【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話070「AI時代、ミュージシャンに求められること」

2026.09.25 18:22

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2026年9月現在、AI音楽はもはや実験段階ではなくなった。Deezerは「2026年6月に新規アップロードされたうちの50%がAI生成音源だった」と発表した。ピーク時には1日あたり約9万曲のAI音源が公開され、一生かけても聴き切れない音楽がAIによって日々吐き出されている。もう止められない。

とはいえAIが音楽家を奪うわけもなく、人間の音楽を代替したわけでもない。私には「大量生産される音楽」と「人間が生きた結果として生まれる音楽」の二極化が始まっているようにも見える。問題は、音楽を作ることや聴くこと・音楽を介して他者や社会とつながることの意味が、AIによってどう変わるのか?という点だ。

無限に曲が生成されると、一曲一曲の存在価値が希薄になる。曲の価値が下がるという意味ではない。「何を聴くのか」「なぜそれを聴くのか」「誰が作ったのか」という音楽を文化として成立させてきた枝葉の文脈が薄れてくるという意味だ。

実際、Spotifyは音楽を聴くうえで「そこに誰がいるのか」という信頼性が重要になっているとし、AIによって生成されたアーティスト人格を示す「AI Persona」バッジを導入し、AI Creditsで情報を示す仕組みを進めている。IFPIも生成AIの利用について「AI-Generated」と「AI-Assisted」を区別する統一的なラベリング方式を7月に発表した。

そして今、Universal Music GroupとElevenLabsは複数年のライセンス契約を発表し、参加アーティストの楽曲を使ったリミックスや新しい解釈をファンが作れるAI音楽プラットフォームを共同開発するという。BelieveとSunoも、アーティストが参加を選択でき、ライセンスされた音楽がAIモデルに利用されると対価が権利者に還元される枠組みを発表している。進化するAIに対し、人間の権利と創作をどう組み込むのかが現時点での焦点だ。

でも、AIによる最大の懸念は「音楽家になるまでの時間」が奪われてしまうことだと思う。人は成熟するのに時間がかかる。優れたミュージシャンを育む環境そのものが失なわれてはいないだろうか。

ギターのFコードを押さえられずに何カ月も苦しむ。ドラマーがクリックと会話する感覚を年月をかけて習得する。自分の声が思い通りにならないことにシンガーは悩み続ける。作曲家はサビのメロディを何十回も書き直す。そんな無駄に見える時間は、音楽家の内部にゆっくりと蓄積されていき、下手だった時間・失敗した時間・恥ずかしかった時間・誰にも聴かせられなかった時間の総体が音楽家の個性を育んでいく。何度やってもできない自分と向き合い、できるようになった喜びを知り、できない人の気持ちも知る。悩みや足踏み、スランプやゾーンに突入する経験が積み重なって、創作能力と揺るぎなき個性が形成されていくのだろう。

AIは、音楽制作や音楽リスニングの効率を極端に高めるけれど、効率だけでは人生は豊かにならない。むしろ音楽は、遠回り・失敗・偶然・身体性・他者との出会い・思い出・時間の蓄積といった「非効率なもの」ばかりだ。音楽が無限に生成できる時代になったからこそ、人間が生きて、感じて、誰かと時間を共有した結果として生まれる1曲の重さが、これまでとは違う形で浮かび上がってくるだろう。我々は、音だけを聴いているわけではない。その音の向こう側に誰かがいると感じ、その生き様に感情が動く。「自分は今、生きている」と感じさせてくれる音楽を愛でる限り、音楽文化は途絶えない。

今後も、ミュージシャンは「作品」とともに「存在自体」が大きな価値を生むことだろう。演奏し、話し、ライブをし、ファンと交流し、失敗を重ね、年齢を重ね、生活をする。その人間の時間そのものが作品の背景になり、「この人が作ったから聴きたい」とエンゲージメントが強まっていく。音楽家に必要なのはAIに何をさせるかではなく、自分は何を手放さないのか、なのだろう。

AI生成によって音楽の無人格化は容易に進んでいき、音楽は作品ではなく「機能」になっていく可能性もある。「眠るための音楽」「集中するための音楽」「悲しい気分を消す音楽」「10分だけ心拍数を下げる音楽」…こうした用途はすでに存在し悪いものではない。2026年6月に公表された【AIが作曲した音楽が健康なボランティアの感情状態および生理状態に及ぼす影響:予備研究】という論文では、個人の嗜好に合わせたAI生成音楽が心理的覚醒度を低下させるなど、リラクゼーションへの可能性が示されている。7月公開の論文【音楽鑑賞習慣が成人の感情的幸福感と認知能力に及ぼす心理的影響:系統的レビューとメタ分析】では、音楽を聴くことや音楽介入が成人の不安、抑うつ、情緒的ウェルビーイングなどに小~中程度の有益な効果を示すことも報告されている。

ただ、音楽にはそれ以上に不思議な力がある。自分の状態を最適化するのではなく、むしろ、知らない音楽に出会って驚き、理解できない曲に惹かれ、歌詞に衝撃を受け、フェスでは知らない人と一緒に叫んでいたりする。自分とは全く違う人生を生きている人間の歌に、自分の感情が重なり合うという「予想外の遭遇」は、アルゴリズムの外側にある体験だ。まさに人生はサプライズの連続だよね。

音楽は自分の人生を豊かにしてくれる魔法だ。楽しいときには楽しい音楽を聴けばいいし、悲しいときには悲しい音楽を聴けばいい。何も考えたくないときにはAIが作った環境音楽もいい。人生に問いかけてくる音楽と出会ったら、立ち止まって聴けばいい。そんな感情をみんなと共有すればいい。そこでどんなドラマが生まれるのか。ミュージシャンの存在価値は、そんな瞬間にこそ輝くのだと思う。

ミュージシャンという仕事は、音楽を作ることを通して、誰かの人生と自分の人生を一瞬だけ重ね合わせることなのかもしれないな。AIの登場は、そんな隠された事実を明らかにしてくれた気がする。

文◎烏丸哲也(BARKS)

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