【インタビュー】THE冠、悶々とした日々のなかで冠 徹弥が語る “現実と理想、そして野望”

ポスト

4月29日、THE冠のニュー・アルバムが発売を迎える。題して『日本のヘビーメタル』。

◆THE冠 画像

現在48歳、今年の9月には49歳になる冠 徹弥にとって、今作はもしかすると40代最後のアルバムになるかもしれない。そんな人生の節目に差し掛かっている局面ならではの覚悟をもって制作されたアルバムということになるわけだが、今現在は彼に限らず、いかなるアーティストも残念ながらライヴ活動を停止せざるを得ない状況にある。そして4月下旬のある日、電話で話を聞いた冠自身も、案の定、悶々としていた。

   ◆   ◆   ◆

■ここでこの俺が切り拓いていかないと
■という使命感みたいなもの

「長いことバンドをやってきましたけど、これまでこんなことはなかったですからね。今みたいな事態がいつ終わるかわからないこの状況のなか、延期のお知らせばかりしていると、やっぱりちょっと気持ち的にも滅入ってくるというか、悶々としてくるんですけど、こればっかりはもうホントに耐え忍ぶしかないというか。過去、いろんな試練は味わってきましたけど、これもまた次に繋がる試練なのかな、と捉えるようにしてます。だから今は、この事態が終息したら一気に爆発してやろうっていう気持ちしかないですね」

ここでひとつ喜ぶべきは、こうした状況下ではありながらもアルバムが無事に世に出たという事実だろう。まずは現時点での彼自身の手応え、そしてこの象徴的なタイトルについて語ってもらうことにしよう。

「今回はもう、タイトルからして『日本のヘビーメタル』って大風呂敷を広げたような感じで(笑)。これまでの音楽人生でいろんなものを吸収してきた48歳の俺が、今、どんなメタルを作れるのか──そんな想いで作ったものなんです。メタル・アルバムを作るという大前提は当然のようにあるんですけど、そこで、自分の血のなかにあるものを全部出してやろうと考えて。結果、いろんなヴァラエティに富んだ俺なりのメタル・アルバムができたな、と自負してます。昔ながらのものというか王道的なタイプの曲から、わりと最近っぽい感じのものまでありますし、歌詞の面でも喜怒哀楽を散りばめたものにすることができましたし」

THE冠の過去のアルバムについて振り返ってみると『傷だらけのヘビーメタル』『最後のヘビーメタル』『死にぞこないのヘビーメタル』といった、かなり自虐的なニュアンスのタイトルを伴ったものが多かったことに気付かされる。ただ、それが徐々に変化を重ね、前作の『奪冠』を境界線としながら何かが変わってきたようにも思う。まさにその表題通り、同作で何かを取り戻したということなのかもしれないし、THE冠としてのプライドを奪還したうえで自分自身のすべてを投影しようとしたのが今作、という解釈もできるように思う。そう告げると冠の口からは「まさにその通り!」という言葉が返ってきた。

「前作、前々作ぐらいから自虐を止めていく方向に進んできたというか。何年か前までは、自虐的な歌詞でちょっと笑いをとろうとするきらいがあったんですけど(笑)、それが自然になくなってきて、『奪還』では“己を蔑んでどうするんだ?”という感じになっていて。まあ実際、いい年齢にもなってきてますし、ここにきてようやくホントに自信を、信念をもってやれる自分になってきた気がしますね」

