【インタビュー】由薫、海外クリエーターとの共同制作が呼び覚ました本能と原点「心が喜ぶことを大事に」

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■形のないものは時間をかけて作り上げていく
■そういうものこそ真実なんじゃないですか?


──こうして日本に持ち帰ってきた曲たちが、アニメ作品を通じて再び世界へ羽ばたいていく曲になる。そう思うと期待感も高まりますね。実際に「Feel Like This」の反響はどうですか?

由薫:細かいニュアンスとかは、英語を母国語としている人にしか伝わらないところもあると思うんです。だけど、アニメとも合っている曲だと思うので、アニメを見ている人はアニメを介してメッセージが伝わるかもしれないし。それに、ライブをやったときに、この曲が持つ解放感や世界観がすごく伝わってるなという感触があって。この曲の感想をたくさんいただいたので、良かったなと思ってます。

──「1-2-3」もデヴィッドさんとのコライトで生まれた曲ですが、タイプが異なりますね。

由薫:それはあえて、なんです。「Feel Like This」と同じ日にデヴィッドさんと作ったんですけど。「Feel Like This」の制作が行き詰まったときに「まったく違う曲を作ってみよう」となって作った曲が「1-2-3」です。途中で「テンポを変えてみよう」とかデヴィッドさんが言い出して、楽しみながら、遊びながら作ることができました。その結果、一度頭を空っぽにした状態で「Feel Like This」をもう一度考えることができて。それは「1-2-3」のおかげですね。



──2曲目の「Dive Alive」はルーカス・ハルグレン(Lukas Hallgren)さんとのコライトで、エキゾチックで浮遊感のあるサウンドが印象的な曲です。冒頭の“I’m gonna live not survive”という歌詞のリフレインは、“私は、生き残るじゃなく、生きるつもりだ”っていう意味を持つ言葉で。これはとても強い表現であり、メッセージ的ですが、どういった思いが込められていますか?

由薫:私は、由薫という名前のシンガーソングライターとしてデビューをしたんですけど、由薫は本名なんです。自分が自分であり、自分が商品でもあるという状態って、なかなかすごいなと思っていて。

──商標になってしまうような。

由薫:商品になった瞬間に、本来“人対人”だったものが、そうじゃなくなるときもあるというか……。例えば批評されることもそうですし、私の道のりを誰かと相談して決めることだったり、直接だったら言われないであろうことを人前に立つと言われちゃったりすることとか。これってすごいことだなって、実感することもあって。今まで経験していたのは一対一のコミュニケーションだったんですけど、一度表に出るとそうじゃなくなるんですよね。

──知らぬ相手に勝手なイメージ付けをされたり、デマを言われたりすることもありますしね。

由薫:最近、それを気にし過ぎることをやめた自分がいたんです。例えば、誰かが何かを言ったとしても、その人がそういうことを言ってる間にも、私は成長しているし。逆にそういう状況をも曲にして、進んでいったりしているんだぜって心境で書いた曲で(笑)。

──それが「Dive Alive」。

由薫:自分が自分として強くなるために書いた曲ではあるんですけど。実際に強くなってきてるなとも感じているし、こういう状況も楽しめるようになったらいいなと思っているんです。かといって、そういう人たちに対して“いいよもう。気にしないから”ってポイッとしてしまうというよりも、“本当にそれでいいんですか?”って問いたくなる気持ちも、2番のAメロに書いてます、ちょっと攻撃的に。



──“You don’t like that?”のところですね。

由薫:本当に伝えたいことは、“形ないものほどreal”と日本語で書いたんです。形あるものをぱっと見て“ああだこうだ”言うのは簡単なことで。でも、人との関係性や愛や夢とか、形ないものって時間をかけて作り上げていくものだと思うんです。そういうものこそ真実なんじゃないですか?って思う。生きるって、ただ息をして心臓が動いていることなのかと言えばそうじゃなくて。“人間的な生活”って言葉がありますけど、目標や夢を持っていたり、他人のために頑張ったり、誰かと喋ったり、考えたり、そういうものこそが人を生かしてると思う。それもまた形ないもので、そういうものをしっかりと持って生きていきたいという意志のある曲です。

──“生きる”ことに飛び込んでいくっていう意味のダイヴでもあるんですか?

