【コラム】そして女子高生は、聴いたこともないディープ・パープルを吹く
連続テレビ小説『あまちゃん』が話題となった2013年。あの年は、どの吹奏楽団も「『あまちゃん』のテーマ」を吹いていた。吹奏楽業界、空前の大ヒット曲である。みんな楽譜何枚持ってる?私は5枚くらい持ってる。
「ヒット曲A」が存在すれば、「ヒット曲Aの吹奏楽版」もだいたい存在する。これは世の理である。試しにGoogleで、あまり吹奏楽のイメージが無いアーティストの名前に「吹奏楽」と付けて検索してみたところ、ほとんど全部ヒットした。
吹奏楽でポップスを吹くこと自体に対する批判はあるけれど、私はポップス賛成派である。だって、日本で吹奏楽をやってる人の中心はいわゆる「一般人」たち。音大生やプロの演奏家に対して「ポップスなんか吹くなよ」と言うならまだ理解できなくもないが、学校や労働の合間を縫って必死に練習している方々に、「ポップスなんか吹くな、クラシック曲だけ吹け」なんて、とても言えない。
「ポップス吹くのはいいけど調(キー)を変えるな」という意見には異を唱えたい。そりゃあ、作曲者自身が「この曲は調に意味があるから絶対変えないでね」と言っているなら別だ。しかし吹奏楽編曲時に調が変わるのは音域や運指のため、つまり楽器の構造上の問題であり、何の意味もなく上げ下げしているワケじゃない。奏者の技術だけではどうにもならない部分があるのだ。
さて、ポップスの吹奏楽アレンジには、ざっと1万を超えるレパートリーがあるらしい。人気のアイドルソングやCMソングは次々に新譜が出るし、特撮・アニメソングもなかなかの充実っぷり。歌謡曲や演歌も吹奏楽と親和性が高く、その名も「ど演歌えきすぷれす」という演歌メドレーは幾つもシリーズが出ており、演奏会の笑いの取りどころとして愛されている。
「ど演歌」に限らず、メドレーものはポップスの中の一大人気ジャンルである。メドレーは良い。観客はヒット曲で盛り上がれるし、奏者はいっぱい吹けてお得だし。まさにWin-Winの関係だ。多様なアレンジと選曲で出ているから、自分たちが吹きたいものをバッチリ選べるのも嬉しい。
ちなみに、よく“低音楽器奏者あるある”として「ポップスメドレーの楽譜が配られたときは、真っ先にメロディを探して一喜一憂する」というのが挙げられるのだが、あれは厳密に言うと間違い。より正確な事実を述べると、低音奏者は「メロディがあったら喜ぶ」のではなく、「8分音符があったら喜ぶ」。我々はみんなが思っているより謙虚なのだ。
一昔前は、“吹奏楽で吹くポップス”といったら映画音楽とジャズ(ビッグバンド)のイメージが強かった。アニメソングもあったが、ジブリとディズニーを中心に、懐かしアニメを少々、みたいな。しかし最近はもう何でもアリだ。近年では、「ポップスしか吹かない団体」というのもぼちぼち現れ始めている。
アニメ『犬夜叉』の音楽を吹奏楽用にアレンジした「吹奏楽のための「犬夜叉」」なんかは、なんとコンクールでも演奏されている。まあこれはアニメのBGMの編曲版なので、ポップスとはちょっと違うけれど、テレビアニメから生まれて、クラシックと同列に数えられる演奏会用作品になったような曲は、他になかなか無い。
ゲーム音楽も人気を集めている。『スーパーマリオブラザーズ』の音楽は、BGMだけでなくSEなども入った秀逸な吹奏楽アレンジメドレーが出ており、演奏会ウケがめちゃくちゃ良い。他にも、『モンスターハンター』のメインテーマ「英雄の証」は今後、演奏会のメイン曲に据えられるようになっていくかもしれない。
まあ、これだけあると「えっ、これ吹奏楽にできます?」みたいな曲もいっぱい出てくるわけで。吹いてみたは良いけれど、「この曲は吹奏楽には合わないかなあ……」となって、音楽準備室の棚に封印される楽譜も結構ある。そもそもポップスは流行の入れ替わりが激しいので、“最新ヒット曲”ほど二度、三度は吹かれにくい。次に吹くときはもう「ちょっと懐かしのあのメロディ」になっちゃうのが悲しいところだ。
根本的に吹奏楽と相性が悪い楽曲もある。吹奏楽には和音を出せる楽器がほとんど無いので、いわゆるギターロックは特に苦手だ。ギター特有の「ジャカジャカ」という音や歪みは、どうやっても完全には再現できない。
それにしても、どんな曲でも吹奏楽の魅力を活かし、工夫を凝らしてアレンジしてくださる編曲家の方々には本当に感謝しかない。皆様がいたから私たちの青春は楽しかった。なかなか直接伝えられる場は無いけれど、いま改めて感謝の言葉を贈りたい。
「ヒット曲A」に次ぐ「ヒット曲B」が現れると、「ヒット曲Aの吹奏楽アレンジ」が演奏される機会も少なくなって行く。世の中には何年もチャートの上位にランクインし続ける楽曲がたくさんあるけれど、吹奏楽では割と「1回演奏したら次は別の曲」としている団体が多いので、次々に新しい曲が吹かれていく。
ただ、その中には「ものすご~く長い間吹かれているポップス曲」というのも存在している。特に真島俊夫が編曲した「宝島」「オーメンズ・オブ・ラブ」の2曲は、レジェンド級のポップスアレンジだ。この2曲はどちらも1980年代に吹奏楽版が発表され、30年以上も誰かの青春を彩り続けている。吹奏楽団で「オーメンズ」を吹いたときなんて、半数ほどの団員が“暗譜”していた程だ。
