【ライブレポート】椎名林檎、<(生)林檎博’24 -景気の回復->に果てしなく上昇するエンタメ性と情報量

ポスト
no_ad_aritcle

「多かれ少なかれこの数年は、皆さんストレスフルだったと思うんですけれども、だからこそ、そんな日々を経て、どんな曲で逢瀬を楽しめるか、非常に悩みました。空回りしている点もあったと思います。次回はぜひ、平常運転の90分の尺でさくっとお目にかかりたいです。今日は長い時間ありがとうございました」──椎名林檎

◆椎名林檎 画像

2023年に行った“椎名林檎”としては5年ぶりの全国ツアー<椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常>のファイナルである東京国際フォーラムホールAの2デイズの1日目(5月9日)を観た時、そのアンコールで、椎名林檎はそう言った。

どこが! まずそう言いたい。その“次回”が、このツアー=2024年10月5日(土)の青森から12月15日の(日)福岡まで、10本を回った<(生)林檎博’24 -景気の回復->で、自分はそのうちの、さいたまスーパーアリーナ3daysの1日目、11月21日(木)を観たのだが。

まったくもって「さくっと」ではなかった。前回のツアーが28曲で、今回は27曲。ほぼ120分。今回のツアーは、ゲストが多数参加したニューアルバム『放生会』のリリースツアーであって、つまりそのゲストたちも出演した、もしくはその場にはいなくても別の形で登場した。という時点で、昨年以上にてんこ盛りに豪華で、すさまじく濃いステージになるのは必至である。さらに、そもそも、バンドに加えてフルオーケストラを入れている時点で、「さくっと」になるわけがない。



客電が点いたままの状態で、オーケストラとバンドメンバーが出て来る。ステージの真ん中の一段低くなった場所にオーケストラピットがあって(つまりオペラや生演奏を伴うミュージカルと同じ仕様)、斎藤ネコ率いる“The Mighty Galactic Empire(銀河帝国軍楽団)”の面々が、そこで音合わせを始める。その左側と右側に分かれて、バンドメンバーがいる。向かって左がギター名越由貴夫とキーボード伊澤一葉、右がベース鳥越啓介とドラム石若駿。椎名林檎とダンサー2人=SIS(SAKRAとCHINATSU)とゲストたちは、基本的にオーケストラピットの後ろのステージでパフォーマンスするが、たまにピットの前まで出て来る。

1曲目、暗転したままのステージからロケットもしくはタイムマシンが飛んでいる音のような、近未来SFチックな効果音が響く。それが途切れると読経が響き、ステージ後方の壁一面の巨大LEDに5人の僧侶が現れ、そこに徐々に各楽器の音が加わっていき、「鶏と蛇と豚」でライブがスタート。歌声は響けど姿なし、いや、LED映像の中にはいるのだが生の姿は見えなかった椎名林檎は、曲の後半で、ステージ中空のUFO、そのタラップから下りてきた。次の「宇宙の記憶」(坂本真綾に提供した曲)での歌唱の途中で、「地球のみなさん、ごきげんよう」と挨拶したことと、オープニングのSEと映像が前述のようなものだったことを鑑みるに、このライブ全体は“近未来の地球”というようなコンセプトだと思われる。



椎名林檎がステージに下り立ち、リップスティックを弾丸に見立てた映像がLEDに映し出された3曲目「永遠の不在照明」では、間奏でメンバー紹介があった(それぞれ順番にソロをとる)。4曲目「静かなる逆襲」で、初めてSISが加わる。これ以降、何度も登場した。で、この曲でもメンバー紹介。今度はバンドだけでなく、映像を駆使して、オーケストラ全員の名前も出る。16曲目「望遠鏡の外の景色」でもメンバー紹介があり、この時はひとりひとりが会場入りする時と、パフォーマンスしているリアルタイムの模様などの画が使われた。メンバー紹介という、どちらかというと事務的な行為も、こうしてステージを彩るエンタメのひとつにするのが、椎名林檎ならではだなあ、と、毎回思う。大根仁の映画は、『モテキ』も『バクマン』も『クレヨンしんちゃん』の2023年版も、本編に関係した別作品としてエンドロールが作られている、というのに近いかもしれない。違うかもしれない。