▲『日本のヘビーメタル』

『日本のヘビーメタル』というタイトル自体からもそうした揺るぎない自信が感じられる。何よりも“コレをそう呼んで悪いか?”という気概が伝わってくるのだ。

「もうね、これは俺が言っていこうと思ったんです。俺が背負っていくぞっていう意気込みも含めて。俺がこういうことを言うことによって、“冠ごときが何を偉そうに!”と思う人たちも出てくると思うんですよ。というか、そこで逆に“おまえなんかじゃなく、我こそがメタルだ!”という日本のアーティストにもっともっと出てきて欲しいんです。戦いを挑んできて欲しいというか。“おまえがメタルを語るな! 俺こそが!”というバンドにどんどん出てきて欲しいし、そういう人たちと闘っていきたいし、絡んでもいきたい。要するに、活性化ですよね。日本のメタルをもっと活性化していくために敢えてこの大風呂敷を拡げた感じでもあるんです。しかもこうして俺が使った以上、今後誰にもタイトルには掲げにくい言葉になったじゃないですか。“このタイトルをTHE冠に使われたか!”と思われたら勝ちですね(笑)。日本で生まれ育った俺が中学生ぐらいで洋楽に衝撃を受けて、それを日本人なりに消化してきて……そうやって出来上がった日本のヘビーメタルがここにあるんです。ただ、同じメタル・ファンの間でも隔たりというか、偏りというのがあるじゃないですか。そういうものを取っ払って、変なわだかまりとか消し去って、みんなでメタルを愛そうぜ、という意味でもあるんです。メタルを愛する者同士、一緒やん、仲間やんけ、というような」

アルバムの幕開けを飾っているこの表題曲、「日本のヘビーメタル」の歌詞には、深読みしたくなるような言葉も散りばめられているし、“無駄なものほど美しい”といった名言も含まれている。そして最後には“俺が日本の真っ当なヘビーメタル”と言い切っている。そのきっぱりとした言葉の力強さに、THE冠の魅力を知る人たちは痛快さをおぼえるはずだし、“信じてきて良かった!”と感じることだろう。

「ついにそこまで言っちゃった、という感じですね(笑)。ただ、やっぱりこういうことってきっぱりと力強く言い切れていないと。ちょっと遠慮しそうになることもありますけど、“俺はそうだと思います”というのではちょっと頼りないですし(笑)、ここではもう“俺が!”って言い張って、最前線で向かい風浴びてやろうじゃないか、という姿勢であるべきだろう、と。確かに保守本流のメタルからすれば、俺たちみたいなのは亜流というか、変なメタルかもしれない。実際、変な格好というか、奇抜な格好もしてるわけだし、たまにヴァラエティとかに出たり、違う活動もしてるわけで、“そんなやつのどこが真っ当なんだ?”という言葉も聞こえてきそうですけど、そこについてもやっぱり“おまえなんかじゃなく、俺こそが!”っていうやつに出てきて欲しいわけなんです。メタルは日本でもずっと一定のお客さんに根強く愛され続けてるわけですけど、本来はもっとメジャーな音楽であっていいはずだし、ここでこの俺が切り拓いていかないと、という使命感みたいなものが……そろそろ出てきましたかね(笑)。たとえば日本にもロック・フェスがたくさんありますけど、その出演者のなかにメタル・バンドが何組もあっていいはずなんですよ。メタル専門のフェスじゃなくても、当たり前のように何組も出ていていいと思いませんか? でも現実にはそうじゃない。だったらもう自分たちでその先陣を切っていこう、と。それができるのはTHE冠しかいないやろ、という気持ちがあるんです」

実際、ラウド・ロック系バンドがひしめくフェスの出演者のなかに唯一、THE冠の名前を見付けることができるというケースは少なくない。アルバムの2曲目に収められている「やけに長い夏の日」では、場違いなフェスの場で地蔵のようなオーディエンスと向き合うことになったバンドの悲哀が歌われているが、まるで実話のようなリアリティがある。

「もう自虐はせえへんと言ったばかりやのに、2曲目からこんな歌詞が登場するわけですけど、まあアルバムに1曲くらいはこういうタイプのものも(笑)。実体験かどうかについては……さすがにフェスとかでは盛り上がるんですけど、イベントの傾向によっては、ホントに自分の推しのバンド以外にはまったく興味ない、みたいな客さんしかいないというケースもありますし、“お客さんはこんなにいっぱい入ってんのに、お地蔵さんばかり”というようなことも何回かありましたね(笑)。ただ、今後これを自分らのライヴでやったら確実に盛り上がりますんで、そこでは盛り上がったなりの歌詞に変えていったろうかな、と思ってます」

◆インタビュー【2】へ
この記事をポスト

この記事の関連情報