このように、吹奏楽と相性が良く、かつ飛びぬけて編曲が素晴らしい曲に関しては、「ヒット曲の吹奏楽アレンジ」から「吹奏楽のスタンダードナンバー」へ変化していく。「コパカバーナ」「テキーラ」「恋のカーニバル」だって、その仲間だ。この辺りは原曲が古めなので、元がポップスだということ自体を知らない人もいるだろう。
最近の曲だと、いきものがかりの「じょいふる」がスタンダードナンバー入りしている。この曲は派手さに対して演奏が手軽で、勢いがあるために、スポーツ応援等で好んで演奏されているイメージだ。しかしよくよく思い返すと、「じょいふる」のリリースは2009年。この年に生まれた子は、あと数年で中学生になる。
甲子園では、ピンク・レディーの「サウスポー」や、山本リンダの「狙いうち」等が今も元気いっぱい演奏されている。しかし、今の高校生って大多数が2000年代生まれなので、応援している方もされてる方も、原曲がヒットしていた時代には生まれてすらいないわけで。驚異的なロングヒットである。野球だけに。
そう思うと、みんな一つや二つは「吹奏楽をやってなかったら出会えなかったポップス」というものがあると思う。私は、市民吹奏楽団で吹いた松任谷由実の「埠頭を渡る風」がそれだった。もともとブラスサウンドにハマる曲ではあるけれど、真島俊夫が編曲した吹奏楽版の同曲はアレンジが衝撃的にカッコいい。そうして吹奏楽を介して出会った「埠頭を渡る風」は、今ではカラオケの十八番となっている。
幅広い世代の団員がいる市民吹奏楽団へ行くと、「最近の流行を吹奏楽で知る」人も結構いる。高齢化が進む楽団では、「いま若者の間で流行ってるから」と選ばれた曲を7割の団員が知らなかった、なんてことはザラ。アイドルソングの編曲版のソロを吹いていた方が、「その吹き方じゃモーツァルトになっちゃいますよ!」と注意された場面を見たこともある。
考えてもみれば、2000年代生まれの中・高生がフィンガー5や松田聖子、美空ひばりを吹き、還暦過ぎの団員も多い吹奏楽団がOfficial髭男dismにBTS、LiSAを吹くというのは、不思議な光景でもある。「原曲を知らないポップスをいっぱい吹く」のは、吹奏楽ならではの現象かもしれない。それでもポップスを吹くのは、演奏会に足を運んでくださったお客様を少しでも楽しませたいからだ。
吹奏楽におけるポップスには、「曲が吹奏楽と合う・合わないの問題ではない。この曲をやること自体に価値があるのだ」という側面もある。好きな曲を楽しく吹いて、観客と一緒に盛り上がる。それは“音楽”の本質でもあり、絶対に忘れちゃいけない部分だと思う。
難しくて複雑な吹奏楽オリジナル曲や、壮大な管弦楽アレンジをたくさん吹くことは素晴らしい。けれど、そればかり吹いていては、「観客と一体となる楽しみ」がなかなか味わえない。それに、「お客さんはこういう層だから、こういう曲を演奏しようかな?」と考えてプログラムにポップスを組み込むことは、とても大切な視点である。
そんなこんなで、今日も日本のどこかの学校では、10代の可愛い子どもたちが「ディープ・パープル・メドレー」を吹いている。私は今でこそ就活面接で「尊敬する人物はトニー・アイオミです」とか言っちゃうような人間だが、初めて「ディープ・パープル・メドレー」を吹いたときには、“ディープ・パープル”というのがバンドの名前であることすらわからなかった。人は変わるもんである。
私が特別に無知だったわけではない。あのとき、顧問が「ディープ・パープル聴いてるひと~?」と問いかけたら、部員は誰ひとりろくにイアン・ギランの歌声を聞いたことが無かった。みんな知らないまま吹いてるのだ。
原曲を知らないまま、楽譜と部活の中で語り継がれていく名曲。なんだかそれって、神秘的ですらある。リッチー・ブラックモアは、「あなたの曲は吹奏楽の名曲として日本のティーンに愛されてますよ」って事実をご存知なのだろうか。確認するのは、ちょっと怖い。
12月11日(金)~12月13日(日)まで行われる<2020楽器フェア オンライン>では、管・弦・打楽器や様々な楽譜の情報が揃っている。12月13日(日)には、東京吹奏楽団によるバンドアンサンブルセミナーがBARKSのオフィシャルYouTubeチャンネルで行われるので、ぜひチェックしてほしい。
文◎安藤さやか(BARKS編集部)
■<2020楽器フェア オンライン>
主催:一般社団法人全国楽器協会
運営/協力:2020 楽器フェア運営委員会 各部会長、ジャパンミュージックネットワーク株式会社
BARKSオフィシャルYouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCgvMdackJGkrEsqCiUEHkbg/featured
◆<2020楽器フェア オンライン>
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