【インタビュー】今井美樹、8年ぶり21stアルバム『smile』に新たな人生と幕開け「私たちはどう生きるのか」

2026.03.12 18:00

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今井美樹から8年ぶりのオリジナルアルバム『smile』が届けられた。通算21枚目の同アルバムには、NHK『みんなのうた』で放送されている「青空とオスカー・ピーターソン」をはじめとする全10曲を収録。共同プロデューサーの布袋寅泰に加え、岩里祐穂、川江美奈子、諸見里修、カワノミチオ、河野圭、佐藤準、梅堀淳、倉田信雄など錚々たる制作陣が参加しているほか、さだまさしの作詞・作曲による「美しい場所 〜Final Destination〜」も話題を集めている。

そのオープニングナンバー「Because of you」がイントロからして素晴らしい。「“幕開け!”という感じで始めたくて」と今井美樹が語る同楽曲は、約45秒におよぶロングサイズな前奏がアルバム全体への期待感と高揚感を極限まで高め、そのなかで繰り広げられる転調やフックの効いたアレンジがいろとりどりな人生のストーリーを描くような圧巻の仕上がり。現代的なイントロ不要論など完膚なきまでに打ち砕いて痛快だ。

50代後半は今井美樹曰く「今思うと、霧のなかにいるような感じでした」と振り返る。今歌うべきことは何か? 自分はどうありたいのか?というテーマと向き合いながらたどり着いた本作『smile』について、じっくりと語ってもらった。

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■かつての自分と比べなくていい
■足枷みたいなものがなくなって少しずつ前へ

──ニューアルバム『smile』、素晴らしいです。今だから生み出された楽曲ばかりだと思いますし、作家陣の皆さん、ミュージシャンの皆さんをはじめ、関わった方々の体温が感じられて。

今井:今回のアルバムは<Our Songs!!>というツアーから始まっていて。“どこにたどり着くかわからないけど、この先、行きたいところがあるんだよね、私たち”という気持ちがずっとあったし、同じ船に乗っているみんなと一緒に旅が始まって、たどり着いたところが『smile』というアルバムだったというのかな。

──今井さんの5年ぶりのツアー<CONCERT TOUR 2023 “Our Songs!!”>は、ファンのみなさんはもちろん、音楽シーンでも大きな話題となりました。

今井:私としてはできるだけオリジナル音源に近い形でみんなに届けたくて。今の私に似合うアレンジというより、みんなが大好きだった“あの頃”のサウンドですよね。当時の音楽がリバイバルしているのもあるし、やっぱりあの頃の音楽ってすごくいいんですよ。みんなが元気でハッピーだった時代の思い出も含めて、それが私たちのフェイバリット、“Our Songs”だよねって。そんなテーマでセットリストを組んだら、万遍なくいろんな音楽を入れることができたし、本当に魅力的な楽曲ばかりで。

──はい。

今井:しかもお客さんたちが本当にその時間を楽しんでくださったんです。若い人たちや親子で来てくれた方もいらっしゃいましたけど、中心は私たちの世代の前後。みんなすごく元気で。男性のお客さんも多かったし、客席の景色を見ていると“やっぱり音楽には力があるんだな”と思って。“これでピリオドになってもいい”と思って始めたツアーだったんですけど、みなさんからエネルギーをもらって、“また来年もやりたい”という気持ちになって。次の年も同じ<Our Songs>というタイトルでツアー(CONCERT TOUR 2024 “Our Songs!!”)をやらせてもらったんですよ。

──時代の変化、ツアーでの経験はもちろん、今回のアルバム『smile』には今井さんご自身の変化も反映されているのでは?

