【インタビュー】MUCC、逹瑯が語る三度目のメジャーデビュー作の濃厚さ「ラヴソングを気持ち悪くしたいと思った」

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MUCCが6月4日、シングル「愛の唄」で三度目のメジャーデビューを果たした。レーベルは徳間ジャパンコミュニケーションズ。かつてLOUDNESS、RED WARRIORS、THE YELLOW MONKEYなどを手掛けたレーベル所属プロデューサーもチームに加わり、MUCCというバンドの魅力をより広く世に届けていく。

◆MUCC 画像 / 動画

「愛の唄」は、どこを切り取っても濃い液が滴ってくるような妖艶で退廃的なラヴソングだ。リーダーであるミヤ(G)が掲げた“1990年代”というキーワードから生まれたグランジ調のグラマラスなサウンドに、逹瑯はBUCK-TICKへのリスペクトを込め、禁忌を厭わないエロティシズムにどっぷりとまみれた言葉遣いで、本人曰く「気持ち悪いラヴストーリー」を書き上げた。

YUKKE(B)作曲によるカップリング曲「Violet」もノルタルジックな良曲。25周年イヤーを完走後、MUCCが放つこの強烈な“第一声”とも言えるシングルが生まれた経緯、注ぎ込んだ想いをツアー<LoveTogether>開催直前、逹瑯に訊いた。


   ◆   ◆   ◆

■一発目は薄めるよりも
■より濃くしたものを


──濃厚だった25周年イヤー、逹瑯さんはどう振り返りますか?

逹瑯:“よくやり切ったな”って感じです。でも半年も前のことで、始まったのはもう2年前だし、あまり覚えてないんですよね。<LoveTogether>のセットリストは俺が組んだんですけど、25周年イヤーはアルバム2枚ずつのツアーを1年半ぐらい掛けてやっていて、そのアルバムに特化したセットリストを組んだし、それが終わってからはソロもやって。“MUCCの基本ってどんな感じのライヴだっけ?”っていう。

──イレギュラーが多過ぎたからですね。

逹瑯:フォーマットも全然覚えてないし、“どういう空気感で、どういう流れでやってたっけ?”って。脳味噌から記憶を呼び起こすのも大変で、ちょっと抜けてるのは抜けてるけど、これからは俺が新しく“こんなライヴをやりたいな”って感じで組めばいいかって。今は、“本当によく走り切ったな、大きな事故もなく”という感じです。

──お疲れ様でした。異色の25周年イヤーでしたよね。

逹瑯:SATOち(前ドラマー)が抜けて、“しっかり動いてくぞ”というタイミングにもちょうど重なったので、もう一回地固めする、というか。ドサ回りみたいに細かくいっぱい回る、という方法を取りましたね。

──三回目のメジャーデビューを何故このタイミングで…?という驚きが、第一報を聞いた時は正直ありました。どういう経緯で決まったのですか?

逹瑯:俺はちょこちょこマネージャーとかにも「いい出会いがあれば、もう一回メジャーっていうのもアリだと思うけどね」という話はしていて。それは俺個人の意見で、他のメンバーは分かんないです。でもみんな、環境を変えたいっていう感じはたぶんあったと思う。このタイミングで良かったんじゃないですかね。25周年のタイミングは、たぶんそういう話があっても受けられなかったと思うんですよ。数ヵ月おきにライヴ会場限定のシングルを出していく、という活動スパンは、メジャーというテーブルの上に乗ったら難しいと思うんです。周年の忙しい中でも“やりたい”と思って“やる”と決めたことを全部やり切った後に出す次の一発目、というのはベストなタイミングだったと思います。


▲逹瑯(Vo)

──「環境を変えたい」というのをもう少し掘り下げると、どういう心の動きだったんですか?

逹瑯:(二回目のメジャーデビューをした)ソニーの時も…たしか周年のタイミング辺りだったかな? アルバムを出した後、過去を振り返るものとして『痛絶』と『葬ラ謳』を再録して、『新痛絶』『新葬ラ謳』を続けて出したいというのが自分たちとしてはあって。このリリーススパンの早い中で、「レコード会社としてはそれをサポートしきれない」となったんです。「いや、うちらはできると思う」っていう、ずっとやってきている感覚があったから、そこに温度差があって。ちょうどそれが契約更新のタイミングと重なっていたので、喧嘩とかでもなく話し合って、「じゃあ一回離れましょう」と。お互いにやりたいことをやりきれれず、不完全燃焼になるのも嫌だったから。それ以降、しばらく自分たちでやりたいことをバーッとやってきたけど、新しい刺激が欲しくなってきて、「もう一回、どこかレコード会社があったらいいね」っていう。だから、今回はタイミングはすごく良かったんでしょうね。

──徳間ジャパンからラブコールがあったのですか?

逹瑯:その辺は分かんないです。たぶんスタッフも、MUCCをもっと広げるのに新しい動きをしたいなというところで、水面下で模索してくれていて。「こういういい話がありますが、メンバーが“やりたい”と言うんだったら。どうですか?」というところまで話を進めた後でプレゼンしてくれたので。もし「いや、まだしばらく今まで通り、自分たちでやりましょう」とメンバーが言ったら、たぶんなかったと思う。

──三度目のメジャーデビュー発表時の逹瑯さんのコメントには、「こんなめんどくさそうなバンドを受け入れてもらえるなんて!」いう文言がありました。MUCCというバンドの特性を活かしながらタッグを組めるレーベルだ、と判断されたのでしょうか?

