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本名:ロバート・ネスタ・マーリー)
1945年2月6日-1981年5月11日
ジャマイカ出身のレゲエ・ミュージシャン。その音楽はラスタファリ運動の思想を背景としており、彼の音楽・思想は音楽関係者のみならず、数多くの人々に多大な影響を与えている。“ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー”において、第19位にランクされた。

1970年
キングストン市ホープロード56番地に、自身のスタジオ/レーベルであるタフ・ゴングを設立。
1972年
アイランド・レコードと契約。
1973年
メジャーデビューアルバム『キャッチ・ア・ファイア』をリリース。
1974年
エリック・クラプトンがカヴァーしたマーリーの楽曲「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が、全米ビルボードチャート第1位を獲得する。その後、バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュがウェイラーズから脱退した。

1975年
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとして、新たに活動を開始する。
1976年
プロデューサーのクランシー・エクルズらと共に、マイケル・マンリー率いる人民国家党 (PNP) の政治キャンペーンに参加したことから、エドワード・シアガ率いるジャマイカ労働党 (JLP)との二大政党の対立抗争に巻き込まれた結果、12月3日に狙撃され、重傷を負い、亡命を余儀なくされる。

1978年
ジャマイカに舞い戻り、“One Love Peace Concert”を開催する。この時、コンサートを観に来ていたマイケル・マンリー(PNP)とエドワード・シアガ(JLP)の2人の党首をステージ上に招き、和解の握手をさせた。

1979年
4月から、日本、オーストラリア、ニュージーランドで公演を行なった。さらに、かねてからの念願であったラスタファリズムの聖地、エチオピアを訪問。この時の体験を基に、アルバム『サヴァイヴァル』を発表している。

1980年
アフリカ訪問、さらにアルバム『アップライジイング』発売。
1981年
5月11日に脳腫瘍を患い、アメリカ・フロリダ州の病院で死去。36歳没。同月21日にキングストンにて国葬された。