【押し入れに眠るお宝楽器を再生させよう】第4回 フルート編

ポスト

一時はとても夢中になった大事な楽器。仕事や環境の変化で演奏しなくなってしまい、押し入れに入れっぱなしにしているという話はよく聞く。そんな楽器を久しぶりに引っ張り出して演奏しようとすると、まったく演奏できる状態ではなくなっている。ケースを開けたら、カビだらけ・サビだらけ。動かないし、音は鳴らない。そこでお世話になるのが、楽器店やメーカーによる修理・調整=リペア。プロのリペアマンにお願いすれば、熟練の技で楽器を蘇らせてくれる。



「リペアしてもらえばいい」というのはなんとなく理解していても、いざ頼むとなると料金や作業内容に不安を感じる人も多いはず。そんな不安を解消すべくスタートしたのが本企画。プロのリペアマンの作業場におじゃまして、リペアの工程を見せてもらう「押し入れに眠るお宝楽器を再生させよう」だ。クラリネット、トランペット、アルトサックスに続く第4弾は、「フルート」だ。


▲リペアセンターはヤマハ銀座店4F管楽器・弦楽器・打楽器のフロアの奥。エレベーターで登ったら右側だ。壁にはリペアに使用するさまざまなアイテムが並ぶ。

初回から引き続きお世話になったのが「ヤマハ銀座店」リペアセンター。ヤマハ銀座店は国内最大級の総合楽器店で、管楽器からバンド系の楽器、楽譜などを幅広く取り揃えるほか、コンサートホールやスタジオ、大人の音楽教室も併設した大型店だ。この銀座でも目立つ建物の4階、管弦打楽器を取り扱うフロアの奥にリペアセンターがある。管弦楽器リペアセンター主任の名郷根弘行さんに、リペアの工程を実演&解説してもらった。


▲管弦楽器リペアセンター主任の名郷根弘行さんにリペアの実演と解説をしていただいた。取材は撮影機材の都合上、リペアルームとは別の部屋で作業をしてもらった。


▲長い間演奏されず、手入れもされていなかったというフルート、ヤマハ「YFL-411」。

今回ターゲットとなったフルートは、ヤマハの「YFL-411」というモデル。頭管部と管体が銀製の入門者用では上位のグレードに位置づけられる。登場は20年以上前になるが現行の品番だ。押し入れにしまって5~6年は演奏されていなかったとのことで、コンディションは名郷根さんいわく「ボロボロ」だ。



■細かいところを見てリペアポイントをチェック

いつものように、まずは楽器の状態をチェックしていく。準備してもらった楽器を見てみると、これまで取り上げてきたクラリネットやトランペット、サックスと比べると、各パーツがかなり細かいことがわかる。この細かさが手入れのしづらさにもつながっているようだ。ホコリがこびりついたり、緑青が浮いたり、コンディションは確かによくない。



「お手入れできないところはほこりが溜まりやすいですね。使い終わった時に乾拭きはできるので、外に出ているところは磨きやすいですが、細かいところは難しいですよね。部品数はサックスなどに比べると少ないのですが、精度が高いというか、こちらの方が細かいパーツがあるので、作業はしづらいです。また、細かいところを拭こうとするとバネが外れてしまうこともあるので、お手入れは難しいですね。」

外観のチェックが終わったら分解をスタート。より細かい部分の汚れを見ていく。


▲まずは芯金(シンガネ)と呼ばれる金属の棒状のパーツをドライバーで外していく。

▲芯金を外した状態。芯金が通っていた部分もこの後きれいにしていく。

▲外した芯金は油汚れがかなり目立つ状態。布できれいに拭いていく。

▲白い布にみるみる黒い油汚れが……。

▲芯金を外したら後、キイも外していく。

▲キイを外し終わった足部管。パッドが接する部分やバネにも汚れが目立つ。

クリーニング方法はクラリネットと共通の部分が多いという。パイプの中をクリーニングするのに使用するのは、「トーンホールクリーナー」というモール状のアイテム。本来はクラリネットなどの穴の中、「音孔」とも呼ばれる「トーンホール」を掃除するのに使うものだ。ここでは「パイプクリーナー」として使っている。


▲「トーンホールクリーナー」をパイプの中に通し、前後に動かして掃除していく。

▲上が未使用、下がクリーニング後のトーンホールクリーナー。真っ白だったのが、ちょっと通しただけで真っ黒になってしまう。

▲ネジを外しさらに分解を進める。「この部分はローラーと言って、指を滑らせて動作をするところが1カ所足部管についています。このローラーも分解してクリーニングします」。

▲ローラーにもトーンホールクリーナーを通して汚れを取っていく。

▲足部管の分解が完了。パイプをしっかりクリーニング済みの状態。

■頭部管のパーツのクリーニング

続いては、頭部管に入っている「ヘッドキャップ」と「ヘッドコルク」をチェックしていく。

「ヘッドコルクは頭部管の気密をよくして響きを出すためのものです。これもコルクでできていて消耗品でもあるので、1年に1回程度交換が必要になります。使う頻度が高いと半年ぐらいで交換する方もいらっしゃいますが、基本的には1年に1回ぐらいで十分だと思います。」