今井:そうですね。23歳でデビューして今年で40年ですから。自分ことだけ考えていればよかった20代があって、キャリアが少しずつ積み重なっていくなかで“何をやりたいんだろう?”という迷いがあったり、“これをやりたい”というトライアルがあったり。結婚したり、子どもが生まれると優先順位が変わっていくし、10年かけてやっと慣れてきたと思ったら、今度はロンドンに移住するという環境の変化があって。ずっと嵐のなかにいた感じだったんですよね。でもそれは、私だけではなくて、みんなが経験していることだと思うんです。それぞれが映画の主人公だし、私には私のストーリー、あなたにはあなたのストーリーがある。それはハリウッド大作のようなものではなくて、なんでもないことが淡々と描かれているんだけど、その背景にはこんなことがあって、いろいろな思いがレイヤーになってて…そういう映画もたくさんあるじゃないですか。スポットを当てなくてもいいんだけど、それぞれのストーリーを披露し合えるようなアルバムを作れたらいいなって。それはたぶん、自分自身を認めてあげたかったんだと思うんです。

──今井さんのなかにも押し込んでいた感情があった、と。

今井:ずっと自分のためだけに生きてきたわけじゃなくて、あるときから大切なもののために生きるようになって。もちろんそれはベストウェイだったと思いますけど、そのぶんいろんなことを飲み込んできてたんですよね。自分ではちゃんと消化してたつもりだったけど、どこかに残っていたというか(笑)。それを見つめることが億劫だった時期もあったと思うんです。そこを開くといろんな感情が飛び出してきて、日常が回っていかなくなるかもしれないなって。

──わかります。

今井:でも、ここ数年はもう抑えきれなくなって、“なんだろう、この感情は?”と気づくことが増えて。それは苦しいことでもあったんだけど、しばらくするとだんだん笑っちゃうようになって(笑)。“こういう気持ちに気づいたこと自体、すごいじゃない” “じゃあ、どうしようか”って自分と対話する感じになってきて。そうやって自分自身のことをちゃんと認めてあげることが必要だったんだと思います。勝手にクレッシェンドしようとしたけど、先に進まなくちゃいけないし、人生からは逃げられないじゃないですか。だったら、そのときの自分の状況を歌にするしかないなと。“ポジティヴでいられなくても、明日も生きていかなきゃいけないしね”みたいなことを歌ってもいいし、迷ってるなら“迷ってる”と言っていい。そこがスタートでしたね。最初からコンセプトを決めていたわけではなくて、沸き上がってきたものを少しずつ少しずつ形にして。紆余曲折があったし、どっちに行こうか迷ったり、忘れ物を取りに戻ったり、そういうことを続けながら『smile』というアルバムにたどり着いたということだと思います。

──ドキュメンタリーみたいなアルバムなのかも。これまでの作品とはかなり成り立ちが違うのでは?

今井:今は一歩一歩が大事というか。やっぱり年齢のこともあるんでしょうね。60歳って世の中では還暦と呼ばれていて、お祝いしたりするじゃないですか。私、ちょっとイヤだなと思ってたんです。還暦ということで一括りにされるのもイヤだったり、肯定的に捉えていなかったんですけど、実際に60歳になったら、本当に霧が晴れたような気持ちになって。“こんな気分になるということは、私はすごい霧のなかにいたんだな”と気づいたんです。本当にこうやって巡っていくんだなと思ったし、ここからリスタートなんだなという感じがあったんですよ。

──なるほど。

今井:そのときに思ったことがもう一つあって、それは“かつての自分と比べなくていい”ということで。苦しかったときは、“あの頃はこうだった” “今はどうしてできなくなったの?”と以前の自分の比べてしまっていたんです。人と比べることはなかったけど、ハッピーだった頃の自分と比べていたし、現状を見たくないという気持ちもあったのかなって。今はそうじゃなくて、かつての自分に対して“そうかそうか、よくがんばったね”と思うし、足枷みたいなものがなくなって、少しずつ前に進んでいこうという気持ちになっています。“自分らしく生きられたな”というふうに人生を終わりたいし、最後の最後になって“ああすればよかった” “こうしたいかった”と思いたくないので。それは好き勝手にわがままに生きるということではなくて。人に対して本当に感謝したり、心から「ありがとう」と言えるためには、自分が充実していないとそんな気持ちになれないので。

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