【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話060「目の時代が終わり、耳の時代が始まった」

パナソニックが行なった「春の自己研鑽と学びに関する実態調査」という調査結果によると、若い世代に限って学び方法に変化が生じているらしい(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001184.000024101.html)。「学び」を移動中に得るというスタイルは全世代に共通した傾向だけど、20代の若者に限っては、目ではなく耳インプットにシフトしているとのこと。
イヤホンの使用頻度が格段に上がっていった現代社会の生活環境にあって、人々が情報を受け取る感覚の重心が、目から耳に戻りつつある兆候だと思った。
そもそもパピルスに文字が記録され活版印刷が普及する以前は全て口承文化だったわけで、歌も神話も歴史もすべては「耳」で伝えられてきたことを考えると、文字・画が印刷され映像が映し出されるようになって「目の文明」がメディア化されたのは、たかだか数百年の話に過ぎない。20代という若者が耳インプットを選んでいるという原点回帰は、人類の長い歴史を考えれば、インターネットという過剰な「目の時代」に対する人類の揺り戻し…リバウンドのようなもの…なのかな。
実際に、もっとも顕著な現代文化の尖端としてTikTokやYouTubeショートを観ていると、昨今の動画は映像より音が主権を持っている。音源に映像を合わせるという構造だ。「映像が主役、音は補助」だったテレビ時代とはベクトルが完全に逆を向き、ショート動画では音がミームの核になっている。音楽やフレーズが拡散し、その後で映像が無数に生まれている状況だ。いわばここでも文化の起点が「耳」に戻っていることがうかがえる。
我々音楽メディアも、レビューを書きニュースを届けインタビューやライブレポートを記事化し「目のメディア」として活動を始めたけれど、インタビューの音声/制作過程の音ドキュメント/楽曲解説の音声コラム/編集者のポッドキャスト…など、文字で説明するより耳で伝えた方が早いものは山ほどある。音楽メディアは耳の編集者として、記事を書く人ではなく耳のキュレーターになるのが正しい進化の方向なんだろう。音をテキストで伝えてきた文化の熟成は今もなお尊いものだれど、サウンドのポイントを届ける時に、その手法が音であるのは、今更ながら至極真っ当なことだ。
テレビはリビングに置かれ、スマホはポケットに入れられたけれど、情報のインプットは24時間360度のながらを可能にする「聴覚」がメインになっていくのは、おそらく間違いない。通常のイヤホンにとどまらず、骨伝導やARオーディオ、空間音響といった様々な手法が現れていくだろうけど、その世界でも必ずや「音の編集者」が必要になる。ミュージシャンのみならず、プロデューサーもメディアも編集者も主戦場は耳だ。
「インスタ映え」のような視覚的マウントによる「目に見える価値」への執着は薄れ、今後は「誰とどんなバイブスを共有しているか」が重要な共鳴社会が、もうすぐそこに見えている。フェスが大きな熱量を発するのも、このバイブスの共有が根底にある。
パナソニックの調査結果は、若者はすでに、自分にとって心地よい世界を自分でエディットし始めているということを語っていると思った。

文◎烏丸哲也(BARKS)