすと、ぼんやりもの思いにふけっていた。

すると、岩の下からかすかに人の声が聞こえてきた。


▲絵:小林賢司
「む…」


不審に思った忠相は岩を力いっぱい押して、横にずらした。

先ほどより声が明瞭に聞こえるようになったので、忠相は息を潜めて汚れるのもかまわず地面に耳をつけて、声に聞き入ったのである。


それはどうやら、盗賊たちの会話だったのである。

しかも驚いたことに、話の内容からすると、按摩師のロクさんは盗賊の頭らしい。



この事実を知ったのは偶然だが、忠相のなんかへんだなー。という直感は正しかったのである。


「やっぱねー」


忠相は立ち上がると、そのまま洞穴から出てきた三人の尾行を開始した。




つづく

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