▲頭部管の先端に入っているヘッドキャップ(左)とヘッドコルク(中央)。右端に見えているのが頭部管の先端。

――普段のお手入れでは外さないところですか。

「かなりきつく入っているので普段のお手入れでは外さない、外せないですね。」

と説明しながら、ヘッドコルクをさらに分解していく。


▲ヘッドコルクのネジが付いている方に工具を取り付け、ヘッドコルクを止めるためのワッシャーを外していく。

▲工具を回してワッシャーが外れ、ネジの溝が見えてきた状態。

▲下側はヘラを間にすべりこませ隙間を作ったあと、ネジを机に押し付けるようにしてコルクから外す。

▲左からヘッドキャップ、ワッシャー、反射板、ヘッドコルク、頭部管。

――ネジの溝が切ってあるのですか。

「ネジはワッシャーを止めるためと、ヘッドキャップをつけるためのものですね。コルクのためではないです。」

――ただ接着剤でついているのかと思ったら中に芯が通っているのですね。

「そうですね。これは接着はしないです。また、コルクの下側にあった部分が真っ黒になっていますが、これは本来ピカピカなはずなんです。」


▲コルクの下側に付いていた反射板と呼ばれるパーツが真っ黒になっている。本来はピカピカだったもので、これから磨く作業に取り掛かる。

「これが『反射板』と言って音の響きに関係するところです。リッププレートと呼ばれるところから息を入れると、(上側の)反射板にはね返ってこっち(下側)に音が行くという感じで、ここは結構重要なものになります。傷がちょっとついていますがピカピカにします。

前のクラリネットの時に使ったターニシールド、銀磨きですね。これで磨いていきます。」


▲反射板に銀磨きを綿棒で塗り付け、表面をこすっていく。

▲続いて、力を入れて表面をウエスに押し付けるようにして動かしつつ磨いていく。

▲銀磨きで磨いたことで室内の照明を机上に反射するほどピカピカになった。

■主管のクリーニング

作業は主管に移っていく。まずはおもむろにバネを外していく。


▲非常に細い専用工具を使ってバネを外していく。

「慣れていればネジを外した時点でバネを外しながら分解しますが、念のためバネを外します。この方がバネに負担がかからないという利点があります。」


▲芯金も一つずつ慎重に外していく。

▲キイを外したら一つずつ丁寧に磨くという作業が続く。

「芯金も一つずつ外してきれいにしていきます。外した芯金は自作の台に刺していきます。」


▲左にあるのが外した芯金を刺す自作の「芯金立て」と呼ばれる台。

ここで登場したのが、クラリネットの回でも出てきた自作の“台”。今回使用しているのはフルート専用というわけではなく、フルートとクラリネット兼用。表がフルート用の配置、裏がクラリネット用の配置になっている。

「自分で分解した時にわかりやすいように楽器と同じ位置に穴を開けて作っています。キイの名称を書いて作っている方もいますね。」

――取ったらすぐ磨いていく感じですね。

「人によっては全部分解してからまとめて掃除する人もいます。個人個人で違いますね。

ある程度短いパイプのところは芯金で留められていますですが、キイが多かったり長いところはサックスの時も出てきましたが、こういう鍵(けん)ネジ、ピボットスクリューと言う小さなネジで留めています。」


▲キイを一つずつ外してきれいにしていく。

▲主管には長いキイと短いキイが複雑に組み合わされている。

▲写真右の小さなネジが、「鍵(けん)ネジ」または「ピボットスクリュー」と呼ばれるもの。

▲分解の際はネジのサイズによって異なるドライバーを使い分けている。いずれもマイナスドライバーとのこと。

「ヤマハのフルートは2カ所だけ芯金の太さが違うので、それに合わせてドライバーの太さも変えています。なるべく同じ大きさのものでやらないと、たとえば太いものでやろうとすると入らなかったりすることがあります。市販されているものもありますが、この辺のものは自作で径に合わせて作っています。」

――おおっ、なんと!

「ただの棒だったものを先を削って自作しています。」


▲鍵ネジのサイズに合わせて先を削って作ったドライバー。

▲分解も大詰め。あと一息といったところ。

▲分解では、ドライバー以外の工具も使用。「狭いところは手が入らないので、プライヤーを使ったりもします」。

ここで分解が完了。フルートは比較的パーツ数が少なめとのことだったが、簡単なクリーニングを交えながらの作業で分解に15分ほどかかっている。


▲分解完了。バネは管側に付いているが、主管(写真の一番上)の下にある2つのキイにだけ板バネ、針バネというバネが付いている。

▲こちらが板バネ、針バネのついたキイ。このバネの張力でキイの開閉状態がキープされる。


◆フルート編(2)へ
この記事をポスト

この記事の関連情報