【インタビュー】旅するシンガーソングライター大柴広己は、旅が許されないこの時代に何を語り掛ける?
■日本の教育は答えが一個がほとんどだけど
■このアルバムにはたくさんの答えがある
──ということは、アルバムのリード曲になっている「光失えどその先へ」は、タイトル曲としてはその時点まで存在していなかった。
大柴:そう。でも、どんなアルバムにするかは完全に決まっていたから、逆算して、足りないパズルのピースを埋めていきました。「光失えどその先へ」の歌い出しは“諦めた弱虫が逃げてゆく”というものですけど、逃げることも選択肢のひとつだと思うんですね。日本の教育は答えが一個というものがほとんどだけど、今の時代はそれじゃ通用しない。学校で、40人のクラス全員がひとつの答えを正しいとするなんて、“そんなわけないだろう”と思うんですよ。そこにすごく違和感がある。だからこのアルバムにはたくさんの答えがあって、“逃げ”もそのひとつだし、「東京」という曲がまさにそれなんです。
──ああ。なるほど。
大柴:これは、夢を諦めて東京から出ていく奴の歌なんですよ。『人間関係』に入っている「夜を泳ぐ魚」という曲で、“水槽のような東京”と歌ったのは、東京に出てきた俺の目線で、“みんなギラギラしていているけど俺は水槽に閉じ込められた魚みたいだ”という曲だったのに、今回はそこから出て行く奴がいて、自分は東京に残ってそれを見送るという歌。自分がそんな立ち位置になるなんて思ってもいなかったけけど、今回「東京」というタイトルの歌を作ってみて、俺なりの東京はこういう景色だったんだなと思いましたね。東京から出ていく奴も、別に夢を諦めたわけではなくて、新しいことをやるために出て行くことがあるだろうし、最近はテレワークが進んで、東京にいる意味もないということもあるじゃないですか。そういう選択肢もあるんだよ、という歌ですね。
──大柴さんの歌詞はいつも、リアルをベースにした物語という感じがしますけど。今回は特に、リアルに寄ったものが多いと感じます。言葉が強い。
大柴:今はみんな、SNSとかで気持ちを吐き出すじゃないですか。でも人間って、ヒマになるとみんなろくなこと考えないし、俺もイラついてることとかをTwitterに書きそうな気持もあるけど、絶対に書かない。愚痴は言わない。そこで吐き出せるんだったら、曲を書く必要がない。むかつくこと全部Twitterに書いたらただの言葉の暴力だけど、曲に入れたら表現になるんですよ。だから今回は、楽曲の中でたくさん暴れた気がします(笑)。
──もうひとつのリード曲「エビデンスステイホームレガシー2020~2021」が、まさにそうですね。言葉が暴れまわってる。
大柴:これ、ヤバいですね。ぜひ書いてほしいんですけど、このサビは何も言ってない。“他人の話はちゃんと聞いとけ”とか、さんざん言っておきながら、結局最後は“ほんま、さみしいぞ”って(笑)。“自分の欲望はちょいと置いとけ”とか言ってるくせに、“もういいわ、どーでもいいわ”と言って、さらに“ってゆーな”と。最後にそれまで言ったことを全部否定する。すごくないですか?
──ほぼほぼ酔っぱらいの愚痴(笑)。
大柴:関西で言うところの、“知らんけど”みたいな感じ(笑)。“知らんけど。ほんまさみしいぞ、ほんま会いたいぞ”ということです。「さみたい」という僕の曲があるんですけど、“さみしくてあいたい”を縮めたタイトルで、そこにも掛かってる。
──本当だ。オマージュというか。
大柴:オマージュです。「さみたい」という曲の、そこだけ取って中身を広げたらこうなりました。
──「学年で一番ヘンテコな先生の歌」も、アルバムのリード曲になってますね。これについては?
大柴:俺にとって初めて、100%実話を詰め込んだ曲です。「光失えどその先へ」とはまったく逆で、失われた記憶に光を当てる、俺が光を得た体験を歌った曲です。この出来事によって俺は初めて自我に目覚めて、クラス40人が同じ方向を向けという教育から抜け出そうと思ったきっかけです。
──話してもらえますか。
大柴:小学校5年生の時、1年間だけ担当してくれた、当時一番嫌われていた変な先生がいたんです。歌詞にもありますけど、声がでかくて、字が汚くて、黒板に書く文字が大きい文字からどんどん小さくなって下に落ちていく。給食の時間になると、炊き込みご飯が大好きだから、自分が一番大盛りにする(笑)。「職員室で食べてよ」と言っても、「俺はみんなの顔見て食べるのが好きなんや」とか言って、さらに嫌われる。ただ、俺は当時漫画家になりたくて、ノートに漫画を描いていたんですよ。それを授業中に見つかって、怒られると思ったら、「大柴くん、僕はね、マガジン、サンデー、ジャンプを、君が生まれる前から20年買い続けてるぞ」と、「漫画係作ってやるから、後ろのほうで漫画描いて、みんなに見せてやりなさい」と言われた。怒られると思ったら、認めてくれたんですよ。そんな人、今まで一人もいなかったら、すごくうれしくて。漫画係になって、漫画を描いてみんなに読んでもらってた。それが変に反響があったんですね。PTAにそれが知れて、「5年1組だけ漫画係とかいう変なものを作って、勉強と関係ないことをやっている」みたいなことを言われて、その先生はみんなにめった打ちにされて、1年で離任することになってしまった。
──うーん…。
大柴:最後まで誰も味方してくれなくて、離任式で先生にお花を渡す役も誰もやりたがらないから、俺がやろうと思ったんですけど、「俺やります」と言ったら俺が叩かれるから、「誰もやらないんだったら、しゃーない、俺がやります」ぐらいの感じで言ったんです。でも離任式の日、絶対に泣いちゃだめだと思いながら、ボロボロ泣いちゃったんですよ。ずーっと下向きながら、「ありがとうございました」と言って、お花を渡して。その時に「大柴くん、やりたいことがある人はね、下を向いてちゃ駄目だよ」と言ってくれた。その瞬間に俺は崩れそうになって、でもみんなには「泣いてない」と言い張って……そういう思い出がずっとあったんです。
──素敵な思い出です。
大柴:今何してるのか、生きてるのかもわからないけど、俺はいつか自分の中の光として、形にしたいなと思っていて、だからここに入れたんです。自分が今こうやって、素敵なチームを作って音楽ができているのも、そこが始まりなんです。俺の中ではこれも漫画係みたいなものだから(笑)。
──あはは。最高。そうかもしれない。
大柴:でしょ? 結局俺のやりたいことは、自分のやりたいことを、自分の好きな人たちと一緒に、人としてちゃんと仕事がしたいということで、それが一番気持ちいいじゃないですか。どの仕事をやっていても。売れる/売れない、とかよりも、“あー楽しかったな”という仕事を、お互いにとってできるようになったらいいかなと思います。
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