逹瑯:そうとも思うけど、面倒くさくないバンドなんてたぶんないですよね。ソロアーティストもアイドルも、みんな面倒くさいだろうし。レコード会社って大変だなぁと(笑)。ステージに立つ人はみんなわがままだから。

──そうでなければ表現できないですからね。「愛の唄」はMUCCのグラマラスな魅力が炸裂していますが、ミヤさんが掲げたのは“1990年代”というキーワードだったそうですね?

逹瑯:“次はどういうテーマで曲作りに入っていくか?”という打ち合わせで出てきた“1990年代”という言葉をみんなが持ち帰って、それぞれに思う1990年代のイメージで曲を出していったんです。いろいろ集まった中で「この曲がいいんじゃない?」となって進んでいきました。

──1990年代というキーワードが出てきたタイミングはいつ頃ですか?

逹瑯:選曲会が今年2月中旬ぐらいだったんですけど、東京国際フォーラム ホールA公演(2023年12月28日)の後だったかな。曲づくりは各々1月にするにしても、「方向性として何かないの?」って聞いたら、「1990年代」とだけ(笑)。


──ザックリとしているがゆえ、“1990年代”というキーワードには様々な可能性があり得たと思うんですが、逹瑯さんはどういうイメージでしたか?

逹瑯:うちらの青春時代なので。だったら自分の中でハマるものを掘り下げていったほうが楽しいと思ったから、“俺がガキの頃からずっと好きなままの1990年代って、どこなんだろう?”と考えて、そこから掘り下げていきました。THE YELLOW MONKEYとか吉井(和哉)さんを俺はすごく好きだけど、吉井さんが影響を受けていたルーツをちゃんと調べて掘り下げたんです。あの人のルーツにある歌謡曲と洋楽のうちの、今回は“洋楽のほうをちょっと掘ってみるか”って聴き漁って、”あ、こういうところからこう繋がってきてるんだ”って。そこら辺を掘りながら、“こっち系いいな”って。実際に聴いていたのは1980年代とかの洋楽でしょうけど、そこら辺もちょっとアレンジに取り入れた空気感で曲をつくっていきましたね、俺は。そこからMUCCアレンジが加わって、「今後どこかタイアップが決まりそうになったら持って回りましょう」という方向で、今はストックしているんですけど。この先リリースされるかどうかまだ分かんないです。

──吉井さんはデヴィッド・ボウイの影響が強い印象なのですが、具体的にはどのアーティストですか?

逹瑯:いろいろと聴いている中で、自分の中でいちばんピンときたというか、メロディーとかも好きだったのはフー・ファイターズでしたね。

──ぜひ逹瑯さんのその曲を聴いてみたいです。ミヤさん作曲の「愛の唄」は、デモの時点でどのくらい仕上がっていたんですか?

逹瑯:大まかなスケッチは、ほぼほぼ今とそれほど変わってないですね。イメージとしては、BUCK-TICKの「唄」みたいな、ちょっと重めのミディアムで色気のあるロックでシンガロングできるもの、という着想から作曲に取り掛かったっぽいので。“あぁ、分かるわ。その匂いね”って。そうなった時に、遊びながら歌詞を書いていきました。

──「愛の唄」という言葉はどのタイミングで出てきたんですか?

逹瑯:全部作詞が終わってタイトルを決める時ですね。メジャーレーベル一発目のシングルだからニュースも出るだろうし、25周年イヤーが終わった一発目は“どんな曲なんだろう? MUCCの次の展開どうなるんだろう?”って興味持つだろうなと思った時に、“この曲調で一番ギャップのあるタイトルにしたい”と思って。世の中に溢れているシンプルなタイトルで、みんながそれを聞いたら“こんなタイプの曲だろうな”ってイメージするタイトルは、「愛の唄」かなって。

──たしかに、優しいピースフルな曲かと想像しました。

逹瑯:うん。で、曲を聴いたら“こうくるか!”って仕掛けになるだろうなと。“うた”って言葉を平仮名なのか漢字なのかどうしようかな?と考えた時に、最初のイメージがBUCK-TICKの「唄」なので、「愛の唄」にしようと。

──そのストーリーを聞いただけでもう、グッときます。歌詞については後ほど掘り下げたいですが、楽曲アレンジに関してはどう感じましたか?

逹瑯:いつぐらいから出てきたのか分からないですけど、この空気感は、ある一時期から出てきたMUCCの得意ジャンル、ニュースタンダードな路線ですよね。はっきりとは分からないけど…『脈拍』(13thアルバム/2017年発表)ぐらいからかな。

──メジャーレーベル徳間ジャパン第一作ということで、もっと一般受けを狙う、みたいな発想は全くなかったわけですよね?

逹瑯:うん、今のMUCCがそれやっても薄まるでしょう。得がない気がするなぁ。フィールドを変えて新しい環境でやっていきましょうという一発目は、薄めるよりもより濃くしたものを出したほうがいいんだと思う。

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