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ジョージ・マイケル 1963年6月25日 - 2016年12月25日

イギリス出身のシンガーソングライター。父親はギリシャ系キプロス人で、本名ヨルゴス・キリアコス・パナイオトゥ。

1975年に出会ったアンドリュー・リッジリーと1981年に結成したポップ・デュオ、ワム!での活動で「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「ケアレス・ウィスパー」「ラスト・クリスマス」などの世界的ヒットを連発し、86年のワム!解散後にはソロシンガーとしても比類なき成功をおさめた。

アイドルからの脱皮をはかったソロ・デビュー・アルバム『FAITH』は、4曲の全米ナンバー・ワン・シングル(「フェイス」「ファザー・フィギュア」「ワン・モア・トライ」「モンキー」)を生んだだけでなく、アルバムとタイトル曲「FAITH」がそれぞれ、1988年度ビルボード年間チャートでアルバム、シングルともに首位を獲得。第31回グラミー賞においては、最高の栄誉とされる「アルバム・オブ・ザ・イヤー」も受賞。ソロ・アーティストが、自身による単独プロデュース作で「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を手にしたのは、1970年代のスティーヴィー・ワンダー以来となった。

1990年には“先入観なしで聴いてほしい”とのメッセージを込め、シンガーソングライターに徹した『Listen Without Prejudice Vol.1』を、そして1996年には極限の喪失を癒しに昇華した『Older』 をリリース。自分なりのソウル・ミュージックの解釈を提示し、ソウル・ミュージック自体の幅を拡充し続けたことは、ポップ史上におけるジョージの最大の功績と言える。ジョージの輝かしいキャリアは40年にもわたり、累計1億2500万枚のアルバム・セールスを記録している。史上最も売れたミュージシャンのひとりとして、アメリカではビルボード・ホット100のトップを8回極めるとともに、全英シングル・チャートの1位をソロ・アーティストとして7回獲得する中で、ポップ・ミュージックの定義を変えていった。

アイヴァー・ノヴェロ賞を6回受賞しており、栄えあるソングライター・オブ・ザ・イヤー部門を3回受賞した個人のソングライターとしては今も史上唯一の存在である。グラミー賞には9回ノミネートされ2回受賞。アメリカン・ミュージック・アワードは4回、ビルボード・アワードには40回ノミネートされ12回受賞している。また、ブリット・アワードは3回受賞した。ビルボード誌は彼を「史上最高にホットで偉大なアーティスト100人」のリストに入れ、ローリング・ストーン誌では「史上最高のシンガー200人」に入った。2004年、ジョージはラジオ・アカデミーにより、それまでの20年間にイギリスのラジオで「最も多く楽曲が放送されたアーティスト」に認定された。2023年11月にはロックンロールの殿堂入りも果たしている。

35年にわたるキャリアの中で、彼はホイットニー・ヒューストン、アレサ・フランクリン、エルトン・ジョン、メアリー・J・ブライジ、ポール・マッカートニー、クイーンと名高いデュエットを行い、彼の曲はアデル、クリス・マーティン、アリアナ・グランデ、H.E.R.、ミゲル、デュア・リパ、サム・スミス、テイラー・スウィフト、オリー・アレクサンダー、クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ他多数にカヴァーされている。また、この世代で最も重要な文化的アイコンともみなされており、音楽制作、ソングライティング、ヴォーカル・パフォーマンス、ビジュアル表現においてもクリエイティヴ面での第一人者として知られていた。「ケアレス・ウィスパー」、「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」、「フェイス」、「フリーダム’90」、「ファザー・フィギュア」、「ラスト・クリスマス」、「ファストラヴ」、「クラブ・トロピカーナ」、「ジーザス・トゥ・ア・チャイルド」、「プレイング・フォー・タイム」など、彼の曲は今も私たちのカルチャーを織りなす一部となっており、その多くは10億回以上再生されている。