7曲目「命の帳」では横たわって歌い、途中で立ち上がってギターを手にする。10曲目「おとなの掟」では人魚と化し、真珠貝のベッドに横座りの態勢で歌唱する。その曲が終わると、黒猫屋の新若旦那(息子。小学二年生)のナレーション。来場のお礼と自己紹介(在来線の乗り鉄で撮り鉄で、家庭菜園で家族の好物の野菜を育てておられるそうです)のあと、次の2曲は、昔、母がその歌詞にいたく感じ入った曲と、その歌詞の続きを書いて作った、二次創作的な曲であることを伝える。で、2曲続けて歌われたのは、REBECCAの「MOON」と「ありきたりな女」だった。「MOON」は2コーラス目からのショートバージョンで、演奏は弦カルテットのみ。「ありきたりな女」から、バンドも加わった。



13曲目「生者の行進」が、この日最初の、ゲストありの『放生会』収録曲。ゲストのAIはLEDの中に現れて、椎名林檎とデュエットする。それ以降では、19曲目「ドラ1独走」とアンコール1曲目の「初KO勝ち」でも、コラボ相手=新しい学校のリーダーズとPerfumeのっちが、LEDに登場してコラボした。

生身のゲストの最初は、18曲目「ちりぬるを」のtricot中嶋イッキュウ。次は20曲目「タッチ」(アニメ『タッチ』の主題歌の、岩崎良美の、あの「タッチ」です)で、Daoko。22曲目の「自由へ道連れ」で中嶋イッキュウ、23曲目「余裕の凱旋」でDaokoが、再度登場し、24曲目「ほぼ水の泡」ではチャラン・ポ・ランタンももが、椎名林檎と共演する。この曲の後半では、客席に向けて、天井からお札が降り注いだ。宇宙銀行発行の銀河帝国券の伍萬札。ちなみに、さいたまスーパーアリーナ3daysの3日目=24日(日)には、AIも生身で登場、一緒に「生者の行進」を歌ったそうだ。




なお、19〜21曲目の「ドラ1独走」「タッチ」「青春の輝き」は、コンセプトが「野球」になっていて、映像がスタジアムだったり、ゲストがユニフォーム姿だったり、それぞれが代打を告げるアナウンスで登場したり、SISがビールの売り子のコスプレになったり、等の演出があった。9年前に野球マンガ『グラゼニ』で、この曲の歌詞が、そのシーンの主題歌のように引用されたことへのアンサーだと思われる。

そして、「どうもありがとう。歌いたいから歌います、最後の1曲」という言葉から始まった、本編ラストの「私は猫の目」では、もも・中嶋イッキュウ・Daoko・SISが総登場し、オーケトラ・ピットの前へ出てパフォーマンス。間奏では、「ややっ、あれはなんだ? 景気回復ビームだー!」というセリフから、後方LEDの猫神様を祈る、というムーブも繰り広げられ、このツアーのタイトルが回収された。





アンコールの1曲目は、前述のとおり、のっちが映像で加わった「初KO勝ち」。曲の前半で「アンコールありがとう! さいたまー! あとちょっとだけお付き合いください!」と告げた椎名林檎は、ボクサー姿でのパフォーマンス。途中でダウンしたり、SISに応援されて立ち上がったりする。そして、イントロで「平日なのにありがとう!」と叫んだ、ラストの「ちちんぷいぷい」では、恒例、オーディエンスによる「RINGO!」コールが響いた。

この曲でライブが終わり、椎名林檎はじめ一同が去り、ステージが暗転すると始まったエンドロールの曲は、ꉈꀧ꒒꒒ꁄꍈꍈꀧ꒦ꉈ ꉣꅔꎡꅔꁕꁄ×椎名林檎の「2◯45」。映像は、僧侶→デジタルカウンターが回って2045を表示→世界規模の戦争の後のような破壊された都市。ボロボロの野球場など、ここまでのライブで使われた風景やモチーフが「大戦後」の状態で映し出される。アンドロイドと化した椎名林檎が、ここでは胸までしか身体がない状態になっていて、それでも歌い続ける──というエンディングだった。


