【ライブレポート】ポール・マッカートニー、「いま」を生きる清らかさ
ついに、ポール・マッカートニーのジャパン・ツアーがスタートした。ポピュラー・ミュージック界最重要人物のひとりが日本でライブを行うという事実だけでもバリューは十分で、さらに、その来日が11年ぶりのものとあれば、「ついに」という副詞はたしかにしっくりくる。
◆ポール・マッカートニー画像
ただし、日本のファンの熱に対してはどうだろう。ジャパン・ツアー開幕となった11月11日、京セラドーム大阪で行われたのは追加公演で、それは、最初に発表された大阪1公演、福岡1公演、東京3公演のチケットの売れ行きが大変に良かったことを受けてのものだった。
思えば前回、2002年のジャパン・ツアーは、チケットの売れ行きが悪かったわけでは決してないけれど、来日前にソールドアウトにならなかった。そう、2013年は、最初に発表された大阪1公演、福岡1公演、東京3公演はソールドアウトとなっているのだ。今回のポール来日に対するファンの期待値の高さは相当なものということで、だから、彼ら、彼女らの心情に対して用いる「ついに」がもっともふさわしいと思うのである。ならば、ポールはその期待に応えることができたのか。もっというと、71歳の高齢であるからして、なにかパフォーマンスに影響することはあったのだろうか。
そして、これが大変に驚きであったのだけれど、ポールはステージに現れた19時10分から2時間45分のあいだ、一度たりとも気張ることがなかったのである。揚々と歌うこともなかった。自分を、自分のキャリアを誇ることもなかったということで、ポールは歌うことを、ベースやギターやウクレレやキーボードを弾くことを、メンバーと一緒にバンド演奏することをひたすら楽しんでいただけだった。子どものようだった。ポールはズボンの右ポケットにピックを入れてあるのだけど、ライブ中に何度も、なんとも、大事そうにピックを取り出すのである。しまうのである。バンドを組んだばかりの高校生のようだったとしかいいようがなく、ただし、その仕草はポールの根幹にあるものだと思った。
それは「いま」という時間を大切にする、楽しむということの表れで、たとえば1曲目と2曲目。ライブは1964年発表のザ・ビートルズ時代の「エイト・デイズ・ア・ウィーク」で始まり、すぐさま最新アルバム『NEW』収録の「セイヴ・アス」へと続いた。このふたつの曲のあいだには約50年もの時間差があるわけだけれど、まったく同じ温度で音が鳴っていた。どちらの曲がいいのかどうか、などと観る者に思わせる余裕をいっさい持たせないほど、どちらも活き活きとした音だった。もしポールが過去の栄光、成功という莫大な貯金を頼りにするアーティストだったら、そうはならない。「いま」なにができるのか、なにに挑戦すべきなのか、という連続がこの人のキャリアを築き上げてきたのであって、だからこそ、こちらは嬉々として歌うポールを2時間45分も目撃することができたのだ。
たしかにそれは微笑ましい姿であったし、誰もが聴きたいと願う楽曲を次から次へと披露することでこちらの過剰な期待に応えたわけだし、巨大なステージと会場を彩る照明とレーザー光線はため息が出るほど美しいものであったし、要するに、楽しめなかった観客はひとりもいなかったのではないかと断言したくなるほどに完璧なロックショーであり、エンタテインメントショーであった。
しかしそのステージに立つポールの後ろには、さまざま過去が見え隠れしていた。史上もっとも成功したロックバンドが解散したこと、どんなに優れた作品を作ろうともバンド時代と比較されるだけの表面的な批評ばかりされ続けてきたこと、バンドの大切な仲間だったジョン・レノンとジョージ・ハリスンが、愛妻リンダ・マッカートニーが亡くなったこと、などである。それでもポールは「いま」という時間をどう過ごすべきか自問自答し、その答えを、あるときはシングルで、あるときはアルバムで、あるときはライブでオープンにしてきた。この人はほんとうに「いま」を生きる人なのだ。だから、1960年代も1970年代も1980年代も1990年代も2000年代もかっこよかった。もちろん2010年代もかっこいい。アーティストとしてはもちろんだけれど、単純に人としてリスペクトせずにはいられない、感動的なライブだった。
写真:シャノン・ヒギンス
文:島田 諭
<ポール・マッカートニー アウト・ゼアー ジャパン・ツアー>
2013年11月11日@京セラドーム大阪
1.エイト・デイズ・ア・ウィーク ★
2.セイヴ・アス
3.オール・マイ・ラヴィング ★
4.あの娘におせっかい
5.レット・ミー・ロール・イット
6.ペーパーバック・ライター ★
7.マイ・ヴァレンタイン
8.1985年
9.ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード ★
10.恋することのもどかしさ
11.夢の人 ★
12.恋を抱きしめよう ★
13.アナザー・デイ
14.アンド・アイ・ラヴ・ハー ★
15.ブラックバード ★
16.ヒア・トゥデイ
17.NEW
18.クイーニー・アイ
19.レディ・マドンナ ★
20.オール・トゥゲザー・ナウ ★
21.ラヴリー・リタ ★
22.エヴリバディ・アウト・ゼアー
23.エリナー・リグビー ★
24.ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト ★
25.サムシング ★
26.オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ ★
27.バンド・オン・ザ・ラン
28.バック・イン・ザ・U.S.S.R. ★
29.レット・イット・ビー ★
30.007 死ぬのは奴らだ
31.ヘイ・ジュード ★
E1.デイ・トリッパー ★
E2.ハイ・ハイ・ハイ
E3.ゲット・バック ★
E1.イエスタデイ ★
E2.ヘルター・スケルター ★
E3.メドレー:ゴールデン・スランバーズ/キャリー・ザット・ウェイト/ジ・エンド ★
※★印はザ・ビートルズ時代のナンバー
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