【インタビュー】HYDE、多重人格を宿した『JEKYLL』が描く表現者の本質「かなりクレイジーです」

2026.05.13 12:00

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『HYDE [INSIDE]』から約1年半ぶり、HYDEがアルバム『JEKYLL』を5月13日にCDリリースした。メタルコアに振り切った前作が“動”だとすれば、今作は真逆の“静”でまとめ上げたもの。系譜としては25年前の1stソロアルバム『ROENTGEN』の続編に位置付けられており、このインタビューで本人が言及しているように2作が“繋がる”仕掛けも施されている。

とはいえ、原点回帰やノスタルジーという言葉はふさわしくなく、ダークで重い世界観、その明瞭さと深度、歌唱表現の緻密さ、すべてが螺旋状に向上を遂げた名盤。フィクションの形をとりながら、秘めた内心の告白が刻まれた曲もあり、HYDEの底知れない魅力にどっぷりと浸ることができる。

1月17日に開幕したオーケストラツアー<HYDE Orchestra Tour 2026 JEKYLL>では、収録曲たちがリリースに先駆けて披露されており、3月11日の配信リリースを経た待望のCD化となる。ツアーは4月1日に国内ファイナルを終え、5月17日の和歌山、5月25日のオーストリア・ウィーンでの追加公演を残すのみ。日本のロックアーティストがウィーンのオーケストラと共演するのはHYDEが初。歴史的な瞬間を配信で見守ることもできる。

インタビューで奇しくも例に挙がったフィギュアスケート同様、HYDEのパフォーマンスは、テクニックの鍛錬と曲の世界へ瞬時に深く没入する集中力、表現力、それらが三位一体となって生み出される。ライヴでの表現とアルバム音源、双方の視点を行き来しながら『JEKYLL』の世界観に迫った。

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■人生いろんなことがありましたので
■いろいろ思い返して、全部ひっくるめて

──<HYDE Orchestra Tour 2026 JEKYLL>の国内セミファイナル(3月31日@ぴあアリーナMM)をレポートさせていただきましたが、初日の福島・郡山から、さらに歌唱がブラッシュアップされていることに驚きました。4月1日の国内ファイナルでは「歌と向き合えたツアーだった」と語られていましたが、毎公演どのようなお気持ちでコンサートに挑まれていたのですか?

HYDE:毎公演コンサートのビデオをチェックして、照明とかを修正していくと、どうしても自分の歌の気になるところが出てくるんですね。そういうブラッシュアップを毎日していった結果、という感じですね。

──それは、これまでのツアーにはなかったことですか?

HYDE:いや、これまでもしてはいたけど、特に今回はJEKYLLオーケストラの皆さんを連れてのツアーだったので、“下手なヴォーカルの後ろで弾くのは嫌だろうな”と。恥を掻かせたらいけないなと思ったし、アーティストとしてなるべくいいものにしてあげないとな、という気持ちはありました。やっぱり責任感がこれまでとはちょっと違ったかな。まぁ、それだけ大人になったということですね(笑)。ファイナルとか、特にいい歌を歌えたんじゃないかな、という気持ちはありました。

──『JEKYLL』収録曲はライヴで先に聴いていましたが、改めてアルバムという形態になると、また発見がありました。「FADING OUT」で終わる曲順が衝撃的で。ハッとする幕切れでしたが、どういう意図があったのでしょうか?

HYDE:あの曲はそこしかハマらなかったんですよ。ただ、いろいろ考えていく中で、あの曲が一番『ROENTGEN』っぽいと思って。幻想的で、ちょっと「UNEXPECTED」(『ROENTGEN』の1曲目に収録されたナンバー)に通じるような雰囲気がある曲で。そういう意味でも、最後に置いて『ROENTGEN』に繋がっていく感じが出るのがいいかなとは思っていました。

──5曲目「SO DREAMY」までの前半と、6曲目「THE ABYSS」からの後半の対比も鮮やかです。アナログ盤のA面B面にぴったりだと思ったんですが、そこを意識なさった部分も?

HYDE:いや、それはないです。アナログ盤に関しては“もっと曲数が入るのかな?”と思っていたぐらいで。10曲しかないから余裕だと思って、もう1曲「LAST SONG」を足そうとしたら、入らなかったんですよね。今思えば、たしかに46分のカセットテープ(※片面23分ずつ)に入りきる長さだもんね。

──通して聴きやすい、ちょうどいい長さですよね。「FADING OUT」は、ライヴだと場面が切り替わる中盤で披露されて、世界観を変える役割を果たしていました。

HYDE:あそこで衣装も変わるしね。

──黒いHYDEさんから白いHYDEさんへ。ああいった見せ方はどのようにイメージされたのでしょうか?

HYDE:5月のウィーン公演を想定してましたね。ウィーンでは中間部に20分休憩があるんですよ。それを見越して日本でも近いことをやりたいなと思って。

──なるほど。「FADING OUT」の作曲にあたっては、“ハンドパンを使いたい”という想いがもともとあったそうですね?

HYDE:そうなんです。僕はあの楽器が大好きで、いつか曲で使いたいなとずっと思っていたんです。

──一般的には馴染みの薄い楽器だと思いますが、HYDEさんはどのように出会われたのですか?

HYDE:どこでしょうね? 

──使用されている曲を聴かれたことがあるということですか?