『放生会』収録の13曲のうち10曲を演奏。他は、椎名林檎7曲、東京事変3曲、『逆輸入』の『航空局』と『港湾局』に収録されているのも収録されていないのも含めた、他アーティストに提供した曲のセルフカバー4曲、純粋なカバー2曲(「MOON」と「タッチ」)。以上で、26曲。1曲足りない。14曲目の「芒に月」だ。調べたところ、伊澤一葉のピアノトリオ・あっぱ名義の楽曲をリアレンジして新たなリリックがのせられていた。

というわけで。以上のように、エンタメ性も、情報量も、それぞれの曲やステージ全体で表している感情や意志も、もうあらゆる意味で前回のツアーを上回っていたのが、この<(生)林檎’24 -景気の回復->だったわけである。さらに言うと、『放生会』は、男性ゲストを多数迎えた2019年のアルバム『三毒史』と対をなす作品だが、その『三毒史』の翌年のツアーに出演した、宮本浩次やトータス松本、Mummy-Dといった男性アーティストたちの方が、まだ“ゲスト”という扱いだったと思う。

今回のみなさんは“ゲスト”ではない。映像で出演した人も、実際にステージに立った人も含めて、“ゲスト”ではなく、“椎名林檎一座”の一員としてのパフォーマンスだったのだ。ゲストなら、あそこまで完璧に“ショウの一部”になることを、言い換えれば責任を負うことを、求められないだろう。まあそれを言ったら、椎名林檎自身も“椎名林檎一座”の一員なんだけど。ライブ全体においては間違いなく“座長”のはずなのだが、板の上でパフォーマンスする人としては、“出番の多い座員”に見える、なぜか。とにかく、このあたりに関しては、引き受けた、そして実際にその責務を果たしたゲストたちが、すごいと思った。

次のツアーこそ、「平常運転の90分の尺でさくっと」に、なるんだろうか。なってもならなくても、自分は楽しめるが、ただ、そろそろ、なってもいいのでは、と思う。いわゆる音楽のコンサートではない。演劇でもない。ミュージカルでもない。歌劇でもない。でも、それらのどれでもないと同時に、それらのすべてでもある。そんな、今の椎名林檎のステージは、このままだと、昔の週刊少年ジャンプのバトルマンガの“強さのインフレ”みたいな、果てしなく上昇するしかない、怖い状態になっていくしかないのではないか。と、思うので。

取材・文◎兵庫慎司
撮影◎太田好治/ヤオタケシ

■椎名林檎<(生)林檎博’24 -景気の回復->11月21日(木)@さいたまスーパーアリーナ SETLIST

01. 鶏と蛇と豚
02. 宇宙の記憶
03. 永遠の不在証明
04. 静かなる逆襲
05. 秘密
06. 浴室
07. 命の帳
08. TOKYO
09. さらば純情 album ver.
10. おとなの掟
11. ナレーション〜MOON
12. ありきたりな女
13. 生者の行進
14. 芒に月
15. 人間として
16. 望遠鏡の外の景色
17. 茫然も自失
18. ちりぬるを ★中嶋イッキュウ
19. ドラ1独走
20. タッチ ★Daoko
21. 青春の瞬き
22. 自由へ道連れ ★中嶋イッキュウ
23. 余裕の凱旋 ★Daoko
24. ほぼ水の泡 ★もも
25. 私は猫の目 album ver. ★もも ・ 中嶋イッキュウ ・ Daoko
encore
en1. 初KO勝ち
en2. ちちんぷいぷい
(★客演)

starring 椎名林檎
▼The Mighty Galactic Empire (銀河帝国軍楽団)
key, guitar 伊澤一葉
bass 鳥越啓介
drums, percussion 石若駿
guitar 名越由貴夫
conductor 斎藤ネコ
dancer SIS

この記事をポスト

この記事の関連情報