由薫:物事を斜めに見て何かを言ったり、目に見えてるものに対してネガティヴなことを言ったりするのって、結局は他人事な気がするんです。人生は、その人自身が主役なわけで。そこに飛び込んでしまえっていう意味ですね。



──「Dive Alive」の飛び込むというイメージや、「Mermaid」のモチーフとなる海や、「Silent Parade」の“舵のない未来”という航海など、EP『Wild Nights』には海というテーマが横たわっているように感じます。由薫さんの心象風景として何か共通したものがありましたか?

由薫:鋭いですね。実は、『Wild Nights』というタイトルにも関係してくることなんですが。私は大学時代に英米文学を学んでいて、そこで英語の詩というものに出会って、“私がやりたいのは音楽なんだ”って決意したんです。その決意するひとつのきっかけになったのがエミリー・ディキンソンという詩人で。

──1800年代のアメリカの詩人ですね。

由薫:彼女の世界観って、小さな部屋にいながら、すごく広い世界が見えているような感じがあるんです。誰かに評価されることとかも気にしない人で、むしろ拒絶していたんですよね。自分で詩を出版したこともなければ、ずっと引きこもって詩を書いていた人で。彼女の死後、引き出しにたくさん入っていた詩を妹が見つけて出版したことで、世界から認められるようになったんです。そのことを知ったとき、“芸術って、誰かにどう思われるかじゃないところで生まれるんだな”と思ったんです。私自身は“どう思われるかな”とか周りのことを気にしていたり、“こんなにいい教育を受けさせてもらったのに、音楽を選ぶって言ったら両親はどう思うだろう”とか、そのときにいろいろ考えていたんです。

──エミリー・ディキンソンの詩や生き方そのものに影響を受けたと。

由薫:エミリー・ディキンソンを知って、表現ってもっと違うものだなと思ったんです。実際に彼女の詩が時を経て今も残っていたり、影響を与えるものになっていることが、自分にとっても意義深く感じられて……というのが、私が本気で音楽をやるきっかけになった出来事だったんです。


──そうだったんですね。

由薫:“Wild Nights”はエミリー・ディキンソンの詩に出てきた言葉で、日本語では“嵐の夜”と訳されているんです。例えば「Feel Like This」では本能(Wild)と理性について語っているんですけど、ディキンソンが言っていたような“嵐のなかにいる夜”という捉え方もできるかもしれない。他にもいろんな夜があるよなって思ったら、ここで表現したかったものと“Wild Nights”という言葉がフィットして。それに、スウェーデンの楽曲制作で原点回帰的な思いがあったことも重なったり、ディキンソンの生き方に心を射抜かれたあのときの気持ちを収めておきたいという思いもあって『Wild Nights』というタイトルがいいなと思ったんです。音楽的なところで直接影響を受けたわけではないんですけど、ディキンソンの『Wild Nights』の詩も読んでいただけたら、より深く、私が感動した気持ちが伝わるかもしれないと思います。

──それくらい、由薫さんの表現の原点や原動力となったんですね。

由薫:明るいことよりも暗いことに心地よさを感じたり、ディキンソンは生きることよりも死に着目することが多いんです。私も死を見て生きることを感じるじゃないですけど、後悔がないように生きたいと考えたときに、音楽をやりたいと思ったんです。そういうところに共感するし、リスペクトしています。先ほどおっしゃっていただいた海を感じるというのは、そうした原点的な部分に通じるもので。自分が沖縄で生まれたこともそうですし、海がすごく好きなこともそうですし、そういう連想ゲームみたいな感じで、今回は海や水が多い世界にしたいなと思っていたんです。特に海って“母なる海”と言われるくらいいろいろな生き物の源でもあるけど、それこそ嵐みたいに人を傷つけるときもある。そういうものがすごく意味深いなって思ってます。

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