HYDE:曲もあるし、京都とかに行くとストリートで叩いてる人がいるんですよ。今回アルバムの曲をつくっている時に、“あ! そういえばそんなアイデアがあったな”と思い出したんです。それで、hicoのキーボードからハンドパンの音を出して、なんとなく演奏してもらいながらメロディーをつくっていきました。

──未来的でありながらどこか懐かしくもあり、不思議なムードを醸し出す音色で。俗世界から聖なる世界へと移行していく、そんな装置にも感じました。

HYDE:そういう意図はなかったですけど、ジャジーな曲と分けるという意味では、あそこでやりきる感じはありましたね。ライヴ前半でジャジーな曲をほぼやってしまって、衣装もあそこで変わるし、そこから幻想的な雰囲気に持っていくというか。

──『HYDE [INSIDE]』が“動”で、対照的に『JEKYLL』は“静”というカテゴリーにはなるんですけども、様々な感情を表す曲が詰まったアルバムですよね。収録する曲のセレクトにおいて、外せない条件や基準はあったのですか?

HYDE:基準は……どうでしょう。 もう感覚でしかないですよね。僕が思う、“オーケストラで演奏するような曲”とか。“『HYDE [INSIDE]』には入れられないし、L’Arc-en-Cielでも出来ないな”みたいな曲かな。

──ただ、L’Arc-en-Cielの楽曲も多彩ですよね。そこで“出来ない”というのは、どういうことなんでしょうか?

HYDE:いや、何でも出来ますね(笑)。 でもL’Arc-en-Cielってどんな曲でも出来るけど、アルバムで考えた時に、それだけで一つにまとめるって出来ないですよね。その中の1曲だけなら出来るけど、こういうアルバムは難しいですね。

──コンセプトとして、作品全体をそういうトーンで統一することは出来ないということですか。

HYDE:それがもともと『ROENTGEN』をつくった意味でもあったんですけど、僕は一つにまとめたかったんです。確かに、1曲だけならL’Arc-en-Cielでも出来るかもしれない。でも例えば「TATTOO」のような静かな曲であっても、バンドだからドラムを入れないといけないとか。そうなってくると別の方向で考えないと行けない。それがバンドでもありますけど。

──たしかに、メンバー個々にいろいろなヴィジョンもあるでしょうし。

HYDE:そう。L’Arc-en-Cielはロックバンドだから、これは嫌だとか、出来ないとかいうのもあるじゃない? そうなるともう成立しない曲が、『JEKYLL』には結構あるんですよ。

──「TATTOO」は個人的に、今作で最も印象深い曲でした。リズム楽器が入っていないオーケストラアレンジは大きな魅力になっています。いつ頃、どのように生まれてきた曲なのですか? 

HYDE:『JEKYLL』に向けて曲をつくっている間に出来たうちの一つなんですけど。

──近年のことですか?

HYDE:ごく最近、一番最後に出来た曲じゃないかな。なんか重く暗い曲が出来て、「これは徹底的に暗くていい」と言いながらhicoと一緒につくっていきました。メロディーが先にあったので、それに対して彼がピアノを弾いて、「これ、もうリズムがなくていいな」と僕は感じて。最初は“ピアノもなしで、オーケストラだけでいいかな”と思っていたんですけど、結果、ピアノがあったほうがハマッたので、そうしました。間奏の口笛も本当はなかったんです。あれは僕が「こういうメロディーが入ったらどう?」という感じで口笛で吹いたんですよ。その時たまたまキーボードがなかったので。そうしたら、それが妙にハマッて、「じゃあ口笛でいきましょう」みたいな。

──結果的に、口笛は「TATTOO」に欠かせない、最重要なピースとなっていますよね。

HYDE:そうなんです。妙に世界観が出ちゃって、確かにありだなと。それに合わせて歌詞を後付けで書いていきましたし。“ここで口笛が来るってことは、こういうストーリーがいいな”って。もともとのコンセプトもそれに近かったんですけど、遺書みたいな歌詞にしたいなと思っていて。でも、遺書で最後に口笛というのもちょっと変だなと思ったので、“この街でいろいろあったけど、暮らしていくよ。♪ピューピューピュー(口笛)”という流れのほうが綺麗だなって。街を歩きながら口笛を吹いているような、“流れに流れて結果、ここで住んでいますよ”みたいな展開がいいなと思って書きました。結構そんな人多いですよね。僕もそうだし。

──ライヴではこの曲を椅子に座って歌われていましたね。懺悔というか、歌にした人生の回想録を聴いているような印象を受けて、日本語詞を読んでドキッとしました。架空の物語というよりは、ご自身が投影されているタイプの曲だと感じましたが、その辺りはいかがでしょうか?

HYDE:そうですね、まさにそんな感じです。思っているようなことを書いてますね。

──ここまで赤裸々なのは少し珍しいですよね?

HYDE:内容としてはちょっと重いかもね。

──その重さが心地良くはあるんですが、聴く側としても“しっかりと受け止めなければいけない”という厳粛な気持ちになります。

HYDE:もういい年だし、人生いろんなことがありましたので(笑)。いつまで経っても恨んでるやつもいるし、逆に自分がそういう悲しい想いをさせた人もいるだろうなとか、いろいろ思い返して。でも、素敵なこともあったし、全部ひっくるめて、それが人生ねって感じですかね。

──それらを“TATTOO”という言葉や概念で表現なさったのがすごいですよね。

HYDE:最初は違う言葉だったんですよ……どんな言葉だったかは覚えていないけど。でも、それだと歌詞とメロディが上手くハマっていなくて、もっとタイトルになるような何かがほしかった。最終的に“TATTOO”という言葉が出てきて“あ、ハマるな”と思ったんです。

──痛みを忘れ去りたいとか消したいではなく、刻んで残しておきたいというか。そういう想いが、人生のすべての出来事に対してあるのかなと想像してしまいました。

HYDE:そういう意味はなかったかも。“消えようがないな”みたいな、諦めですね、自分の中では、そういう気持ちで書いています。

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